第8話「”アニメじゃない”」
乗る?これに?ちょっと待て。こいつは動くのか。こんなものが歩き回れるほどこの国の科学技術は進歩してはいないだろう。いつだったか誰かが言っていたよ。「あんな大きなものが二足歩行できるわけがない」と。確か偉い人だった。夢のないこと言うなバカヤロウと思ったものだけど、今なら真逆のことを言える。「夢みたいなこと言うなバカヤロウ」と。いい大人が何を言ってるんだ。
「にわかには信じられないと思いますが、これは現実です」
まっすぐに僕を見つめながら言う。嘘じゃないのか。いや、嘘だ。
「大丈夫です。アナタならじゅうぶん操縦できます。それに我々が万全のサポートをしますから」
ちょっと待て。今なんて言った?操縦だと?僕は一介のシステムエンジニアだ。PCの前でコードをカタカタ打って、ときにはカップラーメンを生きる糧に徹夜をするそんなありふれたことをするのが仕事だ。確かに親にはいまいち何をやっているのか理解されないが、その辺に転がってるサラリーマンであることに変わりはない。戦闘機のパイロットを務めたこともないどころか、トラックの運転だってしたことがない。もちろん緊急車両のドライバーだったこともF1カーに乗ったこともない。あるのはトヨタとか日産とか言われる会社から出ている誰でもお金を払えば手に入れることができるような自動車だけだ。
「操縦って、何を言ってるんですか。だいたいそれで何をするというんですか!」
脳内が疑念でいっぱいになり、つい声を荒げてしまった。
「いや、あのすみません・・・」
「お気になさらず。それが普通の反応ですから。むしろ、牧村さんでも冷静でないことがあるだなと思って、ちょっとホッとしました」
この状況で冷静でいられる人がいたら、その人はきっと人間じゃない。少なくとも一般人ではないだろう。それにしてもなんなんだ。この綾菱という人は出会ってからこっち、ずっと僕のことをまるでよく知っている人間かのように話す。僕の何を知っているというんだ。
「そうですか・・・。あの、それにしたってわけがわかりません。このシュタディオンとかいう乗り物にのって、僕は何と戦うんですか?さっき"戦闘用"って言ってましたよね?」
「コンピューターウィルスです」
いったいこれが会話になっているのかいないのかすらわからなくなってきた。僕はこの人といったい何語で喋っているのだろうか。
「コンピューターウィルス?それなら、現実世界には実態がないものでしょう。ワクチンソフトで戦うべきなのでは?」
綾菱は視線を再びこの巨大な"戦闘兵器"に戻した。
「これそのもので戦うんじゃありません。これはモデリングのための建造物に過ぎません。そう、言うなれば・・・」
言うなれば?という僕の顔を見て、一拍あけてから続けた。
「言うなればプラモデルみたいなものです。」
「プラモデル?」
「そうです」
話がちんぷんかんぷんで表情を失った僕に、綾菱は説明を続けた。
「コンピューターウィルスと言いましたが、正確にはコンピューター"兵器"です。外部の敵がこの国のコンピューターに送り込んでくる、プログラムです」
コンピューターウィルスがプログラムなのは知っている。というより、その話は本来こちらの専売特許だ。システムエンジニアに説明する話ではないだろう。
「この人型の兵器にはあらゆるところにコンピューターチップが埋め込まれていて、専用のセンサーシステムに反応します。そして、この姿を投影する仮想現実の世界で侵入してくるコンピューター兵器を戦うことになります」
「では、この兵器自体は動かないのですか?」
仮想現実の世界だけで動くなら現実に動く必要はないだろう。
「いえ、動きます。その動きをセンサーで拾って仮想現実の世界に反映するので」
しかし、それではこの広さの施設があっても足りないだろう。壁にぶつかったり天井にぶつかったりしてしまう。まさかその都度この”東京ドーム一個分”を破壊しながら戦うのか?もっともっと、物理的な広さが必要なはずだ。いや、しかし、それだといくら広くても足りない。ということは。
「つまり、このロボットのようなものが動いたぶんだけ地面が滑るような、そういう施設が別にあるということですか?」
綾菱優子が少し驚いたような顔を見せた。
「そうです。よくわかりましたね。そのとおり、シュタディオンが徒歩で動いたら、その分だけ下の床が滑り、それで距離や方向を取得して仮想現実世界に反映されるような仕組みです」
この大きさのものが動いたりすれば、東京ドーム一つじゃとても足りない。しかしそれでも動くとなれば、こいつが動くのではなく、"世界の方"が動かないと辻褄が合わない。マウスとマウスパッドの、マウスパッド側が動くと考えれば良いのか。
「私は世代ではありませんが、その昔"つくったプラモデルを操縦できる装置"が出てくる漫画があると聞いたことがります。それを思い浮かべていただくのが一番早いかと」
確かに、あった。そんな漫画が。長身のロボットだけでなく、3頭進化したロボットも操縦できる、自分が分身となって戦うことが出来るという少年の夢を具現化したような漫画が。
「しかしですね、相手はコンピューターの中でしょう?何もこんなに大きな非現実的なものをつくらなくても、いくらでも3DCGでモデリングすれば良いではないですか。そもそも、プログラム相手にこんな兵器で戦うということすら理解できませんが・・・」
僕のイヤミが混じった言葉に、綾菱は全く動じない。淡々と説明を続ける。
「相手が、それと同じ仕組み襲ってくるからです」
「相手が?」
「はい。そもそもVRシステムはピヴォーテの自前ではありません」
「というと、つまり敵が?」
「そうです。敵がこのシステムで戦いを挑んできたのです」
「あの、その敵って誰なんですか?」
「わかりません」
「は?」
笑わせないでくれ。今どき敵が誰なのかわからない組織と戦うなんて物語は流行らないぞ。まさしく”アニメじゃない”・・・ってことでもないが。
「わからないんです。どこの誰かも、どこの国の組織なのかも。世界中に問い合わせてはいますが、回答はNoです。それ以前に、日本だけではなく世界各国でも同じ攻撃を受けています」
なんというSFチックな話だ・・・。スピルバーグがどこかにいるのか?
「いままで何度もこのVRシステムにコンピューターからのハッキングを試みています。しかし、少なくとも今この世界にある技術ではどうやっても侵入ができないんです」
「それって・・・」
「ええ、世界のどこかに常軌を逸した天才プログラマーがいない限りは、この地球上では存在し得ないレベルのものです」
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