第3章 7

 何も悪いことはしていない。そう思って反論したこともある。

わたしと彼とは真剣に付き合っている。彼は十九歳でわたしは十四歳だからたったの五歳差だし、五歳差くらいのカップルなら世の中探せばいくらでもいる。お互いに未成年なわけだから犯罪でもないはずだ。

 細かいディテールは覚えていないけれど、そんな旨を言ったはずだ。しかし、結果から言うと、それは失敗だった。わたしのそのセリフは、みんなにわたしの情報を渡しただけに過ぎなかった。あるいは、からかう材料を提供しただけ。

 考えてみれば、五歳差とはいえ親戚でもないのに中学生と大学生が出会う場は多くないわけで、そんな二人が付き合っているということ自体、中学生からすれば充分に好奇の的になる。真実を言う必要はなかった。嘘でもいいから、大人びている高校生というくらいにしておけば良かったかもしれない。そう思っても、もう遅いわけだけれど。

 それと、みんなが反応したのは「真剣」という部分だった。

「何が真剣なの? そう思ってるのは、あんただけでしょ? 相手からしたら、ただの便器か、良くても性処理の道具くらいでしょ。遊ばれてるだけ。そんなのも気付いてないんだ。都合のいい女っていうのも大変なわけね」

そう露骨に文句を言ってくるのは女子だ。男子はたいてい遠目に見て陰口を言うだけ。どっちみちタチが悪いことには変わりないけれど。

 わたしは、そう言われた言葉に対して、SEXなんかしていない。わたしは純粋に彼が好きだし、彼と隣にいられるだけで幸せなんだ、と受けあった。SEXなんかしていないと言う時だけ声が震えた。

 半分は嘘で、半分は本当だ。彼と一緒にいるだけで幸せ。それは心の底からの本物の気持ち。

 彼女は何も言わず、鼻だけで笑って立ち去った。わたしは悔しかった。SEXなどしていない、その言葉の響きがどれほど虚しかったか、嘘を必死に主張することが、どれほど説得力のないことか、わたしは身をもって感じた。

 同年代の子が誰もしていないことをしている、という優越感は、同時に背徳感であり、それはSEXのスパイスだった。しかしいま、その背徳感はわたしにとって後ろめたさとなって、心を冷やした。

 わたしがいくら、自分の正当性を主張しても、みんなはまともに取り合おうとしない。みんなにとって大事なのは事実ではない。そうではなく、センセーショナルなゴシップなのだ。わたしはそのことに、ようやく気付いた。相手をするだけ無駄だと、そう思った。

 ただ、そうは思っても、耳から入る情報を排除するのはできない。まわりで話されている、わたしの噂は、否が応でも耳に入ってくる。ありもしない話を黙って聞いているのは苦痛以外の何物でもなかった。

 悪いことをしても、それがバレなければ悪いことにはならない。『哲学の謎』という文章を読んで、それをあえて曲解したものだが、わたしはこれを一面では真理だと思っている。しかし、逆に言えばそれは、悪いことをしていなくても、他人がそれを悪いことだと看做せば悪いことになってしまう、ということと矛盾しない。こちらも真理になる。教室の壁に張られているプリントを見る。『試験の際の注意事項』と題されているそれの、項目でいうと三つめ、「試験中に机の中を見る、左右に視線を移すなど、怪しい行為があった場合に、試験監督がそれを不正行為と看做したら、理由の如何を問わずカンニングと判断し、全教科の点数を0点とする」と書いてある。それと同じこと。援助交際などしていないとわたしが主張しても、援助交際をしているとみんなが判断したら、理由の如何を問わず、わたしは援助交際をしていることになってしまうのだろう。

 繰り返しになるが、みんなは事実を欲しているのではない。他人をからかって楽しみたいだけだ。そんなところに、わたしと彼との交際という、格好の餌が投げ込まれただけだ。なんともあさましい、幼稚な、野蛮な、汚れた心だろう。前に、この教室を動物園に譬えたけれど、動物たちにはあまりに失礼な譬えだったと考え直す。

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