おまけの第2話 クリスマスはコスプレとともに。

「沙希っていつまでサンタクロース信じてた?」

「サンタクロースねえ」

 サンタクロース。ある年齢に達すると、その存在が偽物だということを知り、主に子どもたちに悲しみをもたらすもの。

「そもそも信じてたかな…?」

 俺にとってクリスマスというのは、サンタクロースよりもコスプレをするイメージのほうが強い。その原因は、主に羽衣にあった。


「しゅう、仮装とかに興味は無い?」

「仮装…?」

 いつもながら、なんの脈絡もない羽衣の言葉が耳に飛び込んできた。突然家に呼び出されて、何をするでもなく一時間近く放置されていた俺の気持ちは、あくまでも無視をするようだ。

「こういうのがあるんだけど……」

 クローゼットの奥から出てきたのは、赤い塊だった。よく見ると、白い帯状のものと円状のものもそれに付いていた。

「なに、これ」

 これはもしかして、例のアレではないだろうか。この展開も、なんだか初めてとは思えない。それに今日は……。

「正解は、サンタの衣装でした」

 陽気に笑う羽衣に対して、俺の顔は多分引きつっていた。なぜなら、顔がさっきから痛い。普段使わない顔の筋肉を使っている証拠だ。この小さな部屋で羽衣と二人っきり。もうそこから先の展開は、読めていた。

 ちなみに、七海はクリスマスケーキを買いに行っていた。帰ってくるまで粘ったとしても、七海ならこの様子を見ても何も言わないだろう。要するに、事態は悪化する一方だった。

「じゃあさ、これ着てみてよ」

 なぜ男の俺に、サンタクロース風のワンピース仕様の服を着せようと思ったのか、それが分からない。本来ならば、羽衣のように容姿の恵まれている女の子が着るべき服だ。どこからどう見ても男の俺が、着るべきものではない。

「そんな難しい顔しないの。はい、私は部屋から出るから着替えててね」

「いや、おい……」

 そんな笑顔に黒い影を潜ませたような顔で言われても困る。

 羽衣は言った通りに部屋を出ていき、俺だけとなった。この服を着ることを拒否する権利は、なかったようだ。


 生地が薄く、光の入り具合で透けてしまいそうな赤い服を着るしか、俺には選択肢がなかった。もう一つ、この部屋から脱出するという選択肢はあったものの、それは黒く塗りつぶされているようで、選ぶことが出来なかった。羽衣の不気味な笑みを思い起こすことは、容易だった。


「しゅう、まだ?」

 ふすま越しに聞こえてきた羽衣の声に、焦りを感じた。なぜなら今の俺は、限りなく裸に近かった。

「待って! まだもう少し待って!」

 ため息をつくのが聞こえたが、そんなことは気にしなかった。この服を渡してきた羽衣が悪いのだ。諦めていなかった気持ちと諦めた気持ちによる、十分間ほどの戦いは、結果的に諦めた気持ちが勝った。

 なんでこう、女物の服って薄く作られてるんだろう。これじゃ透けてしまうと思うんだけど……。普段着る服とも根本的に構造が違うので、足元の風通しがよくて気持ちが悪かった。そういえば、学校の制服はこれと同じくらいの丈だった気がする。それはつまり、この気持ちの悪さを毎日体験しているということだ。

「まだ終わらないの?」

 さすがに、これ以上待たせるのは悪い。着替え自体は終わっているけれど、誰かにこの姿を見せる、心の準備ができていなかった。けれど、もう覚悟を決めるしかない。

「……お待たせしました」

 自分からふすまを開けて、羽衣にその姿を見せた。開けた直後は少し怒っているように見えたけれど、俺の全身を確認するとほころんだ笑顔に変わった。

「相変わらず似合うわね」

「やっぱりこれ、去年無理やり着せられたやつと一緒だよね?」

 忘れかけていた記憶を思い出したところで、玄関あたりから物音がした。七海が帰ってきたのだろうか。ビニール袋の音がした。

「ただいま……またお姉ちゃん、しゅうで遊んでるの」

「遊んでるんじゃないわ。これは、資源の有効利用よ」

 羽衣がそう言うと、開いたままだったクローゼットから、同じような赤い服が二セット出てきた。

「それ、私のお下がりだから」

 さっき出てきたのは、新しいものということだ。わざわざ買いなおすなんて、思っているよりも気合が入っているんだな。

「そうなんだ」

「だからそれは、しゅうにあげる」

 家に女物の服がある男子中学生というのは、バレるとものすごくいじられそうだ。しかも、ただの女物じゃない。サンタクロース風のコスプレ衣装だ。もしそれを何も事情を知らない人が見たら、どう思うだろうか。そんなことは、考えたくもなかった。

「いらないよ……」

「受け取ってくれるよね…?」

 だが、その低い声を聞いた俺は、受け取らずにはいられなかった。初めから、俺に発言する権利はなかったようだ。


「せっかくだし、三人で写真でも撮ろうか」

「この服を着たままで…?」

 七海と羽衣もサンタクロース風の服を着ていた。さっき着替えたばかりなのだけれど、二人を見て似合ってると思わずにはいられなかった。全く違和感がなかったのだ。

「当たり前でしょ。じゃあ、撮るよ」

 羽衣が携帯を構えて、三人が枠に収まるように調整していた。二枚ほど撮ると、その写真を見ながら笑い始めた。

「しゅう、ウィッグずれてるじゃない」

「別にいいよ。もう外してもいいよね?」

 やはり女装は、精神的に厳しいものがあった。なおかつ、足の間を通っていく空気に、これ以上は耐えられそうになかった。日頃から布一枚を巻いて歩いている女の子たちは、すごいなと感心してしまうほどだった。

「ほんと女の子みたい。嫉妬しちゃうかも」

 頬を膨らませながら、七海はそう言った。二人のほうが似合っているような気がするが、あまり余計なことは言わないほうがいいだろう。


「昔から、沙希は可愛かったのね」

「あの、そこが本題じゃないからね?」

 紗那に昔の話を聞いてもらうと、予想とは違う感想が返ってきた。この話は俺が可愛かったのかどうかというものではなく、いかに苦労したかというものだ。

「そういうことなら、帰りに寄り道しようか」

「え?」

「サンタクロースの服買うから、沙希も一緒にコスプレをしよう」

 もしかすると、俺は余計なことを紗那に話してしまったのかもしれない。そう気づいたときには、すでに手遅れだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る