第12話「”グッドラック”」

"ガーピッ"


「綾菱です。聞こえますか?」


「はい。聞こえます」


不思議と、この人の声を聞くと少し心が落ち着くようになってきた。他の人の話が突飛すぎて、この人でもじゅうぶんに味方なような気がしてきたのかもしれない。


「それでは、これからトレーニングモードを起動します。トレーニングについては、画面・・・ああ、正面のガラスが液晶モニターになっていて、そこに投影されます。トレーニング内容についても指示が出るのでそれに従ってください」


なるほど。TVゲームみたいだ。シュミレーターみたいなものか。


「了解です」


沈黙が流れる。起動に少し時間が掛かるのだろうか。


「牧村さん」


「はい。なんですか?」


また少しの間、無音の時間が生まれる。もう少し早く喋ってくれても良いと思うのだが、空気がそうさせない。深刻な話のようだ。


「私は、あなたより年下です。しかし、立場上は上司にあたります」


年下なのか。いや、それはそうだろう。32歳以上であどけない顔が残っているのは女優だけだ。


「ええ、はい。大丈夫ですよ。年齢は関係ありませんから」


「ありがとうございます。そういう人だと思っていました。だからこそ、これだけは覚えておいてください」


正面を向きながら、僕はスピーカーから流れる声に聞き入っていた。


「先ほどもお伝えしたとおり、指揮官は私以外にも10人以上いて、それぞれがタッグを組みます。そのタッグが解消されたら、失敗に終わったらどうなるかわかりますか?指揮官は降格、他の指揮官にチェンジです。次のチャンスがまわってくるまで他の仕事にまわされます。しかしここには、このシュタディオンを中心に敵と戦う以外にやることはありません。かといって私たち指揮官は他の特殊な仕事にはつけません。私たちは指揮官になるべく訓練をされていますから」


「待っているのは雑用か、テキストによる学習です。私たちは・・・いえ、私はこの国を守りたい。そのために自衛隊から志願してこの組織に入隊しました。私は悔しいです。大切な人がたくさんいるこの国を、めちゃくちゃにされようとしているのが。そして、戦えるのが嬉しいです。絶対に守りたい。しかし、もしこのタッグが失敗に終わり解消されたら、次は10年以上先になるでしょう。いえ、そこでチャンスが回ってくれば良い方です。用がなくなればどこかに飛ばされるかもしれません。指揮官にも費用がかかっていますから」


無駄な人員は置いておけない、ということか。


民間企業でもお役所でもそれは変わらないんだろう。


「これだけは覚えておいてください。私と牧村さんはタッグです。一蓮托生です。私とあなたのコンビネーションが鍵を握っていると思ってください」


「わかりました。頼りにしてますよ、綾菱さん」


「こちらこそ、頼りにしてますから」


いやいや、右も左もわからない僕を頼りにされても困るんだが。でも、悪い気はしない。


・・・そうだ、あれを決めよう。


「綾菱さん。僕から一つ提案です」


「なんですか?」


突然のこちらからの話題に少し驚いているような声だ。


「掛け声、みたいなものを決めませんか。出陣するときの」


「掛け声?へぇ、面白いですね。何かすでに案があるんですか?」


「案、というほどのものでもないんですけど、いつも仕事の時に使っていた合言葉があります」


ふふ、と少し笑いながら「どんな言葉ですか?」と聞く綾菱。


「”グッドラック”です」


「 ”グッドラック” ってあの、頑張れって意味で使われる?」


「そうです。どちらかが”GOOD”と言ったら、相手が”LUCK”と返します。大抵は応援するほうが”GOOD”で、受け取るほうが”LUCK”です。ただの気休めなんですけど、バカにしていると結構効果ありますよ」


「掛け声、ですね。なるほど、やってみましょう。では、トレーニングモードを起動しますね」


"グッド、ラック、グッド、ラック"とスピーカーから音が漏れている。小声で練習しているのだろうか。聞こえていますよ、と。


正面のガラスに画面が投影される。英語で「Training Mode」と記載されている。その下に点滅して「Kick FootPedal」と出ている。足元に車のアクセルのようなペダルがある。これを踏めということか。


ゆっくり踏んでみると、ガラスのモニターにブルーバックのカウントダウンがはじまった。10秒前からだ。


「牧村さん、トレーニングモードが始まります」


「はい」


その後、綾菱が息を大きく吸い込むような音がした。


イントロ無しでいきなりボーカルの歌声から始まる曲のような。


なんだろう?


「グッッドッ!!!!!!!!!!!」


え!ちょっと、そんな大きな声でいうの?!いや、あの、32歳にもなってそんな大きな声で叫んだの、いつだったかな・・・。しかし相手は叫んでしまったし、ここで怯んでしまったらさっきの約束は何だったんだってことになる。し、仕方ない。恥ずかしいけど、叫ぼう。


「6、5」


カウントダウンが進む


うう・・・。


「3」


「2」


覚悟を決めろ。よし。


「ラッック!!!!!!!!!!」


「0」

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