第27話 コスプレ写真集
大学二年生の十月といえば、直近にある大きなイベントは、文化祭くらいしかなかった。
そうはいっても、やはりそういう類に興味がないものはいる。
「もういっそのこと、全部決めてくれよ実行委員さん」
いかにも興味がない素振りで意見を出してきたのは、副代表の今村だった。通常運転でも面倒くさがりだが、こういうときには本当にどうしようもない人間になるのが、彼の悪い癖だった。
「そうは言っても、案がないと決めようがないぞ」
サークルごとの文化祭への半強制的な参加は、その年も健在だった。参加しなかったとしても、サークルの存続そのものには影響を及ぼさない。ただ、それに該当するサークルへの予算が、次年度以降は大幅に削られるのだ。この悪魔のような仕組みを回避するため、各サークルは必死になって文化祭へ参加していた。とはいっても、そんなたいそうな催しをする必要はなく、文化祭へ参加したことこそが重要なのである。
その影響を直に受ける、文芸サークルの代表かつ文化祭実行委員の会長を兼任しているのが、何を隠そう俺だった。自分で自分の首をしめるような役割はしたくなかったため、こうして緊急会議を開くに至ったのだ。
「ほかに意見ある人、いますか?」
文化棟の会議室の空気は、はっきりいって最悪だった。このまま案が出ないと、文化祭への参加ができなくなる。それはつまり、来年からの活動に影響を及ぼしてしまうに他ならなかった。
おそらくこの時点で、部屋の中にいる何人かは諦めていただろう。そんな空気に耐えかねたのか、普段はあまり発言しない、竹原さんが手を挙げた。
「男女逆転して、写真集を作るのはどうでしょう…?」
まず初めに思ったのは、何を言っているのかが分からないということだった。そのぶん、後半ははっきりと聞き取ることができていた。しかし、どう頭の中で解釈したとしても、前半の言葉がおかしいのである。若干失礼だとは思ったが、もう一度聞き直すことにした。
「あの、竹原さん」
まさか、自分に声がかかるとは思っていなかったのか、竹原さんは目を見開いて再び立ち上がっていた。
「本当に申し訳ないのだけれど、もう一度言ってもらっていいかな」
「中津、おそらく聞き間違えじゃないぜ?」
突然、今村が口をはさんできたので何事かと思ったが、竹原さんのほうを見てみると、まるで小動物かのように小さくうなずいていた。その動きを見て、少し笑ってしまった。
「コスプレのような感じで、異性を装った格好をして写真を撮るんです。そこで撮った写真を見比べて、誰が一番違和感がないかを決めるというのは、いかがでしょうか」
想像していた以上に具体的な意見だったため、身構えてしまった。あいさつをするときくらいしか、彼女の声を聞く機会はない。特に、自分の思っていることを口にしていたところを、俺は聞いたことがなかった。同じようなことを考えていたのか、同じ空間にいたほぼ全員が、彼女のいるほうへと目を向けていた。
「ありがとう。具体的な意見、助かります」
その後も会議は続き、いくつか意見は出たものの、上手くまとめることはできなかった。というよりも、その場にいる皆が疲れていたのだ。俺自身の頭が回らなくなってきたため、緊急会議は結論が出ないまま、終わった。文化祭での催しを何にするかは、竹原さんの意見で固まっていた。しかし、一番肝心な部分であるはずの、誰が何を準備するのかについては、空白のままだった。
「しかし、びっくりしたよ。竹原さんがあそこまでなめらかに話すところを、初めてみたからさ」
その日の夜。俺は行きつけの居酒屋に、今村を連れてきていた。会議の中で決めることができなかった、細かい部分の折り合いをつけるためである。
俺個人の考え方として、まとめ役でない人が参加せずにサークルが抱えている問題を解決することは、あまり良いこととは思えなかった。しかし、もう残っている日数が少なくなっていることは、明白なのだ。そのため、これは仕方のないことだと思うことにした。
「竹原さんって、実はプロの小説家らしいよ」
「そうなのか」
あまりの疲れで、驚くことはなかった。ただ、小説家という発想には至らなかったので、盲点だったと思っていた。
「だから、創作関連についての分野は任せていいと思うぞ」
「もしかして、会議で竹原さんが饒舌になったのは、それが根底にあったからなのか」
そう考えれば、あの行動の辻褄が合う。決して変な目で見ていたわけではないが、普段の様子を知っているがために、どうしても引っ掛かっていたのだ。
「まあ、それはいい。今村は、今回の役割分担をどう考えてる」
「とりあえず、セーラー服のあてはある」
自信満々の表情でそういい放った彼は、こう続けた。
「お前、仲のいい女友達がいただろう。確か、立花さん……だったかな」
そこで、その名前が出たことがかなり予想外ではあった。けれども、声を気軽にかけることができる近しい関係の女の子の知り合いは、彼女くらいだった。今村にしては、名案だと思った。
「かけてみるのはいいが……断られる確率のほうが高いと思う」
「断られる前提でいいから。高校のときの制服が残っていないか、聞いてみてくれよ。やっぱり、コスプレ用のものだと安っぽくなるからな」
この面倒なこだわり具合に、今村らしさが出ていた。相変わらずの様子に、俺は思わず笑ってしまった。
それと同時に、この企画を成功させたいという気持ちが若干芽生え始めていた。
この大学の唯一の救いは、昼限定で食堂が営業していることだった。もしこれがない場合、お弁当をわざわざ作って持ってくるか、昼休みという貴重な時間を消費して、コンビニまで行くしかなかった。ただ軽食であれば、いつもの喫茶店で済ませることはできるが、あまり現実的とはいえなかった。
そんなことを考えながら食堂へ向かっていると、途中で見覚えのある姿が目に入った。
「立花さん、もしかして今からお昼ですか?」
声をかけると、彼女はゆっくりと後ろを振り向いた。その横顔は、羽衣にそっくりだった。同一人物でないと分かっていても、思わずその名前を口にしそうになるほどであった。
「もう中津くんってば、また敬語になってるよ」
「そういえば、やめようって話になったね」
初めて会ったときのような戸惑いは薄れていっていたものの、妙に意識してしまうのはいつも通りだった。
昨日の文芸サークル緊急会議で決まったこと、そしてその夜に今村と話した内容を、軽くまとめて伝えた。すると、彼女はやれやれと言わんばかりの表情で、こういった。
「それで、私に声をかけてきたの」
「それだけが理由なわけじゃないけどね」
考え込むかのように、唸っていた。だが、彼女の目線の先にあったのは、日替わりメニューの一覧表だった。
「日替わり定食にするか、麵類にするか。迷うわね」
唸り声の原因は、昼食をどうするのかという問題についてだったようだ。
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