第14話 知らないほうがいいこと
最近は、見た目だけが女子高生らしくなってきた。もちろん、いまいちな点があった。それは女子力だ。
女子高生に混じって生活を送っていて、気づいたことがあった。それは、本物の女子には想像していたような女子力があまりないということだ。誤解を招かないようにいうならば、女子力という言葉は幻想なのである。
よく考えてみると、確かに不可解なところはある。たとえば、料理のできる男の人に向かって、女子力が高いという表現がされていることがある。冷静に考えれば、意味のわからない表現なのだ。それに比べて、男子力という言葉はあまり耳にしない。
男子力を頼りがいのある人と仮定するならば、俺には似合わない言葉なのは確かだった。要するに、半端な人間なのである。
いつも通りの教室。そして、これまたいつも通りの光景。なにも変化しない日常が、ここにはある。
紗那と由果、七海そして俺の四人で机を合わせて、これから昼ご飯を食べようというところだった。かばんから弁当箱を取り出し、机の上に置いた。紗那と由果が目線を送っているのは、相変わらずのことだ。
ふたを開けると、朝に用意したおかずと白飯が顔を出した。お腹がすいているので、すぐ食べることにした。
「いただきます」
おかずは簡単なものしかない。野菜炒めとカレイの唐揚げ、そしてサラダだ。凝った料理はなく、すぐに作れるものばかりだ。なので、この二人のような反応をされると困る。
「沙希のお弁当美味しそうだね」
こういうとき、どう反応をすればいいのかわからない。
「今日も自分で作ってきたの?」
「うん。朝に作って持ってきたよ」
感心したような顔で見られていた。いい加減、反応するレパートリーを増やしてほしいものだ。一週間ほど前に自分でお弁当を用意していることを明かすと、同じ反応をされた。それ以来、ずっとこの調子だ。
つい最近知ったことがある。それは、女子だから料理ができるというのは間違った認識だということだ。七海が料理下手なことと同じように、世間の女子高生も料理下手な人がいる。もちろん、上手な人もいるだろう。『女子ってみんなご飯とか作るの得意じゃないの?』という考えは幻想ということだ。
ちなみに、紗那は下手な部類に入る。由果は、本当に簡単な料理ならできるらしい。これが現実なのだ。先入観というのは、恐ろしいものだということを改めて知った。
二人は、母にお弁当を作ってもらっている。それに付け加えて、『普通はそうでしょ』とも言われた。普通とはなんだろう。
お弁当を作るのが母で、晩ご飯を作るのが俺という暗黙の了解が中学生になるまではあった。しかし、そんな日々に変化が訪れたのは突然だった。母の異動により、長期出張が重なるようになった。そのため、お弁当も俺が担当することになり、現在に至る。
母が家に帰ってくる頻度は、かなり下がった。なので、家で七海と二人きりになるのはめずらしくなくなっていった。そのせいか、いつからか自分でお弁当を作るのは当たり前だと思うようになっていた。
「どうしたら料理って上手になるの?」
不思議な気持ちになっていた。男子で過ごしているときは、こんな反応はされなかった。お弁当を自分で作っているということを知られると、女みたいだとよくからかわれたものだ。男がお弁当を作ってなにが悪いんだと、よく考えた。
「毎日作ることかな」
「そんなの大変だよ……」
「私も、初めからここまで作れたわけじゃないよ?」
当たり前のことを当たり前にする。そのことがいかに大変なのかは、身に染みてわかっている。なにごとも基礎固めが大切なのだ。バットの振り方を知らない人が、急にホームランを打てるわけがない。
「そっか。地道だねえ」
そう言いながら、紗那は俺の髪を撫でた。行動の意味が理解できずに固まっていると、こう続けた。
「髪の毛にも地道な努力を重ねてるわけ?」
俺の髪は、肩に軽く当たる程度まで伸びていた。明らかに伸びる速さが上がっているのだけれど、これは女体化現象の影響なのだろうか。
「なにもしてないよ」
あらかじめ言っておくが、これは謙遜ではない。本当になにもしていないのだ。
女体化以降に変わったことといえば、シャンプーが切れたときに七海の使っているのと同じものにしたくらいだ。それまでは安価なものを使っていた。そうはいっても、七海の使っていたものが特別に高いわけではない。桜ヶ丘高校から比較的近いスーパーで売っているような品物だ。
