三章 ドアによる戦争(上)

(3-1)

1.

 その日、米国海兵隊ではドアを用いた初の軍事演習が実施された。

 内容はドアを通じての上陸作戦。潜伏する敵戦力の速やかな掃討を目標とす

る。この演習では、ドアによる索敵、隠密偵察、地形調査、位置取り、ドアを

通っての現地へ即時適応など様々な課題が問われる。使用兵器は小銃、重機関

銃、手榴弾などの歩兵装備はもちろん、兵員輸送車や戦車も含まれる。それら

の兵器は殺傷力をなくした上で、ボディーアーマーの装置と連動し実際の性能

に合わせた死亡判定を可能にする仕組みになっている。演習場には無人島が選

ばれ、架空の敵性国という設定でドアチームは本土沿岸よりドアを使って上陸

する。

 なお、この演習では仮想敵もドアの存在を知っていることを前提としてお

り、彼らには通常兵器でいかにドアに対抗するかという課題が与えられてい

る。双方戦力は一個中隊規模だが、敵戦力に関する情報は互いに一切明かされ

ない。これは同兵力での戦闘におけるキルレシオの調査も目的にしている。仮

想敵軍の有利は演習場の詳細な地図が与えられる一点のみである。

「で、なんで俺が仮想敵の役をやらされてんの? 俺たちゃ外征専門の海兵隊

だべ?」

 敵役として無人島に潜伏している海兵隊員のエイブ・ジェームズは、その点

がどうしても気にくわなかった。

「次はこの経験を活かしてドア側にも回れる。今は敵役としていかにドアに対

抗するかを考えろ」隊長はそういい、海兵隊きっての問題児であるエイブを諭

した。

「とはいっても、無理でしょ。どこからともなく突然現れる敵……もうさっさ

と降伏した方が早いんじゃ?」

「つべこべいわんで考えろ」

「隊長だって思いつかないくせに」

「まずはドアの兵器特性について考察すべきかと思います」次に口を開いたの

は、若輩ながらも優秀さを買われているユアンだった。それにはエイブが答え

た。

「そうだな。まずはやっぱり、ほぼノーリスクで索敵・偵察し放題ってのがで

かいな。銃眼を開けて、敵が見つかりゃ銃身だけ突っ込んでぶっ放し。あるい

は、一気に兵を送り込んでの浸透戦術か。これもかなりドアと親和性が高そう

だ。うーん、考えれば考えるほど勝てる気がしないぜ」

「こちらとしては屋内と屋外、どちらを戦場にするのが有利だと思います

か?」

「どっちも変わらないんじゃねえかな。屋内だと爆発物を投げ込まれりゃ終わ

りだし、屋外だと出現地点が予測できない。トーチカに引きこもっても意味ね

ーよな。どうしろってんだよマジで」

「遮蔽物の多い森林地帯はどうでしょう?」

「うーん。隠れる場所も多いが、奇襲もされやすいな。ブービートラップも大

して効果なさそうだ。ドアでこそこそ索敵されて、位置がばれたあとは背後を

とられて終了ってとこか。ま、時間は稼げると思うが。負けない戦いはできて

も勝ちはないな」

「この条件下で勝ちを狙うのは無理があるかと思いますが」

「それをいっちゃあ、お仕舞いよ。非対称戦の想定だから、俺らは負けない戦

い、ゲリラ戦法で対抗するのがそりゃセオリーだろうけどよ。せっかくだから

連中に想定外ってもんを見せてやりてえもんじゃねえか。というか、ぶっちゃ

け俺らの勝利条件ってなんだよ。やっぱ敵の殲滅か? となりゃ、ドアを通っ

て向こうに殴り込むしか勝ち目はねえな」

「それ、危険だからやめておいた方がいいですよ」

「ん? そりゃ危険っちゃ危険だが」

「説明聞いてなかったんですか? 身体半分突っ込んだ状態で接続を切られた

ら真っ二つですよ」

「あー、そういえば。おっかねえ。チャンスがあってもグレネード投げ込むだ

けにしとこ」

