エンカウント

 俺たちは被害の少ないであろう西に向かって進んでいた。俺は、栞さんを背中に乗せて三時間進み続けた。お蔭で栞さんを支える両腕は痺れ、足はガクガクな状態である。

 そして、そろそろ日が沈み始める頃、食料が確保できそうなコンビニを見つけた。コンビニは半分程がビルに押しつぶされてはいたが、どうやら食料が確保できるくらいには形をとどめていた。外から見た感じは中は真っ暗で雑誌コーナーの押しつぶされた窓側から微かな光が入り込んでいるくらいだった。とても不気味であった。だが、そんな事は関係ない、食料が得られるのだ。そう思って俺が入口のドアを潜ろうとしたとき、ものすごい悪寒を感じた。恐怖で体が震える程である。俺はこの時引き返すべきだったのだ。己の恐怖に忠実に逃げ出すべきだったのだ。だが遅かった。声が聞こえたのだ。そう声が。

 俺は人に会えると歓喜した。ここまでの道のりで生きている人は居なかった。偶に見つけてももうそれは人の形をとどめていなかったのだ。

 だから俺は簡単に踏み出してしまった........



◇◆◇



 「グギャ?」

 ああ..........目が合った。体が金縛りにあったように動かない。怖い。ただただ怖い。

 俺はこの生物を知っている。ファンタジーな創作物には必ず登場する雑魚キャラだ。だが、ここは日本である。地球という惑星の、科学が発達した世界の、日本という国のはずである。なのに何でこいつが........【ゴブリン】が、いるのだろうか........

 やがてゴブリンは、俺の体がうまく動かず、固まっているのを知ってか知らずか無防備にゆっくりと近づいてきた。だがブランと垂れ下がっている右手には鉄骨が握られており、床と擦れている。その音が更に恐怖心を煽ってくる。心なしかゴブリンの口元が嗤っているように見える。いや、嗤っている。距離が近づくにつれて口が吊り上がっていく。そしてついに押さえが効かなくなったのか、声をあげて嗤いだした。

 「グギ..グ、グギャギャギャッ」

 怖い。体が動かない....なんで、なんで動かないんだっ、くそっ。死ぬのか?今からこいつに殺されるのか?意味が分からない。なんだこれ、なんなんだこれ!

 「何でこんな事になってんだよっ!意味が分からない!俺はっ、俺はっ!!」

 俺は何だ?何かを言おうとしたが何故か口に出せなかった....いや覚えてないんだ。記憶が、無い。いや、今はそんな事どうでもいい....

 「こんな、死に方は嫌だっ!」

 そう思うと俺の前にいる存在が憎らしく、怒りが湧いてきた。心なしか恐怖心が少し減り、体が軽くなったような気がする。だが体は未だ動かせない。

 「グギィ。」

 ゴブリンはもう、俺を殴り飛ばせる距離にいた。俺を下から見上げ、何やら一人で、いや、一匹で何かぶつぶつ言っている。その顔は邪悪であり、嬉しそうだ。どう獲物を調理するか考えているのだろう....もう少し、もう少しで体が動く気が....

 だがその時間は長くは続かなかった。何故か。それは、乱入者が現れたからだ。

 「きゃっ。」

 彼女は俺が悪寒を感じたあたりで悲鳴を上げていた。足が震えており。ドアを支えにやっと立っている、そういう感じだ。

 「バカっ待ってろって言っただろっ!」

 「で、でも歩君が遅いから心配で....」

 「いいから逃げろ!逃げてくれ!!」

 「え、で、でも....」

 自分でも驚くくらいの悲痛な叫びだった。

 だが、俺の悲痛な叫びも虚しく、栞さんはその場に座り込んでしまった。

 「な、なんなの、これ。怖い....」

 そして、奴は叫んだ。歓喜していた。

 「グッグギャギャギャギャギャギャッ」

 まるで、玩具を貰った子供のように体をばたつかせている。

 「くそっ。」

 見つかってしまった。栞さんが見つかってしまった。どうすれば、どうすれば助けられる?くそっくそっくそっ!

 「あっ、ちょ....おいっ!まてっ!待てよっ!そっち行くなっ」

 栞さんを見つけてからの、ゴブリンの行動は早かった。

 瓦礫があるおかげで初速は遅かった。だが、コツをつかんだのか、大きな足場を選び、飛び跳ねるように栞さんに近づいていく。

 俺が動けないまま、とうとう栞さんに手が届く距離まで行ってしまった。

 「グゲエ....」

 その顔は見えないが、声に期待のようなものを感じる。そして、おもむろに右手を持ち上げ、鉄骨を肩の上に担ぐような体制をとった。

 「やめろ..」

 俺は怒り狂っていた。この訳が分からない現実に....一人の女の子すらゴブリンという雑魚キャラから守れない自分に。

 「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 叫んだ瞬間、何かから解放された気がした。

 そう思った時には俺の体は動いていた。


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