第9話「事件、事故、自然災害、コンピューター」

何を言ってるんだ。僕はとうとう笑い出してしまった。あまりに話に説得力がない。大人の道楽にしてももう少し設定というものがあるだろう。クスクスと笑い出した僕に、綾菱は真剣な眼差しで独り言をつぶやきだした。


「2002年。JR路線の信号異常により全線ストップ」


驚いて笑いが止まった僕を無視するかのように綾菱の独り言が続く。


「2003年。メガバンクのシステムに障害が発生し取引完全停止。


2005年。九州の鉄道路線のシステムが誤作動を起こし、制御が正常に働かずに速度超過をした列車が脱線事故。


2007年。電力会社がハッキングされ関東地域の一部が停電。大パニックになった都市部はその機能を失い経済に大きな影響を及ぼす


2011年。再び電力会社がハッキングされ、原子力発電所がメルトダウン。」


黙って見つめる僕に、綾菱はこう続けた。


「途中からは覚えていますよね?すべてコンピューターをハッキングされたことによる事故です。もちろん、世界のどこにも発表されていません。すべて自然災害やそれぞれのコンピューターの誤作動、システム障害だとされています。この国を、世界を牛耳ろうと思えば簡単なんです。コンピューターでまわっているこの世界は、そのコンピューターさえ乗っ取ればコントロールなんて簡単にできる」


そんなバカな。


そんな簡単に世界が牛耳られてたまるか。


「西暦2000年のある日、各国政府に一通の手紙が届きました。そこにはタイピングされた文字でこう書かれていました。"世界のコンピューターを乗っ取る。その歴史をここに記す"と。その続きにはこれからこの国で起きる事件や事故が書かれていました。いま、私が述べた事故が全て記載されていたのです」


SFチックなんかじゃない。もうこれは立派なSFの世界の話だ。


「ここから先の話は、直接総司令から聞いてください。私よりずっと詳しいので」


「総司令?」


「この組織を統括している人間です。沢渡と言います」


沢渡。苗字だけ伝えられても想像することすらできないが、とても偉い人なのだということはわかる。


「では、行きましょう。これから司令室に向かいます。そこに沢渡がいるので」


入ってきたドアとはちょうど反対側にあるドアから通路へ抜け、左へ右へと通路を歩いた後にとあるドアの前についた。ドアには"Control Room"と書かれている。綾菱がカードをかざすと液晶から"lock"の文字が消えてドアが開いた。"シュッ"という音は相変わらず近未来をイメージさせる。


中に入ると、とてつもなく広い部屋だった。ちょうど映画で見たNASAの司令室や鉄道のナントカセンターのような。Rの大きい扇型の形をした長く大きいテーブルが何列にも連なり、その上にいくつものディスプレイが並ぶ。扇の中心方向には映画館のような巨大な液晶画面が設置されている。青く光るその画面は幾何学的な線が無数に描かれているが、何が描かれているのかは僕にはよくわからない。


「ようこそ」


頭の上から、とても低くしゃがれた声がした。”ドスが聞いている”感じといえばわかりやすいか。


よく見れば、かなり天井が高い。ビルであれば3~4階ぐらいにあたるだろうか。大学にもこんな大きさの教室があったが、それよりもずっと大きい。そして、中央からせり出したところにも一つ席があり、まるで空中に浮いているような場所から一人の男がこちらを見ていた。歳は60代半ばぐらいだろうか。黒髪に白髪混じりのオールバックに、耳の前からそのまま顎の下まで繋がる、輪郭を覆うような髭。コワモテ、というのはこういう顔のことをいうのだろう。ヤクザ映画や時代劇にでも出てきそうな顔だ。


上を見上げた僕と視線があったその男は、自己紹介を始めた。


「総司令の沢渡だ」


「はじめまして」


挨拶をしたというのに、無視をして僕ではない人間に話を続けた。


無礼なコワモテだ。


「綾菱中佐。今日のこのあとの彼の予定はどうなっている」


「今日は本部内の案内とビデオ研修、それと各種書類サインの予定です」


少しの沈黙が生まれたあと、沢渡という男が口を開いた。


「テストを優先させろ」


「沢渡司令、それはいくらなんでも・・・。まだ危険過ぎます。段階を踏まないと―」


沢渡が遮る。


「適性がある人間は限られているだろう。悠長なことは言ってられない。乗せたところで適性がないのであれば次の候補者に進むしかない。時間をかけるな」


また少しの間を開けて沢渡は言った。


「乗せればわかる」


「・・・わかりました」


一瞬目をつぶって"やれやれ"という顔をした綾菱は、その男の要求を渋々受け入れたようだった。テスト、というのは十中八九あの"巨大建造物"の話だろう。適性、と言っていたが、どうやら安全で気持ちのよいものではなさそうだ。ただ、自分でもよくわからないが落ち着いていた。恐怖心が無いと言えば嘘になるが、それほど慌てることもない。様々な非現実的な出来事がいっぺんに目の前で繰り広げられて、もうどうでも良くなっていた。麻痺していたという方が正確かもしれない。


ではこちらへ、という綾菱に着いていった。司令室を出て通路を少し歩き、エレベーターに乗って上の階へ登る。2階分登った電光掲示には「B1」と書かれていた。


エレベーターを降りてまた少し歩くと綾菱がこれまでと同じように一つのドアの前に止まり、カードをパネルにかざしてドアが開く。ドアには”Pilot Room”と書かれていた。


「そこのロッカーにあるパイロットスーツを着用してください」


小さな部屋の隅にロッカーがあった。が、どうやって開ければ良いかわからない。


「中央の丸いマークに手をかざしてください」


これか。ロッカーの正面、胸の位置あたりにある緑色の円に手をかざす。一瞬キラっと円が光ったと思ったら、シュッと音を立てて扉が下に開いた。どういう構造なのだろう。ロッカーの中には宇宙服のような、それよりももっと肌に密着するようなフォルムのスーツがぶら下がっていた。いや、もう、これは想像を裏切らない姿だこと。


「それを着たら、この先にあるシュミレーター用コクピットに乗ってください」


綾菱が手をかざすと隣のドアが開き、その先に球体のような乗り物があった。ヘリコプターの前部だけを持ってきたような形をしている。横にはこれまたヘリコプターの乗り口のようなドアがついていた。


「乗り方は、たぶんわかると思います。無線がついているので乗った後の説明は無線から行います」

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