「敵の位置情報に関してはこちらが圧倒的に不利ですね」

「だよなあ。俺らに関しては『この無人島のどこかにいる』ってのはバレてる

んだし。そーいや、奴さんはどこで待機してるんだ? やっぱ沿岸だよな」

「エイブ。そういった情報は与えられていない。我々が入手している情報は作

戦が二十四時間以内に開始されるということだけだ。あるいは、すでにはじま

っているかも知れん」

 エイブは聞く耳を持たずにユアンとの話を続けた。

「じゃ、ドアの射程って今はどんくらい? 噂だと五〇〇kmくらいは実現し

たって聞くけど、今回の演習じゃそこまで上等なものは使わないわけだろ?」

「そうですね。この演習場が選ばれていることと陣地範囲を考えれば、今回の

演習で使用されるものの射程はせいぜい一〇〇kmといったところでしょう」

「お前たち。実戦を想定しろといったはずだ」

「いいじゃねえか、スパイがいたって設定でよ。というか、このへんは当然の

発想だべ? 仮想敵だって相手の射程におおよその予想くらいしてるだろ。俺

たちに与えられた武器は地の利だけなんだ。他に使えるものはなんだって使わ

せろよ。とはいえ、一〇〇kmか……それでも広すぎるな。ドアってのは結構

精密な機械なんだよな? 輸送車で運ぶとして、不整地突破は避けたいと考え

るはずだ」

「早まるな。まだドアの射程が一〇〇kmと決まったわけではないぞ?」

「たしかにな。そのへんの決めつけはたしかに危険だ。やっぱドアの射程は不

明ってことで作戦を考えないといけないか」

「はじめからそういっているはずだ」

「やっぱ、待ち伏せなり罠を仕掛けるなり、ってくらいしか手はないな。が、

それもドアによる偵察で見破られちまう。ドアで覗くだけでは見破られないよ

うな仕掛け、あるいはドアを開いた瞬間に発動するような……」

 ふと、なにかを思いついたようにエイブの動きが硬直した。

「相手もまだ俺たちを発見できていない……はずだよな?」

 エイブは地図を広げ、しばらく睨めっこを続けた。与えられた地図には詳細

な情報が記載されており、等高線も不足なく書き込まれてある。いくつかの候

補地を勘案したあと、「ここだな」とエイブは印をつけた。

「俺たちはこれから高度三〇〇mの山上に陣取る。ダミーを用意してそこに罠

を仕掛けるんだ。気圧差で作動するやつをな。やつらがドアを開けば、向こう

から風が吹き込むことになるはずだ。あとは、そうだな。森にスズメバチの巣

でもあれば使えねえかな。ドアの向こうの連中にお土産だ。そんなこんなで慎

重になれば、やつらも直接山の上にドアを繋げなくなるはずだ。麓から慎重に

攻め込むしかない。こうなりゃ、あとは普通の籠城戦だ。地雷でも仕掛けての

んびり待とうぜ」

「なるほど。考えましたね。で、その便利な気圧感知兵器はどこにあるんで

す?」

 返事はない。エイブの得意げな笑みはみるみる苦笑いに様変わりしていた。

「……風を感じるんだ!」

 結果、なにもできずに仮想敵軍は敗北した。概念はあったが技術がなかっ

た。

 エイブは納得がいかなかった。演習終了後、エイブは自らの気圧感知兵器の

アイデアを技術部に発案。これにより今度こそドアチームに一泡吹かせてやろ

うと再び敵役を申請したが、そんな一兵卒のわがままは通らず、次の演習では

ドアチームに回った。

「やべーよ、今度は気圧感知兵器を敵に回すのかよ。どうすんだよ」

「なんだそれ。今回の相手はそんなもん装備してるのか」

 結果、ドアチームはエアロックを用いて気圧感知兵器を突破。仮想敵軍は瞬

く間に制圧され、演習は終了した。エイブとしては、勝利したはずなのにまた

しても負けた気分だった。


