第7話「東京ドーム一個分のなかで見たもの」

車は直線や緩いカーブを少し進み、途中十字路をいくつか超えた後に大きな駐車場についた。十字路があるということは、それだけ分岐した道があるということだ。そんなに大きい施設なのだろうか。駐車場の入口に警備員室のようなものがあり、綾菱はそこで自分のカードか何かを見せていた。お疲れ様です、という警備員の言葉に「はい、お疲れ様」と返した綾菱は車を進めて駐車場に停めた。


「着きました。降りましょう」


綾菱優子は後部座席に置いていたビジネスバッグを乱暴に取って車を降りた。周囲の環境に呆気にとられていた僕も、我に返って自分の鞄をグッと握りしめ慌てて車を降りた。「あちらです」と、遠くのドアを指さした綾菱はキーレスエントリーでロックした後そちらに歩き出した。


「牧村さん!なにしてるんですか―!行きますよー!」


口を開けてほけーっと立ちすくんで周囲を観察している僕を、綾菱の声が再び呼んだ。文字通り、開いた口がふさがらない。


だんだん、恐怖心が消えていた。いや、どうでも良くなってきたという方が正しいかもしれない。とりあえず、綾菱が言ってることに嘘はなさそうで、僕へのドッキリのためにこれだけ壮大なセットが組まれるわけもないし、何より僕は有名人でも芸能人でもない。何が起こるのかはさっぱりわからないが、とにかく何がしかの大きな組織に僕が身を投じることになるのは間違いない。すると、不思議と恐怖心がどうでも良くなり、興味が勝った。いったい、僕は何をさせられるのか、ここはどんな組織なのか。


ドアは自動だった。右にある赤外線かなにかのパネルにカードキーを照らしたあと、綾菱は画面に出てきたナンバーキーで素早く番号を打ち込んだ。カードキーと暗証番号の二重ロックか。ドアを開くと、その中はダークなコンクリート一色だった薄暗い駐車場とは打って変わって、白基調の明るい壁に左右上下を囲まれた長い通路がタテヨコに広がっていた。天井に埋め込まれた大きなライトに、左右の手すり。まるで何かの研究室のようだ。いや、そんな施設、ゲームや映画のなかでしか見たことないけど。


通路を少し歩いたあと、一つのドアの前で綾菱が止まった。


「牧村さん。ここから先は機密情報の連続です。仮にあなたがこの組織に属することになっても、そしてならなかったとしても、口外は絶対に避けてください。漏れれば・・・」


綾菱が言葉を少しつまらせた。


「漏れれば、命さえ狙われかねないと思ってください」


話が大きすぎる。


命を狙われることはないという僕の勝手な思い込みは一気に消し去られた。これだけの設備を持つ、政府直下の組織であれば何が起きてもおかしくはない。まったく、僕はなんてところに来てしまったんだ・・・。あのとき、会社での話の時点で断固拒否しておけば良かった。そうすれば、本人がそこまで拒否をすれば強要はされなかったはずだ。


いや、そんなことはない。そんな発想があったらあのときそうしている。こうするしかないと思ったから、今ここに僕はいる。社長直々の辞令で緊急なものであることからして、拒否権などあってないようなものだったのだろう。だいたい、いまそんなことを言っても始まらないのだし。


綾菱がドアを開けた。


シュッと音を立ててドアは横に開いた。


ドアの先の部屋は広かった。・・・広いなんてものじゃない。これはもう立派な"施設"だ。体育館何個分だろう。いや、東京ドーム一個分の方が早いか。床にはたくさんのラインが引かれ、何やら数字も書かれている。いくつものジープ?のような自動車が並び、少し近未来を思わせるオープンカーも並んでいる。オフロードとオンロード用ということだろうか。中央に、これまた近未来的な太い柱が二本並んでいる。角張っているが、直径にすると2~3メートルといったところか。この柱がこの広大な施設を支えているのだろうか。よく見れば他にも円柱の柱はあるが、これが一番太くてイビツな形をしている。気になって柱の上部を見上げてみた。


――そこには、僕が今までに見たこともないような景色が広がっていた。


うそだ。こんなことがあって良いはずがない。いや、こんな"もの"があって良いはずがない。なんだこれは。おもちゃか?金持ちなジイさんの道楽か?いや、それにしたってこんなところにあってもしょうがないし、だいたいこんな”組織”と呼ばれるところに置いてあっても意味が無い。こういうものは大きな公園やテーマパークの真ん中にあるべきだろう。たくさんの人のワクワクやドキドキを叶える対象として。


よく見れば左右対称で同じ形をした二本の柱は、上部で繋がっていた。それはちょうど、人間の下半身のような姿で。下半身だけではない。腰のような部分から足が出ていて、腹に当たる部分には屈強、いや頑丈そうな装甲が幾何学的なラインで存在している。その上の胸のような部分にはブースターと呼べばいいのか、空気が出てきそうな細長いラインが横に並び、角張った両肩の"ようなもの"の真ん中には太い首"ようなもの"と、スポーツカーのボディバラバラにして別の形に組み立てたような、顔の"ようなもの"がある。僕にまだ『少年の心』が残っているなら、すべての"ようなもの"を取っ払ってもいい。でも、そうしたくない。そんなものは地球上に存在するはずがないのだ。子供たちの夢をモチーフに再現したテーマパークのアトラクション以外には。


ビルのような高さほどあるその"建造物"は、見れば見るほど人間と同じフォルムをしており、およそ現実には見たことがない想像上のものだった。"モビルスーツ"でも"攻殻機動隊"でも、"汎用人型決戦兵器"でもなんでもいい。これは、おそらくそれに類するものだ。こんなものがこの世に存在して良いのか?というか、なにに使うというんだ?戦争でもはじめるのか、いや、始まっているのか?まさか地球外生命体なんて阿呆らしいことを言うわけじゃあるまい。


「これは『シュタディオン』と言います」


その巨大な建造物を見上げたまま綾菱は僕にそう言った。


「しゅたでぃおん?」


「ええ。ドイツ語で『スタジアム』という意味です」


ああ、そう言われてみれば数年前のサッカーW杯でそんな発音が飛び交ってた。・・・ってそんなことを言ってる場合ではない。それがなんだというんだ。名前がどうのこうのということじゃない。


「大きくて、人々が集まり、熱狂し、希望を見出すという意味が込められているそうです」


なるほど。素敵な名前だ。けれども、僕が聞きたいのはそんなことじゃない。


「これは、何をするためのものなんですか?」


「戦闘用仮想現実操縦型兵器、です」


「かそうげんじつそうじゅうがた?」


「いわゆるひとつの、VRというやつです」


いや、そこはもう少し声を震わせてですね・・・ってモノマネの指導が浮かんでくる僕も僕だが、この人はいったい何を言ってるんだ。戦闘?仮想現実?操縦型?この人に会ってから謎が次の謎を呼んでもうわけがわからなくなってくる。深みにハマるとはこのことか。ちょっと違う気もするが。


綾菱優子が見上げていたその顔をこちらに向けた。


「牧村さん。アナタにはこれに乗っていただきます」

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