おまけの第3話 二人兄妹の大晦日

 大晦日の過ごしかたというのは、案外難しいものだ。少し前にクリスマスがあったけれど、それを過ぎるとすぐに大晦日がやってくる。おそらく、今日もあっという間に一日が終わるだろう。


「七海は、何か用事があるの?」

 まだ朝の十時だというのに、七海は着々と出かける準備を進めていた。普通の休みの日なら気にならないけれど、今日は大晦日。そんなに急いで、どこに行くのか。

「そういうわけじゃないよ。こうでもしないと、体を動かしたくなくなるかなと思ってね」

「いや、大晦日ってそういう日じゃないの?」

 七海とは対称的に、俺はさっき起きたばかりだった。休みの日は俺と起きる時間があまり変わらない七海が、テキパキと動いている姿を見て驚いた。それは、夕方に起きてしまったかと勘違いして焦ってしまうくらいの驚きだ。

「毎年同じことするのも、飽きるじゃない」

「だらだらして過ごすことに、飽きるとかあるの?」

 よく分からない理由ではあるけれど、せっかくだから何か行動したいというのが、七海の意図するところだった。

 変わり映えのしない年末年始を過ごすのもいい。だが、冬休みに入ってからというもの、体が怠けてしまっている実感はあった。どうせなら、俺もどこかへ出かけようか。

「ねえ、七海」

 会話の流れを遮ってしまったが、特に気にしないでおくことにした。

「それなら、ちょっと遠出しない?」

「どこに行くの」

「安倉」

 今日で今年は最後なのだから、少しくらい贅沢してもいいだろう。贅沢とは言っても、学生にできる範囲のことではあるけれど。


 家の近くの駅から電車に乗ること、約一時間半。これといって面白くない田園風景を眺めていると、そこにたどり着いた。

 もう一つ先に、安倉温泉という駅がある。そこは、観光地として有名な場所だ。海外からの旅行客が来ることも、珍しくない。


「着いたね。長かった」

 七海がそう言うと、小さくため息をついた。ずっと座りっぱなしだったので、少し足が痛い。

 駅を出ると、不思議な形のマスコットキャラクターが出迎えてくれた。これは、温泉卵をモチーフにしているようだ。前に来たときには、こんなの置いていなかったような気がする。

 よく見てみると、その像の下に『安倉温泉イメージキャラクター』と書かれていた。同県民に知られていないなんて、知名度的に大丈夫なのだろうか。

 ふと横を見ると、七海が笑いながらそれを撮っていた。

「お姉ちゃん、なんか面白いねこれ」

「写真に撮るほどかな」

 この子の感性は、やっぱりよく分からない。けれど、こんなに楽しそうなのだから、連れてきてよかった。家の中ではどうしたって知り得ない顔が、こうして間近に見られる。それだけでも来た甲斐があった。


 海のほうに歩いていくと、だんだんと家が少なくなっていった。その代わりに、周りとは異なる雰囲気をまとっている建物が見えてきていた。

「お昼ご飯にする?」

「そうだね」

 その建物は、主に海鮮を扱う店が入っている商業施設だ。そのほかにも多種多様なジャンルの飲食店があるので、食べるものには困らない。

 食べるのはもちろん、海鮮丼だ。


 七海が頼んだのは、まぐろ丼。俺が頼んだのは、白身丼だった。

 白身の程よく硬い噛みごたえが、格別だった。元々、このあたりの海鮮ものは海が近いこともあり美味しいのは当たり前だが、それ以上に美味しく感じた。


 食事が終わり、二人ですぐ近くにある海辺のデッキに来ていた。大晦日だからか、人が少ないように感じた。

 いつもなら、カップルや家族連れがベンチを取り合っているような場所だ。それが、今日はまわりを見ても、こうして海を眺めているのは俺たちしかいなかった。これではまるで、俺と七海が人混みを避けてきたカップルみたいだ。

「いいな、たまにはこういう大晦日も」

「そうだね。今日は、誘ってくれてありがと」

 七海が早起きしていなければ、今日も家で課題をするか昼寝をするかの、つまらない一日を過ごしていただろう。

「今日の晩御飯は、何にしようか」

 こうやって家族のように振る舞うことにも、いつの間にかすっかり慣れてしまった。まるで、昔からそうだったように。

 七海には無理しないで家族にはならなくていいと言っているのに、それを俺は否定するような行動をしていた。もう何年も経つのに、ある意味で七海とは『家族』になれていない。

 いつまで苦しめばいいのだろう。何年間もこの繰り返される輪の中に閉じ込められていた。だが、そこに答えなどはなかった。

「大晦日なんだし、そば食べようよ」

「じゃあ、今日は年越しそば作るね」

 そんな心のうちは、あまり表には出さないほうがいいことはわかっていた。七海と俺は、友達以上家族未満の関係なのだ。そこに、それ以上の意味や含みは一切なかった。


「いつもありがとね、お姉ちゃん」

 そう言いながら無邪気に笑う七海は、とてもかわいかった。

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俺が女子高生になれたなら 六条菜々子 @minamocya

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