 粒子加速器とは、その名の通り荷電粒子を加速する装置であり、ときに国境

をまたぐことすらある大規模な実験設備だ。

 二年前、米国ではアリゾナ州に新たな大型加速器の建造計画が発表された。

六〇億ドルもの予算が投入される巨大な計画だ。現在も建造中の実験施設に

は、すでに多くの研究者が居住している。加速器そのものは建造中ではある

が、付属の実験設備もまた充実しているからだ。

 しかし、その真価は地下にある。表向き加速器実験施設とされているその真

の姿は、ドアの研究開発施設なのである。加速器の形をしているドーナツ型の

装置は直径三kmにも及ぶドアの制御装置であり、完成すれば理論的には直径

二〇mの口径と射程一万kmを実現できる。表向きの加速器開発が遅々として

進まない理由として、政府は近年のドア技術への注力を挙げている。実際に

は、ドアを活用して資材を運び込み、秘密裏ながらも通常では考えられないペ

ースで建造計画は進んでいた。

 その加速器偽装研究所の所長を勤めるのは素粒子物理学の権威であるジェフ

リー・オドンネル博士である。彼は同時にドア研究の第一線にいる人物だが、

そのもう一つの顔については世間には公表されていない。米国のドア開発は、

平和利用を掲げて成果を公表し資本を募りながら開発を進めているものと、軍

用のため秘密裏かつ大規模に開発を進めているものとがある。実際のところ、

前者は後者の成果を小出しにしているに過ぎない。一般に公開されているドア

はせいぜいアトラクション程度の使い道しかないが、軍はすでに実用レベルに

達した一二機のドアを保有している。そしてこの場所が、軍事利用を前提とし

たドアの秘密研究所――ドア研究の最先端にあたるわけだ。

 米国に亡命した崎島もまた、この秘密研究所に所属していた。勤続はすでに

二年近くにもなる。米軍は崎島の過去の経歴については糾弾しなかった。オリ

ジナルドアを持ち出したことも、秘匿にし続けたことも不問に付した。研究・

開発環境は日本にいたときより格段によかった。比べものにならないほどの大

規模な施設と潤沢な資金があった。そのうえオリジナルを秘匿するための気遣

いも要らない。二年前の苦悩が嘘のように、米国での環境は快適だった。

地下六〇m。その巨大な施設群の地下にある研究所は中央に吹き抜けを持っ

た八階建ての構造になっている。それぞれのフロアに研究所があり、メインの

加速器ドアの他にも二基のドアが建造されている。リフトを降りると、研究所

の中央にはオリジナルドアが見える。かつてはたった二人しか知るもののいな

かったオリジナルドアも、今となっては多くの研究者に取り囲まれ、今日も徹

底的に精査されている。

「リサ……」崎島は、上階からその様子を眺めてつぶやいた。

 その一方で機密管理は厳重で、研究員の施設内からの外出は一歩たりとも認

められていない。その代わりに福利厚生は充実していた。一流ホテル並みの個

室や各種売店はもちろんのこと、図書館、テニスコート、プール、ゲームセン

ターなどの設備が取り揃えてあり、研究施設の敷地内だけでも一つの街のよう

に機能している。

 崎島は遅刻した足で研究所内を歩き回ると、今度は軍服を身に纏った険しい

顔つきの男がオドンネル所長と話しているのが見えた。決して見慣れない客人

ではない。この研究所の出資は軍が主体になっている。そのため、たびたびこ

うして軍人が視察に来るのだ。

「サキジマ。また寝坊かね」

 会話を終えたオドンネル所長は、崎島に気づいて歩み寄ってきた。

「お、おはようございます」

「はは。オリジナルドアを独占していたころには考えられん体たらくだな」

 米国に来て二年。思えば多くのカルチャーショックを体験してきた。英語に

