#05 ヘルメス
#05 ヘルメス
公共ブースにてオンラインにアクセスし、モナ・リザについて調査する。といっても、簡単な話だ。単純に検索をかければいい。
検索すると、すぐに結果は出た。
『モナ・リザ:
1503年~1506年にかけて、イタリアの美術家レオナルド・ダウィンチによって描かれた油彩画。寸法77cm×53cm。モデルはジュリアーノの愛人にしてナポリ公妃コスタンツァ・ダヴァロス。詳細……』
出てくるのはコレだけか。モデルの人物に付いて調べる。
『コスタンツァ・ダヴァロス:
ジュリアーノ・デ・メディチ(ヌムール公)の愛人にして、モナ・リザのモデル』
トートロジーみたいな検索結果に落胆した。さてどうしたものか。
続いて、別のキーワードで調べる。『モナ・リザ 反神派』。
検索を開始した瞬間、二回のベープ音が聞こえる。画面を見ると、
『検閲コード:153』
と表示されていた。
検閲とはなんだ? 次は『検閲コード:153』で調べる。すぐに結果は出た。
『コード153:
社会システムにおいて有害と判断される不適切な単語を含む検索。このような行為は推奨されません』
ご丁寧な注意だが、性善説に基づいた考えだ。これは調べられたらマズいと言っているようなものだ。
他の単語で調べる。『反神派 個人所有 図書ブース』などだ。こちらは検索結果が出てきたので、外部脳に記録する。そのほか、いくつかの店舗の所在地をオンラインで調べると、ヘルメスはブースを出た。
まず購入したのは洋服だった。自分に合うサイズで、今着ているものとは違うものを選ぶ。ついでにサングラスと帽子も購入する。
次に画材屋に行き、肌色を中心としたインクを購入する。それから他の場所で大きめの手鏡を購入した。
周囲に人がいないのを確認してから、公共トイレに入る。
購入した服に着替え、さらにメイクを施す。大理石の白い肌に、肌色のインクを塗る。
少し時間を必要としたが、ここで彼の器用さが発揮された。パッと見では人間と見分けのつかない造詣になる。だが髪と目は隠しようがないので、帽子とサングラスで誤魔化す。幸い、毛髪部分は他の石膏像よりも『盛り』が少ないので、ニット帽を被れば不自然ではない。ヘルメスは公共トイレから出る。
目指した場所は、反神派の人間が所有する図書ブースだ。
貸し出されている書籍は、現代社会において『過激な反神派思想的』というレッテルを貼られてはいるものの、ネクロス・シティ誕生以前からの資料も残されているとされ、こちらの方がオンラインより情報の信憑性が高い。シティが反神派の図書ブースを潰せないのは、彼らは独裁者ではないという大義名分の元にで活動しているからだ。
だが、それも不要だろう。ヘルメスたちが誕生し、街が活性化して来ている以上、反神派は社会に置いてけぼりにされるだけの運命だ。
図書ブースは、一世紀前に公共で運営されていた『図書館』なるものと酷似している。違うのは、運営しているのが個人や法人であること、そして運営者の思想によって、書籍の内容に偏りがあることくらいだ。
室内では静かに過ごすこととか、無料で一定期間借りることができるとか、そういうところに変化はない。
昔からの空気かは知らないが、図書ブースの室内は、ずいぶんと静かだった。外で駆け回っていそうな子供ですら、静かに本を広げている。人々は書籍に目を落とし、周囲に興味を示す者はいない。
これなら、自分に奇異の視線を向けられる事はあっても、人がたかってくるような状況にはならないだろう。
ヘルメスは歴史関係の本をあさろうかと考えたが、もっと効率の良い方法を思いついた。
用語辞典だった。詳しい情報を知りたいわけではない。人名と生年月日や享年、大まかに何をしたのかが分かればいい。
美術、歴史関係の古い辞典をひっぱりだす。コレほど大きく、重い書籍を昔の人々は使っていたのかと思うと、頭が下がる。
調べていくと、次のようなことが分かった。
『ジュリアーノ・デ・メディチ:
1479年3月12日生まれ、1516年3月17日没。享年37歳~~』
対して、
『モナ・リザ:
1503年~1506年に描かれたとされる~~』
となっている。
そして当時メディチは24~27歳、モデルと言っていた愛人のコスタンツァ・ダヴァロスは45歳だということも判明した。
モナ・リザのモデルとしては、どうなのだろうか? 45歳の女性というのは、いささか不自然である。
そもそも名前の由来はなんだ? 愛人の絵だというのならば、どうして『コスタンツァ』のような題名じゃないのか?
辞典によると『モナ・リザ』の綴りは『monna Lisa』だった。イタリア語辞典によると『モナ』の綴り『monna』は『ma donna』の略称……マドンナ、
愛人を妻というのは妙だし、描いたダウィンチも、生涯独身だったはずだ。
だが、メディチは自分が依頼したと言い切っていた。不自然すぎる……。
辞典をしまい、他の書籍……モナ・リザについて調べていくと、驚くべき事が分かった。
どこかの大学にあったという資料だった。フランチェスコ・デル・ジョコンドという商人が、妻のリザを描いてくれ、と依頼したという記述があった。
これならばタイトル
他にも、ダウィンチの自画像説などいくつかあったが、少なくともコスタンツァがモデルというのは、信憑性が低い事が分かった。
だが、信憑性の低いコスタンツァ説が、ネクロス・シティでは、まるで事実のように扱われている。これはなぜか?
大方、理由は分かってきた。おそらくネクロス・シティは、メディチの名に箔を付けるため、彼がモナ・リザをダウィンチに描かせたという説を、まるで事実のように捏造したのだ。
そうなると、メディチ自身も嘘をついているということになる。ヘルメス、マルス、聖ジョルジョ、メディチの四人は、全員同じ立場の石膏像、
なぜ、よりによって彼なのか。
神であるマルスやヘルメス、聖人である聖ジョルジョと比べれば、メディチは普通の人間だ。
貴族、政治家、僭主、宮廷人。肩書きは持っているが、全て常人の枠に収まるものだ。知れ渡る武勲もなければ、特出した偉業もない。
彼が
だが、そこに隠された意図がある事は、疑いようもない。
降霊――天の御座からヘルメスたちを呼び出したこのシステムは、技術の革新によって初めてなされた偉業である――と、社会的には報知されていた。
だから決して彼らは、石膏の身体と、その中にいる者を同一視しない。石膏の身体は借り物であり、その奥に潜む魂こそが、彼らの望む
だが彼らは、神が象徴や、ただの偶像では満足できなかった。彼らは心のどこかで、反神派と同じように神を否定していたのだ。偶像で満足しなかった人間は、社会は、偶像に意思を持たせて
神を前提とした社会を、完全に成立させる為には、やはり神という象徴が必要だった。象徴を偶像にして、そして
本当に神はいると。
神は我々の主君であると。
だが
恐ろしい疑問を抱いてしまう前に、ヘルメスはネクロス・タワーに戻った。
ヘルメスの姦計 指猿キササゲ @yubizarukisasage
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