第6話「林のなかのエレベーター」

・・・これ、明らかにおかしい。だってGがかかってますよ。あの地球の重力というのを1Gとするなら~っていうあれ。横を見ると綾菱の表情が変わっている。一点を凝視し、鋭い・・・というよりはとり憑かれたような。ああ、この人はそういう人か。ハンドルを握ったら~っていう。


「ちょっと、飛ばし過ぎじゃないですか。このままのスピードで行くと緩い坂道のてっぺんに来たら車体が浮きますよ」


ってほら、言ってるそばから坂道。危ないよ、ほんとに。でも、もう言うのはやめよう。聞いてないから。言うだけ無駄っていうのはまさにこういうこと。それより、座席からずり落ちないように準備をしておこう。


―ふわっと車体が浮いた。言わんこっちゃない。ジェットコースターじゃあるまいし、むしろ整備点検されてレールの上を走るあちらのほうがまだ安全だ。もしくは、この車が人工知能をつんでいてドライバーに喋りかけてくれるような代物ならもっと安全かな。


ドン!と車が着地した。車内が上下に揺れる。普通に街中を走る自家用車だ。どんなに良いサスペンションが組まれていたとしても、こんな大ジャンプには耐えられるわけがない。そりゃあ揺れる。


「ほら、言わんこっちゃない。ここ、高速道路と言っても中央分離帯もない交互通行なので、危ないですよ。ちょっとでもコントロールを謝ったら反対車線に飛び込ん・・・」


言いながら彼女の横顔を見ると、取り憑いていた何かはいなくなったようだった。出会った頃の穏やかな表情に戻っている。


「はぁー!気持よかった!」


顔全体にはてなマークが浮かんでいるような僕の表情を見て、彼女は笑いながら続けた。


「私、スピード狂ではないですよ。ジャンプが楽しいんです。空を飛んでるみたいでしょ?あ、ほら、スノーボードのジャンプみたいな」


嬉々として喋る綾菱を見て、なんとなく人間性が少し見えてきた気がした。ああ、この人、しっかりしているように見えるけど本当は子供みたいな人なんだ。よく知りもしない人が横に乗ってるというのに、そんなことおかまいなしで車のジャンプをするなんて、ただのスピード狂にはできない。社交性と童心を兼ね備えたタイプか。男が最も手を焼くタイプ。


「牧村さん、やっぱり変です」


「え?なんでですか?」何を言ってるんだあなたは。あなたの方がよっぽど変な人だろう。


「だって、ジャンプしたのに全然驚かない」


「いやいや、じゅうぶん驚いてますよ」


「私の上司も同僚も、もっと驚いてます。驚くっていうか騒ぐっていうか」


だって、騒いでもしょうがないじゃん。もう乗っちゃってるんだし。それに、方向さえ間違わなければジェット機のようなスピードでも出さない限りそれほど危険はない。ちょっと浮いて、そのまま着地するだけ。カースタントほどに急勾配な坂道ならもっと危険だけど。


「牧村さんは、本当に冷静です。どんな状況でも慌てないで合理的に冷静な判断が下せます。さまざまな調査からそういう結論がすでに出ていましたが、やはり書面で見るのと現実に見るのは違いますね。これから、よろしくお願いします」


ええ、だから、なにが?と質問をしようとした矢先、車が突然左折しての林に入っていく。並び立つ木々をすいすいと交わして車は進んでいく。どこに行くんだ?そもそも、これは道なのか?無造作に並ぶ木と木の間を適当に進んでいるようにしか見えないんだが。・・・ただ、ひとつ言えることは、道には見えないが彼女は確信を持って木と木の間を選んで進んでいるということだ。なぜなら、他の木の間は車が通れるほどは空いてないから。適確に、この車が通れる道を選んでいる。そう、よく知っている道を通るかのように。


5分ほど林を走っただろうか。彼女は突然車を停めて車外へ降りた。門を開けてくるので、ちょっと待っていてくださいね、と僕に告げて。門?前後左右どこを見ても林しかないが・・・。


彼女は車から3メートルぐらい先のあたりでしゃがんで草むらを探っている。次の瞬間、何かの機械音がした。この音は・・・そうだ、あれに近い。タワーパーキングの音。


「え・・・・」


僕が冷静かどうかは知らない。いや、他人から見れば冷静な方なのだとは思う。しかし、この眼前の状況はさすがに冷静ではいられない。だって、地面が隆起するんだよ。なんだよそれ、映画でしかみたことないよ。


草が生い茂る地面から、長方形の形をした箱がせり上がってくる。形から察するに、これは自動車用のエレベーターだろう。見たことがある。ええ、タワーパーキングでね・・・。


綾菱が戻ってきた。


「さ、行きます」


車は開いたシャッター扉からその箱に入り、右側の内壁に設置された上下のボタンを綾菱が押すことで再び動き出す。物凄い音で下っていったその箱は、下降をとめたその次に前方の扉を開く作業に入った。「反対側のドアが開きます」っていうあれか、なんて今考えることではないのだが、パッとそれが浮かんだ。


シャッターが開ききると前方にはまっすぐと伸びる道路が続いていた。


こんなところに地下道?


しかも、洞穴や洞窟ということではなく、明らかに人の手で作られた"地下道"だ。東京湾アクアラインや首都高と同じレベルの道路がまっすぐ続いている。箱根にこんな道があったのか。いや、無い。無いよ。神奈川で生まれ育って32年になるけど、こんな道は通ったことも聞いたことすらもない。だいたい、あんな道でもない道を抜けてくるところにこんな大きな道路があるわけがない。おそらく非公開の道路だろう。とすれば、ここはもうすでに先ほど綾菱が言った組織の内部ということだろうか。それなら合点がいく。ということは、それほどに巨大な資金が投入されているということだ。我々の国民の血税をなんだと思っているんだ!なんて批判が出そうな設備だ。ああ、だから極秘組織なのか?

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