ついても一定の素養はあったが、会話は少し苦手なところがあった。ジョーク

がよく理解できなかったときなどはひどく狼狽えたものだ。それもようやく慣

れてきた。

 言語の他には食文化でもギャップがあった。研究所では定期的にBBQパー

ティが催された。その様はまさにアメリカンだった。オドンネル所長もまたそ

の一人。肉で肉を巻く豪快な料理(?)には特に驚かされた。そんな食嗜好で

ありながら、彼は驚くほど痩せ型だった。食事風景を見る度に信じられない気

持ちになる。それほどの食べっぷりだった。

「そうですね。あのころはスパイに命を狙われたりと、緊張感に溢れた日々を

過ごしていましたから」

 今ではそんな冗談を交わす間柄だ。

「さきほどの方は?」

「海軍のリッジウェイ提督だ。彼はドアにいたく関心を示していてね」

「軍、ですか……」

 現在、この巨大なドアでは一〇mの口径と九九六kmの射程の安定化が実験

で成功している。ドア技術は射程の拡大より口径の拡大の方が困難だが、口径

の拡大を急いでいるのは戦車や自走砲をはじめ、武装ヘリを含めたすべての陸

戦兵器の通過を開発目標としているためだ。これについてはすでに当初の目標

は達成しており、攻撃ヘリAH-1コブラの通過そのものは三mで達成でき

た。ドアの軍用をおそれていた崎島だったが、ここでは至る所に軍の陰がちら

ついていた。

「ドアの軍事利用を気にかけているのか?」崎島の物憂げな表情を読み取った

のか、オドンネルはそう切り出した。「君の経歴は知っている。軍事利用をお

それて二年間もオリジナルドアを隠し通した、だったかな。私も君の気持ちは

わかる。私でもそうしたかも知れん。だが、そう気に病むこともない。軍事利

用も平和利用も大して変わらないよ」

「そうでしょうか。僕はそこまで楽観的にはなれなくて」

「知っているとは思うが、コンピュータもインターネットも元は軍事目的につ

くられたんだ。ドアも軍用に開発されるだろうが、それは即座に民間に転用で

きる。軍用で各国が競うように開発を進めていけばドアに兵器としてのアドバ

ンテージはなくなっていく。やがて一般化し、民間にも普及する」

「原爆ものちに原子炉として民間転用されましたが、大きな犠牲者を出しまし

た。ドアもそうならないとはかぎりません」

「だが、今となっては無用の長物だ。戦略兵器としてはね。日本への原爆投下

はたしかに悲劇だが、逆にいえばそれ以降核兵器は一度も実戦使用されていな

い」

「その論法で行けば、開発初期の犠牲はやむを得ないと?」

「まさか。人類は同じ過ちを繰り返すほど愚かではないよ。実際、軍も政府も

ドアに対しては核以上の脅威を感じている。誰も戦争なぞ望んではいないん

だ」

 理屈の上では、特に反論すべき点は見当たらない。だが、崎島にはどうして

も腑に落ちなかった。本当に大丈夫なのか。取り返しのつかない悲劇を招きは

しないか。米国の待遇に不満はないが、それだけがいつも気掛かりだった。

「とはいえ、ドアは応用範囲が広い。どう転ぶかは私にも予測できない。軍事

は専門ではないしな。だが、想像力を働かせることはできる。民間利用による

革新はなにも輸送交通に限った話じゃない。たとえばドア工法。君の論文にも

あったはずだ。ドアが二枚あればまったく新しい接合技術が生まれる。下手を

すれば核融合の危険も伴うものではあるがね。医療にも大きな影響を及ぼすだ

ろう。レントゲンの代わりになるどころではない。微小口径のドアでなら切開

せずに外科手術ができる。そして、これらの技術は軍にとっても必要になる。

逆にいえば、だ。これは我々が軍事費から予算をかすめとるチャンスなんだ

