チョコとパンジー6


 翌日、一瀬さんにお願いして、お店にあるラッピング素材やショップバッグを見せてもらった。大体のものは揃っていて、ミニブーケに使うショップバッグの束を現物で目の前に差し出される。

 良かった、ちゃんと考えてくれてたんだ。ホッとしながら束から一枚抜き出して広げてみる。マチもしっかりあるし、充分使えそうだった。


「どうですか?」

「充分です、ありがとうございます」


「お店にあるラッピング素材は全部好きに使ってくださっていいですよ」

「はい!」


 リボンにフィルムにペーパー、ショップバッグ。それらにかかるコストのことを考えると、余り高価な花は使えない。

 一瀬さんはカフェスペースへと戻り、カウンター内でグラスを磨き始めた。私は花の陳列をくるりと見渡して、様々な組み合わせを頭の中でシミュレーションする。

 バラは人気はあるけど高くて使えないし……ガーベラとか?スプレーマムも可愛いけど。

 自分の世界に入ってぶつぶつと呟いていると、厨房から出てきた片山さんの私を呼ぶ声がした。


「綾ちゃーん! ちょっとこれこれ」


 片山さんが手にお皿を乗せてちょいちょいっと手招きするのが見え、呼ばれるままに近づく。


「はあい。なんですか?」

「はい。味見係」

「うわ、可愛いっ」


 片山さんの手には白いお皿があり、可愛い小さ目のフォンダンショコラがデコレーションされていた。

 「はいどーぞ」とカウンターのスツールに促されて反射的に座ってしまった。仕事中なのにいいのかな、と戸惑って一瀬さんを見ようとしたけど、目の前に可愛いプレートが置かれて一瞬で目が釘付けになる。

 真っ白な四角のディッシュの中央にフォンダンショコラ。ラズベリーソースで絵を描くように、細い曲線や水玉模様でディッシュが飾られ緩く泡立てた生クリームが添えられている。

 それだけじゃなく、ハート型のチョコレートとトリュフ、チョコレートガナッシュが皿の隅に三つ並んでいた。


「すっごく可愛いです、美味しそう!」

「良かった。まずはウチのお姫様にご試食願おうと思って」

「お姫様って」


 どうぞ、とデザートフォークを差し出される。お姫様扱いなんて当然されたことはないからどう受け流していいかわからない。なんだか気恥ずかしくて苦笑いしながらフォークを受け取った。

 

 顔が熱いです、片山さん。


「客の大半は女だろうしね、女の子の意見を聞くのが一番」

「えっ、でも私、批評みたいなことはできませんけど」


 片山さんにそんな風に言われると、なんだか責任重大な気がしてフォークで触れるのも怖くなってしまう。その時、目の前にカップが置かれて、ふわりと紅茶の香りが漂った。


「構いませんよ気兼ねせずに、雑談混じりに食べてもらって。ついでに休憩にしましょう」


 そう言いながら片山さんにもカップを手渡しすると、自分も一つ手に取り香りを楽しむように目を閉じる。


「じゃあ……って、いいんですか、私一人で」

「いいから食べてって。女の子は甘いの好きでしょ」


  片山さんの言葉に一瀬さんも頷いてくれて、私は漸くフォンダンショコラにフォークを刺し入れた。ひとくち、口に含んだ途端カカオの香りと甘さが口いっぱいに広がって、それなのに全然甘すぎない。


「おおおいしいですっ……」


 テレビで見る美食レポーターみたいに、上手に言葉にするなんてできない。だけど、手が止まらなくて次々と口に運んでしまう。


「私、フォンダンショコラって食べたことないんです。こんなに美味しいなんて」

「だったら他と比べられねーじゃんか」

「あっ、そうですすみません!」


 じゃあせめて一瀬さんにも食べてもらった方が良かったのかと思ったけど、お皿からは既にフォンダンショコラは消えていて、項垂れる私に片山さんが肩を揺らして笑った。


「冗談だって。それよりブーケの方はどうなの?」

「あっ、まだ全然……何かバレンタインらしいことはできないかなって考えてるんですけど」


 プレートがこんなに可愛らしいなら、尚更ブーケも負けてられない。だけど貧困な私の発想では『バレンタインらしく』で思いつくのはハート型くらいだ。

 チョコレートガナッシュを口の中で味わいながら悩んでいると、思いがけなく出された助け舟は一瀬さんの声だった。


「バレンタインにちなんだ花なら知っていますよ」

「えっ、そんなのあるんですか?」

「ヨーロッパでは、パンジーの花をバレンタインに恋人に贈るそうです。花言葉は、確か『物思い』『私を想って』でしたか」


 さらりとそう言って、カップを口に運ぶ。その姿は、いつも通りとても涼やかでスマートで、私も片山さんも数秒言葉もなく凝視してしまった。

 だって、花屋カフェを経営してるとしても、とてもそんなことに詳しくは見えなくて意外だった。


「何か?」

「いえ。びっくりして……お花に詳しいんですね」


 正直にそう尋ねた。すると、ほんの少し一瀬さんがいつもの無表情を更に固くしたように感じ、ついその横顔を見つめてしまった。


「以前、こういったことに詳しい知り合いがいまして」


 そう言いながら、珈琲を一口含んで間を置く。だけどその後すぐにブーケの話を始めたから、気のせいだったのかもしれない。なんだか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような、気がしたのだけど。


「しかし、パンジーはブーケには向きませんか? 草花ですし……」


 そう聞かれて、私は漸くブーケの方へ思考回路を集中させた。


「いえ、そんなことは。色も豊富にあるし、華やかでいいかも。水揚げさえ上手くいけば……」


 フリルパンジーなら見栄えもするし、と頭の中でイメージした。パンジーは水がなければすぐに萎れてしまうけど……そこをなんとかすれば。

それに、パンジーの花束、たしかネットかどこかで見た気がする。


「調べてみます! バレンタインにちなんだ花だと聞いたら、是非使いたくなりましたから」


 そういうと、一瀬さんはほんの少し口角を上げて、笑ってくれたように見えた。



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