第2章 7
「思ったより並んでるね」
わたしはそう言うと、その列の最後尾に並ぶ。その後ろを彼がついてくる。もっとも、並んでるとは言っても、チケットを購入する列なので、すぐに捌けるのだけれど。
『プラネタリウム 天空』
そう書いてある看板の下に目をやる。電光掲示板に本日の上映スケジュールが書いてある。直近だと二時の部。現在の時刻が一時四十分だから、買うにしてもギリギリだ。チケットの残量もわずかとのこと。
隣で彼が口を開く。
「これを逃すと次は四時の部なんだ」
「え?」
「ほら、三時の部は人気なのかな、もうチケットが売り切れてるらしいよ」
「あ、ほんとだ」
彼が指している電光掲示板を改めて見てみると、確かに三時の部は売り切れと書いてある。
「え、さすがに四時まで時間を潰すのは……」
わたしはそう言って頭をかき、そのまま続ける。
「プラネタリウム、楽しみにしてたけど、二時の部のチケットが売り切れたら、プラネタリウム諦める?」
「うーん、そうするしかないかもね。ごめん、俺が昼飯の時にパソコンをやりすぎちゃったから」
それはその通りだった。お互いに食事を食べ終わったのが一時くらいで、その頃になるとフードコートも少しずつ空席ができてきたので、慌てて席を外すこともないだろうと、彼はアフィリエイトとやらを行なっていたのだ。
ここで文句の一つでも言ってやろうか、くらいのことは思うものの、やっぱりそれはやめておく。
「ううん、大丈夫。わたしも、時間とかしっかり下調べしておくべきだった」
沈黙。
あるいは、これもまた「天使が通る」というのかもしれない。でもこれは、心地よい沈黙。彼と一緒の時は、いつもそう。同じ沈黙でも、愛があるかないかで、冷たくなったり暖かくなったりする。世の中には冷たい沈黙ばかりだ。でも、だからこそ、彼と一緒にいる時の暖かい沈黙が、特別で大切なものに思えるのかもしれない。
わたしはただただ、電光掲示板を見つめる。二時の部の表示が満席にならないように祈りながら。ふと横目で彼を見ると、彼も電光掲示板を見ているらしい。同じことを考えていたらいいな、なんて考えて、少しほっこりする。
幸い、わたしたちがチケット販売の窓口に到着したとき、まだ売り切れの表示にはなっていなかった。
「すみません、二時の部ってまだ空席ありますか?」
わたしがそう尋ねると、受付のお姉さんはニッコリとした笑みを湛えて、
「はい、まだ大丈夫ですよ」
と快活に言ってから、わたしと彼とを交互に見て、考える素振りを見せて言う。
「あー、えっと、二名様ですか?」
「はい」
「あ、そうですか。それでしたら……」
受付のお姉さんが急にしどろもどろになる。わたしはそれを不思議に思ったけれど、事情を聞いてみると、どうやら二人ならんで座れる席が最前列しかないらしい。映画館なんかでもそうだが、最前列だとスクリーンが頭上にあるため、どうしても見上げる格好になる。見るのが大変なうえに、あまり楽しめないかもしれないと想像を巡らせる。縦に二列空いている席なら真ん中の方にあるらしいのだけれど、さすがにそれでは彼と一緒に来た意味がなかろう。
彼と相談して、最前列の席を購入することに決める。多少見づらくても、席が設けられているということは全く見えないはずがないし、そもそも彼といると沈黙すら心地いいわけで、座席は隣同士に越したことはない。
わたしは生徒手帳を、彼は学生証を受付のお姉さんに見せ、お互いにチケットを購入する。時間がギリギリだったこともあり、係員にすこしだけ急かされながら入場した。座席に着くと、半円状のスクリーンは見上げなければならない位置にある。わたしは彼に気づかれないよう、ちょっとだけ嘆息した。
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