よ」

「なるほど。軍が我々を利用しているのではなく、我々が軍を利用している

と」

「そう、ものは考えようだ。そうだ、せっかくだからこれを見てくれ。ドアに

よる交通輸送網の計画と展望についてまとめたものだ。まだ書きかけの論文だ

がね。既存の交通インフラとの兼ね合いも考えている。最終的には廃れていく

だろうから、鉄道会社や航空会社に出資を募り移行を促すつもりだ。ドアに移

行しなければ時代遅れだという空気をつくるのだ」

 そこには、かつて崎島が漠然と空想していた計画よりは遙かに具体的で現実

的なプランが示されていた。企業ごとの体質に合わせたアプローチ法について

も十全に分析がなされている。グラフ理論に基づくドア駅の設置地点候補の項

目も読み応えがある。米国では大学教授が自らの研究内容を生かして起業する

ことも珍しくない。オドンネル博士も今こそドア研究に専念しているが、彼も

またその経験を持っており、経営学的な素養にも富んでいる。だからこそ提案

できるプランなのだろう。

「僕も日本にいたときに既存の交通インフラと衝突しましたが……これなら自

然な形での移行ができそうですね。もっとも、時間はかかるでしょうが」

「軍の後ろ盾があれば力押しも可能だ。とはいえ、過渡期の社会的・経済的混

乱は最小限に留めたい。時間がかかるのはやむを得んな」

「ドア工法、ドア医療についても応用できそうな論文ですね。僕としては、例

の永久機関もなんとか実用化できないものかと考えているのですが……」

「さすがにあれは危険が大きすぎるだろう。あまり健康的ともいえんしな」

 ドアの可能性は計り知れない。エネルギー問題をも一挙に解決する禁じ手が

ある。すなわち、位置エネルギーを利用した永久機関である。この点について

はインターネットを中心に議論を呼んでいるが、公式発表では「原理的に不可

能」ということにしてある。詳しい質問を受けた場合も専門用語を振りかざし

て煙に巻く論法がマニュアル化されている。というのも、実現の可能性が明ら

かになればあらゆるエネルギーインフラを敵に回してしまうためだ。崎島らの

研究者にとっても、長期的に見れば地球の公転エネルギーを奪うことになるた

め避けた方がいいと考え、この方針には同意している。よって、エネルギー問

題に関してはドアによる宇宙開発――SSPS(宇宙太陽発電)を目標に掲げ

ている。

「ところで、リッジウェイ提督……でしたか。彼とはどんな話をなさっていた

んです?」

「我々研究者にとっては少し面白くない報せだ」

「まさか、ドアを実際に兵器として使用するというんじゃ……」

「いや、今のところその予定はない。むしろそれをおそれてのことだ。いい

か、このまま順調に開発が進み、射程が伸びると数ヶ月以内に太平洋を越え

る。戦略兵器としていよいよ現実味を増すわけだが、それはロシアや中国でも

同じことがいえる。彼らもまた熱心にドア研究を続けているからな。オリジナ

ルを保有している我々ほどではないだろうが、いずれはその水準に達するだろ

う。そうなれば、ドアは核ミサイルよりも遙かに使い勝手がよく、かつ強力な

戦略兵器と化す」

「つまり、そうならないよう開発を自重しろと?」

「ああ。近いうちにそのための条約が締結されるはずだ。とはいえ、現在の機

能を下回るようなことはないだろう。今の段階でももっと省力化できればなん

だってできる。なに、大した影響は出ないさ」

 その言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 後日、国連安全保障理事会ではドアの戦略兵器としての危険性が議題に上が

