第10話「一蓮托生のタッグチーム」
服を脱いでスーツを着てみると、サイズはピッタリだった。なぜだろう。僕に合わせて作っておいたのだろうか。
シュミレーターと呼ばれる球体の方へ歩いてみると、意外にもそれほど大きくないのがわかる。ヘリコプターより小さいだろう。一人入ればいっぱいだ。ドアはどうやって・・・と思ったら、緑の円がついていた。手をかざすとスポーツカーのようにドアが上に開いた。ガルウィングというあれか。
球体の中にはリクライニングチェアのような椅子に操縦桿が縦に二本。左右に並んでいる。壁には何やらボタンやらマークやらレバーやらがいくつかあるが、もちろんどれが何なのかはさっぱりわからない。乗り込んで座席に座ってみると、頭の両脇、ちょうど耳があるところから声がした。スピーカーか。
「綾菱です。聞こえますか?」
びっくりするじゃないか・・・。音量どうにかならないのか。
「ええ、聞こえます」
少し間があく。
「気分はどうですか?」
「少なくともピクニックに来ているような心境ではないですね。ネズミの国に来ている気分でもありませんが」
と言いつつ、何かそれに近い感覚はあるんだけども。
「そうですか。牧村さんはほんとに相変わらず、ですね」
だから、僕の何を知っているというんだ。というか、だったらもう少し笑いながら言ってくれ。そんな真面目な口調で言われても困る。
「牧村さん」
顔は見えないが、神妙な面持ちが絵に浮かぶ声だ。
「はい」
「なぜアナタがいまここにいるのか。きっと一番気になっていることを説明します」
「ええ、気になっています。それさえ聞けたら、あとはもうどうでも良いかもしれません。嘘ですけどね」
「いじめますね。いえ、冗談です」
本当にそう思ってるんでしょうね。
「私は、数ヶ月間あなたをずっと観察していました」
逆だろう。僕があなたを観察していたんだ。他の乗客と合わせて。
「なぜそんなことを?」
「それが私の仕事だったからです」
・・・探偵?
「私はこの組織では階級としては中佐になりますが、実質的に作戦の立案と指揮の権限を持つ、指揮官です。あなたはパイロットですが、階級でいえば曹長となり私の部下にあたります。ただ、これにはあまり意味がありません。あなたがどんなに昇級しても私はあなたの指揮官であり、上下関係は変わらないので」
僕が、部下?
こんな若い女性の?
「なお、私の他にも指揮官はいます。階級は大佐もいれば少佐も、大尉もいます。民間企業でいえば中佐は役職、指揮官は職種だと思ってください」
「はぁ・・・」
そんなこと、べつにどうでもいいし、そもそも大尉と大佐のどっちが偉いのかも僕にはよくわからない。男がみんな軍隊やアニメのマニアだと思うなよ、とは言えそうにない。
「指揮官とパイロットは通常タッグを組みます。指揮官といっても実際に戦うのはパイロットですから、セコンドに近いかもしれません。ただ、指揮官の命令は絶対ですが。つまり私と牧村さんは一蓮托生ということです」
「まあ、タッグってそういうことですよね」
「そうですね。そのタッグは本部が独自の調査でピックアップしたパイロット候補となる人物を、最終的に指揮官自身がチェックをして決定します」
こいつは使える!って値踏みでもするんだろうか。光栄なような、めんどくさいことに巻き込まないでくれと思うような。
「それが、観察?」
「そうです。牧村さんを毎朝の通勤電車で直に観察していました。あなたはきっと、周囲に目を配りすぎてよく目が合ってしまうと思っていたと思いますが、それは違います。私があなたを観ていたから目が合ったんですよ」
確かに、キョロキョロしていたら目が合うことはあったが、僕のように周囲を見ていたら誰かしらには視線がかち合うこともあるだろう。
「思い出してみてください。私以外の乗客と、そんなにたくさん目が合いましたか?」
・・・合ってない。思い出せば思い出すほど、視線が合って気まずくなるシーンに出てくるのは綾菱優子、いや、長い座席の前、中央あたりに立っているOLだ。
「確かに、思い出すのはあなたです」
「それはそうです。だって私もあなたを観察していたんですから。でなければそんなに視線は合いませんよ。牧村さん、それほど凝視はしていませんから」
そうだったのか。確かに、凝視しないように気をつけていた。そりゃあ他人様を勝手に観察するのだから。それでもたまに視線が合ってしまうのだから、自分が意識していてもどこかで凝視してしまっているのだと思っていた。
「なぜ、僕なのですか?」
「それは、基本的にはピヴォーテのシステムが導き出すのですが、特性があるとすればその人物の個性です」
個性?なんだ、そのフワフワした定義は。もっと子供であるとか、血液がどうだとか、そういうのは無いのか。
「常に冷静で周囲に気を配り、起きている状況の分析を怠らず周囲の環境から情報を抜き取り適切な行動ができる能力です。あなたにはそれがあります」
「お褒めいただいて大変光栄ですが、しかしそういう人は僕だけではないでしょう。それこそ自衛隊のパイロットの方が適任では?」
「そういうメンタルの人なら誰でも良いということではありません。適性のある人に、そういう傾向が強いということです。正直に言えばピヴォーテでも誰に適正があるのか見極める術がないのです。・・・実機に乗せる以外には」
だからテストを、ということか。
「つまり、これからそのテストが始まるということですね。何をするんですか?」
「特にこれということはありません。いまからシステムを起動するので、それに適合できるかどうかだけです」
「簡単なんですね」
「いえ、簡単ではありません。あなたはこれから少し気分が悪くなると思います。それで収まるか、止まらないか。そこで適正が分かります」
「少し・・・」
気分が悪くなる、と言われれば少しだろうがなんだろうがあまり関係ない。怖いものは怖いよ。
「それでは、システムを起動します」
おいおい、準備もなしかい。いや、スーツを来てこれに乗るのが準備なのか。人間には心の準備ってのもあってだね・・・。
機械音が鳴り出す。
"ウィーーーーーーーーン"
はじめの音からだんだん音階が上がっていく。
ジェットコースターが走りだす前みたいだ。
機体がゴトゴトと揺れだす。
「牧村さん」
こんなときになんだよ。
「まだなにか?!」
大きな声を出さないと聞こえなさそうだった。
「私はあなたをしっかりと観察してきたつもりです。あなたは、本当に優れた人です。冷静で動じず、合理的な判断を下せて周囲からの信頼も厚い。私のカンでしかありませんが、きっとあなたはパイロットの適性があります。がんばって」
少し間が空いた。綾菱の息遣いが聞こえてきたような気がする。少し荒くなってる?
「・・・がんばってください!」
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