「本当か?」
「本当だよ。こんなことで嘘をついてどうするの」
冷ややかな視線を向けられているけれど、本当になにもしていない。それ以上は、なにも言えなかった。
しばらく黙っていると、紗那と由果がこそこそとなにかを話し始めた。時々笑っていたので、またよからぬことを考えているのだろう。それにしても、この二人は仲がいい。常に一緒にいることは減っているような気がする。けれど、こうして二人でいるとまるで恋人同士のような雰囲気を作り出していた。女の子同士だと、特に二人組では物理的な距離と精神的な距離が近すぎるような気がした。紗那と由果がその典型的な例である。
男同士だと、こういうことはあまりない。親密な関係になるとこういう雰囲気になることもあるけれど、こんなに近くならない。特に、精神的な部分ではそうだ。心が通うことよりも、会話が通じ合うことのほうが重要視されていた。
仲がいいという表現自体は同じであっても、意味が少し違うのである。
「じゃあさ、沙希も一緒に行く?」
「え、どこか行くの?」
そう言うと、紗那は少し怒ったような顔をしていた。どうやら、考えごとをしているあいだに話が進んでいたようだ。
「今週の日曜日に此花十番街へ行こうよ。服、見に行こう」
此花十番街というのは、此花駅に隣接している商業ビルのことだ。中には映画館もあり、休みの日には家族連れでにぎわう。なにかを買いに行くときは、ここに来るとだいたいのものが揃う。
「いいけど、ついて行っていいの?」
「よくなかったら誘わないよ」
紗那に怒ったような口調で言われてしまった。最近は、紗那が自分のことを見てくれているような感覚がある。そのことが頭をよぎるたびに、羽衣の代わりにしてしまっているのではないかとつらくなる。羽衣と紗那を重ねてしまうのだ。
そのたびに、罪悪感がわいてくる。
「じゃあ、私も行こうかな」
紗那と由果、そして俺の三人で日曜日に出かけることになった。七海は『お金がないからパス』と言って、誘いを断っていた。七海がお金を使う場面をあまり見たことがなかった。もしかして、俺の知らないところで使っていたのだろうか。
日曜日になり、出かける準備をしていた。どうせだからと昼食も三人で食べることになり、集合時間は十二時になった。
出かけることにはなんの問題もなかった。しかし、別の問題をすっかり忘れていることに、当日になって気づいた。だが、気づくのがあまりに遅かった。それは、俺が女物の服を持っていないということである。
今までそのことに気がつかなかったのは、女子制服を着ていたからだ。また、女体化現象による体の変化に気をとられていたことも、要因の一つである。休日にお出かけをしようという発想がなかった。スーパーに買い物へ行くときは、いつも学校からの帰宅途中だったのだ。
適当に男物の服を着ればいいと思ったのだが、タンスの中からすべてなくなっていた。誰がこんなことをしたのかを考えたが、答えはすぐにでた。多分、母だろう。こんな強制イベントを発生させるのは、母以外にいない。
そういった経緯があり、選択肢はないに等しかった。七海に服を借りるという方法でしか、この問題は解決できない。
「なあ、七海」
「どうしたのお兄ちゃん」
兄の着る服がないため、年頃の妹の服を借りる。こんなに恐ろしい言葉があるのだろうか。いや、ない。
「あのさ、服を貸してほしいんだけど……」
「いいよ。待ってた」
即答だった。早すぎて、耳で受け止められるかがあやしいくらいだった。もしかして、犯人は七海先生ですか。服を捨てたのも、部屋の中にあった唯一の男物の部屋着がなくなっていたのも、七海の仕業だったのだろうか。
なんて恐ろしいことをする妹なのだ。
待っていたという言葉は本当だったらしく、出かけるための服が一式出てきた。あまりの準備のよさに、驚く時間はなかった。
「はい、どうぞ」
「……ありがと」
用意されていたのは、青地に水玉模様がプリントされたワンピース。そして、白色の靴下だった。初めての私服女装が、これで大丈夫なのだろうか。少し可愛すぎるのではないだろうか。
「ねえ、ほかの服は……」
「それしかなかったんですよね」
急に棒読みになる七海に、不信感を持たないはずがなかった。
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