った。そのなかで、保有数や射程などを制限する条約が米国より提案された。

各国とも当然ながらドアの危険性には気づいており、内心怯えていたこともあ

ったため、方針そのものについては特に異論もなく議論は進んだ。

「ドアの危険性は核をも超える。核拡散防止条約と同様に、常任理事国を除く

国家にはドアの保有を認めない。これが前提になるだろう」

 この会議の場には常任理事国の他に五カ国の非常任理事国も出席している。

当然不満はあったが、核非保有国でもある彼らは公然と反対することはできな

かった。ドアによる核攻撃をおそれていたためだ。おそろしいのは、仮に実行

に移されたとしても証拠が出ないという点にある。ゆえに、その頭ごなしの方

針決定にもおおっぴらには逆らうことはできなかった。

「しかし、ドアは民間にも利用できる。ドアの保有や研究そのものを認めない

というのはいきすぎではないか。原発が認められているように、軍事利用には

むずかしいレベルの低機能であるなら認められてもいいはずだ」

「問題となるのは射程だな」

「五mくらいでいいだろう」

「五mだと? いくらなんでも横暴だ。お得意の交渉術――ドア・イン・ザ・

フェイスのつもりか?」

「大真面目だ。核兵器と原発の差を考えれば譲歩しすぎなくらいだ」

「たしかに、五mでもできることは多いが……」

「二kmまでは認めよう。戦車砲の射程と同程度だ。このくらいなら通常兵器

で対抗できる。戦術的価値はない」

「そうとも言い切れん。二kmもあれば暗殺には十分な距離だ。狙撃銃と違っ

て場所を選ばないからな」

「場所を選ばない? 驚いたな。貴国のドア技術はよほど進んでいるとみえ

る」

「今後小型化が進めば、という仮定の話だ」

「では、サイズについても規定事項を設けるべきだな」

「常任理事国の戦略ドアはどうする? 先にこちらを話し合うべきじゃない

か?」

「ICBM(大陸弾道ミサイル)の射程を参考にするのがちょうどいいだろ

う。各国が保有するものの何割かの射程。どうだ、フェアだろう?」

「なにを馬鹿な。いったいどこの国が自らのICBMの射程を公表していると

いうんだ。それでは誤魔化しがきくし、逆に正確な申告の場合は逆算してIC

BMの射程がわかってしまう。さらにいえば、ロケット技術の差で国ごとに射

程はバラバラだ。穴が多すぎる。論外だ」

「やはり射程制限は一律して定めるべきだろう。たとえば一〇〇〇km、とい

ったように。これなら文句は出ないはずだ」

「国土の狭い貴国ならそれで十分かも知れんがね。我が国では国内運用でも支

障を来す数値だ」

「国内での移動なら数で補える。戦略的な攻撃性をドアから排除するのがこの

会議の趣旨だろう?」

「だが、数についても当然規制の対象になる。そして国土面積によって最適な

数値は変わってくる。それに、一〇〇〇kmでは宇宙開発も制限されてしま

う」

「宇宙開発なら低軌道まで届けば十分だろう。国際宇宙ステーションは高度四

〇〇kmの軌道を周回しているんだ」

「制限がかかるのは避けられん。宇宙開発を基準とするなら中軌道まで、とい

うのはどうだ。静止軌道ではさすがに射程が大きすぎるからな」

「一四〇〇kmか? 本来なら七〇〇kmでも十分だと思うがね」

「ドアの射程を地表の距離で計算するなよ? 文字通り三次元的な直線距離で

考えろ。地球は球体なのだからな」

 基本方針については滞りはなかったが、いざ具体的な数値の議論になると喧

々諤々が続いた。そのなか、静かだったロシアが沈黙を破って発したある一言

から注目を受け、再び議会上に静粛が戻った。

「喧しいところ失礼するが、君たちはなにか重要な点を見落としていないか?

 我が国もドアの戦略兵器としての危険性とその制限については異論はない。

だが、暗黙のうちに前提となっていることについて疑義を挟みたい。今後の製

造を制限する、とのことだが、すでにこの制限を超える性能を実現している場

合はどうするのだね? これについては、特に米国に伺いたい」

 この意味深な質疑に、米国代表は慎重に答えた。

「各国ともまだこの水準には至っていないと判断し、事前に手を打とうという

のがこの条約の趣旨だ。その可能性はないと考えている」

「なるほど。最も開発が進んでいるという自負を持つ米国ならではの発言だ。

では、その根拠は? なぜ貴国は自らが最も先んじていると確信できるの

か?」

「なにも必ずしも我々が先行しているといった覚えはない。我々の開発状況か

らみて各国とも大差ないだろうと判断したまでだ」

「筋の通った説明をどうも。しかし、先ほどの発言がひどく不自然な響きで私

の耳に残っている。『ドアなら場所を選ばない』だったか。普通なら考えられ

ない発言だ。私はてっきり、ドアとは運搬が困難なほど巨大なものだと思って

いたからだ。どうやら、あなた方と我々ではドアの概念について大きな隔たり

があるようだ」

「仮定の話、と申し上げたはずだが?」

「私には、あなた方がすでに該当するドアを保有するためについ口を出てしま

った発言に思える」

「大変な言い掛かりだな。さっきからなにが言いたい?」

「では質問を変えよう。仮に、あくまで仮にだ。どこかの国がすでに条約規格

を超えるドアを保有している場合、やはり破棄すべきだと考えるか?」

「当然だ」

「よろしい。我々が言いたいのはこれだけだ。米国はオリジナルドアを保有し

ている。そして、オリジナルドアの性能は小型にして超長距離射程。すでに戦

略兵器として十分すぎる能力だ。ならばこの条約の締結に伴い、即座に公開し

た上で破棄してもらいたい。でなければこの条約は無意味だ。違うか?」

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