チョコとパンジー3

 受験に失敗してずっと引きこもりがちだったのを、姉に強引にオープンスクールに来いと命じられた。それが、二度目にflowerparcを訪れたきっかけだった。姉は当然、私にもう一度大学受験に挑戦して欲しかったのだろうけれど、私はそんな思惑はそっちのけで、その時見たアルバイト募集の張り紙に勇気を出して応募した。

 面接当日、どきどきしながらカフェの扉を開く。一番奥の客席に促され、目の前にはやたら整った顔を持つ大人の男の人。

 もしかして、何人も面接に来たりしてるのかな?

 にこりともしないその人に、私は内心でびくびくしていた。


「ここまで迷いませんでしたか?」

「いえ! 駅から一本道だし、前に来たことありましたから……お客として」

「そうですか」


 そう言うと、後は黙々と私の履歴書に目を通す。

 ―――ほんの一週間前くらいの話なんだけど、やっぱり覚えてないよねお客の顔なんて。


 余りにも素っ気なく感情の見えない店の責任者らしい人物。私は歓迎されていないのだろうか、と不安になる。

 有線から流れるクラシックの音楽と、明るい陽射し。客として来るなら心地よいその空間に、目を閉じて現実逃避したくなった頃。


「……フラワーアレンジ?」


 問いかけるような声がして、慌てて逃げかけていた思考回路を呼び戻す。初めて、興味を持ってもらえたような気がした。


「あの、母が生け花の先生をしててその影響で。好きなんです、花を弄ったりするのが。花器に生けたりブーケにしたり……生け花って一応型はあるんですけど案外自由で、生け花の基本を押さえておくとアレンジやブーケにも役に立って……その、えっと……趣味の、範囲ですけど」


 自分の得意なことをアピールするのは、なぜだか気恥ずかしいものがある。だけど、フラワーアレンジに目を留めてくれたことが嬉しくてつい夢中で語ってしまっていた。ところが聞いてくれているはずの目の前の男の人は変わらずの無表情で、徐々に語尾が弱々しく萎んでいく。


 そして返ってきた言葉は。


「そうですか」


 その一言だった。流された、と思って私は小さくなって俯いてしまった。


「いつごろから、来られますか?」

「えっ?」


「働くとしたらいつから?」

「あっ、いつからでも、大丈夫です」


「時間帯は?」

「いつでも!」


 バイトの面接そのものが初めてだった私は、もしかしたらこの流れでもう決まりなのかな、なんて期待したり。だけどさっきは趣味のところ流されたし、ダメかも、とびくびくしたり。

 そんな風に一瀬さんの言葉に一喜一憂し、兎に角終始緊張していた。最終的に、後日連絡をするということで面接は終了。

 後日連絡は断り文句だ、とか。バイトの経験のある友達がそんな風に話していたのを思い出して意気消沈していたのにあっさり翌日に採用の電話があり、飛び上がって喜んだ私は一番にお姉ちゃんに報告した。


 そうして働き始めて、一週間。一瀬さんは何も言わないけど、どうやら前のバイトの時からそういう人みたいだし、もしかしたら仕事になれるまでは、と思っているのかもしれない。

 でも、客数は少ない上に皆カフェだけの利用で、花を買って行った人をこの一週間で見たことない。やっぱり、即必要なのはカフェ側の仕事なんだと思う。


 でも……うん。

 持ってるに越したことはないかも。


 ベッドから勢いをつけて起き上がると、机の引き出しを開けた。このところバイトで疲れ切って全然触ってなかったけど、いつも定位置に仕舞ってあるそれを手に取る。

 勿論、店にも置いてあるだろうけど、見かけたことない。それくらい、花に関してノータッチだった。

 私は、母からもらって以来愛用しているお古の花鋏を、鞄に入れた。


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