girl is like a boy
第四章 輝かしい季節
第26話 俺が女子大生になれたなら
大学生活にも慣れ、早くも入学から一年半ほどが経とうとしていた。その日も、いつも通りの一日が訪れるはずだった。だが、想像すらできないような出来事が、突然起きたのである。
「どうせ数合わせだろ?」
「まあ、そう言わずに来てくれよ」
あかねから合コンの誘いを受けるのは、その日だけで三回目だった。
「しょうがないなあ」
ついに心が折れた俺は、仕方なくその提案に乗ることにした。恋愛には興味がないと常日頃から言っているにもかかわらず、合コンなどに誘ってくるあかねは、本当にどうしようもないやつだとしか思えなかった。
あかねの秘密を知ることになったのは、去年に起きたとある事故が原因だった。
名前が可愛らしいということ以外に、特に思い当たるところはなかった。それゆえに、かなりの衝撃を受けた。
いつも通りに部屋へ入ったとき、あかねはシャワー室から出たばかりで、服を着ていなかった。そこで、俺は見てしまったのである。
「あ……えっと」
ふと出たのは、言葉にならない声だった。目に映る彼の体は、完全に女の子のそれだった。ただ、無理やり押さえつけているような跡が少しだけ見えた。
「ごめん、急に開けて」
「いや、いいんだ。何も考えてなかった俺も悪い」
あれから半年近くが経過していたものの、俺の体も似たような事情であることを、全く伝えていなかった。
「なれるものなら、俺は本当の男になりたい」
叶わないと分かっていても、彼はそう願い続けていた。その願いを聞いたときに、ある感情が芽生えた。それは、ある意味羨ましくもあった。自分の思っている性別と違う性別の体とはいえ、それは完全な体であることに変わりはないからである。俺の体は、もうどちらともいえないような体だった。いっそのこと、本当の女になることができれば、諦めもつくのだが。
合コンの形式は、男側が席を移動していくものだった。単純にペアの組み合わせを時間ごとに変えていき、話す相手を変えていくということである。
それを何度か繰り返し、合コンが進行していった。何度目だっただろうか。やがて目の前に現れたのは、羽衣にそっくりな女の子だった。
「どうしたんですか。何か私の顔についてます?」
あまりの瓜二つな顔に、俺は見とれてしまっていた。しかしながら、その表情や仕草は、羽衣のそれとはまるで違っていた。ただ、全体の見た目は完全に羽衣と同じだった。恐ろしいという感情と、懐かしいという感情が入り交じり、なんともいえない気持ちになっていた。
「そういうわけじゃ、ないんですけど」
思わず言葉に詰まるほど、俺は動揺していた。
「綺麗な……髪ですね」
「ありがとうございます」
何を意味不明なことを口走っているのだろう。あまりの挙動不審さに、俺が彼女の立場であれば、誰かに助けを呼んでいるのではないかと思った。
「どこかで、会ったことありましたか?」
「会ったことはないんです」
そのあとの言葉を、続けようとは思えなかった。それは、結果的に彼女のことを傷つけてしまうのではないかと考えたからだ。
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
内心、俺は焦っていた。話し方や口調は違うものの、こんなにも見た目が似ていると、忘れかけていたあの子のことを、思い出しそうになるのだ。
「俺、中津沙希です。すみません、変な誤解をさせてしまって」
「大丈夫ですよ。私は、立花はるかといいます」
当然ながら、名前は違っていた。そこでようやく、俺はこの子が羽衣とは違う人だということを実感した。それはまるで、雲の上に浮かんでいたような意識が、手元に戻ってきたような感覚だった。
合コンが終わり、何人かがすでに帰っていた。気に入った相手がいれば、その人に声をかけてどこか別の店に行くか、二次会に行くかという流れとなっていた。もはや、合コンというよりは、ただの飲み会のような雰囲気になっていた。
そんな中、俺は少し離れたところで考えごとをしていた。いつのまにか、例の子のことを目で追っていることに気づいたのである。そのことに気づいたあと、彼女に対して少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。
「お前、あの子のこと気になるのか?」
途中から幹事に代わって進行役を務めていたあかねが、俺の真横で話しかけてきた。髪の毛からは、ほのかに甘い香りがした。これは、女の子の香りなのだろうか。
「二次会には行かないのか」
「気になる子がいないなら、行こうぜ」
「そういう気分になれない」
立花さんとまた会ってしまうのではないかと思うと、気まずくなるため、帰る気でいた。そんなことを知らないあかねは、俺のことをだらしないやつだと言ってきた。
「ノリが悪いぞ」
「こういうのに慣れてなくてな……すまん」
少年のような悪い顔をしていたあかねは、夜の街へと消えていった。きっと、今頃は女の子とおしゃれなバーにでも行っているのだろう。
二次会に行くことをやめた俺は、鮎川駅のほうへと向かって歩き始めていた。ふと横を見ると、見覚えのある姿の女の子がいた。
「よかったら、一緒に行きませんか」
しばらく無言の時間が続いた。少し気まずい雰囲気が漂っていたときもあったが、世間話を何回かすることで、次第にその微妙な雰囲気からは脱却することができた。
話に一段落がついたところで、彼女は少しだけ笑いながら、こんなことを言い始めた。
「あまり、こういう集まりは得意じゃないんですよね」
彼女が来ることになった経緯は、よくあるものだった。彼女が友人から、合コンについてきてとお願いをされたらしい。俺自身もあかねから同じような誘われ方をしたので、その気持ちはすぐに理解できた。
「俺も友人から誘われただけなんです。一人だったら、こういうところは絶対来ませんよ」
「そうなんですよ。困りますよね、断る理由はなかったですし」
彼女の笑顔は、俺に安心感を与えてくれた。
駅の姿が見えてきたとき、立花さんはある質問を投げかけてきた。それは、彼女の存在を決定づけるものだった。
「中津くんは、どこの大学に通ってるんですか?」
「香里大学です」
そう伝えると、途端に彼女の顔は明るくなっていった。
「本当ですか? 私も香里大学なんです」
この合コン自体は、香里大学以外の人はいた。もちろん、大学生以外の社会人として生活している人もいた。あかね曰く、偏りがないようにはしていたらしい。そのため、彼女との出会いと共通点はかなり奇跡的なことなのである。
鮎川駅に着き、俺と立花さんは切符を買った。
「それじゃあ、俺はこっちなので」
そう言いながら、萩の宮方面の通路を指さした。そのあと、立花さんは少しだけ頭を下げていた。
「今日はありがとうございました。私、中津くんがいなかったら、もっとさみしかったかもしれないです」
そのあと、彼女は何度か頭を下げつつ、反対側の階段を上っていった。
この出会いが、その先の人生を変えるものになることを、俺はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます