第2章 5

 彼は言う。

「俺は、自営業とかじゃないし、技術とかもないんだけど、アフィリエイトっていうので稼いでる。ほら、これ。いまもパソコン使ってお金稼いでるの」

 そう言って彼はノートパソコンを反転させ、画面をわたしの方向に向ける。彼は言葉を継ぐ。

「アフィリエイトにもいろいろあるんだけど、俺の場合はアニメに関するネット上の掲示板の投稿をおもしろおかしくまとめて、ブログって形でネット上に公開してるの」

「え、ちょっとまって、アフィリエイト? それなに?」

「あ、そこから分からない? うーん、なんていうか、簡単に言うと、企業が運営してるサイトとかがあるでしょ? そういうサイトのリンクを、自分のブログに貼り付けておくの。それで、俺のブログの読者とかが、俺のブログに貼り付けたリンクを通して、その企業から何かを購入したり、あるいは課金したりすると、俺の懐に広告料として、お金が舞いこんでくるっていうシステム」

「ふーん、なんか、そう聞くと、働かなくてもいいから楽そうだね」

 それはわたしの素直な感想だった。労働しなくて済むなら、これほど楽なものはない。しかし、彼はわたしの言葉に首を振った。

「ところがどっこい。このアフィリエイトっていうのは確かに楽かもしれないけど、それだけいろんな人が副業としてやってるっていうことだよ。それに誰だって、どこの馬の骨とも知れないサイトから入ったリンクで課金しようなんて思わないでしょ? だから、サイトの信頼性を得ることも大事だし、それに企業のリンクを貼り付けるのも、企業側が公式に認めないと貼り付けられないしね。はじめてから半年くらいは一銭も収入がないなんてザラだよ」

「そうなんだ。それでどれくらい稼げるの?」

「俺の場合は、高校生の時からコツコツやってたから、だいたい月に六、七千円ってとこかな。さすがにこの収入だけじゃ何もできないよ」

「へえ、大変なんだね」

「まあ、俺は趣味とも兼ねてるし楽しくやってるからいいんだけどね。あとは、YouTubeとかの動画サイトに動画を投稿するのでも、ちょっとだけ広告料を稼げるよ」

「なるほどね……。でもそれ、なんか疲れない? 普通に働いた方が良い気がするんだけど。時給換算したら、それ一円とかじゃないの?」

「うーん、まあ、それはそうなんだけど、未来のニート万歳生活のための布石とか投資とか、そんなふうに考えてるから今のところは我慢だよね。それに、いま一番大きい収入はそっちじゃないしね」

「え、そうなの!? じゃあ、今までの話はなんだったの?」

「うーん、なんだろ、強いて言うなら、夢?」

「なんで疑問形なのさ。うわー、聞かなければよかったかも」

 わたしは、ふふ、といたずらっぽく笑う。

 彼は言う。

「いやいや、そんなに引かないでよ」

「大丈夫、冗談だよ。で、一番大きな収入って?」

「ああ、それね。まあ、古本で例えるなら、セドリみたいな感じかな」

「セドリ?」

「うん。価値があるのに廉価で売ってる古本を買って、高値で買い取ってくれるような古本屋さんに売る人をセドリ屋って言うんだけど、それみたいな感じ。中古のアニメグッズのお店とか行って、価値があるのに安く売ってる品物を買って、ネットのオークションとかアプリで売ったり、秋葉原で行うフリーマーケットに出品したりしてるの。もちろん、それだけだと少ないから、ゲームセンターのクレーンゲームでできるだけ安くたくさん取って、それも出品する」

「あー、クレーンゲーム得意だもんね」

 それはわたしも知っている。前に渋谷とかで遊んだ時に、アニメのフィギュアだとかブランケットだとかを、ひとつ平均五百円くらいで何個も何個も取っていた。その時はおどろいて何も言えなかったが、以後ゲートの時にゲームセンターには行かないことにしていた。あ、でもプリクラだけは例外だけれど。

 それにしても、クレーンゲームの景品を大量に取るのは、売るためだったのか。

「そうね。大体クレーンゲームの景品って、アニメ関連のフィギュアとかバスタオル、ブランケットの類いは千五百円から二千円くらいで売れるから、五百円で手に入れれば利益は結構出るんだよね」

 わたしは、手元に置いてある千円札を掴む。野口さんの顔をつまんでしまうのはなんだか気が引けてしまって、ついつい「日本銀行券 千円」なんて書いてある方に指をずらす。

「で、この千円札は、その血と涙の結晶なわけね」

「あ、うん。なんかごめんね、つまらない話だったよね」

「ううん、わたしから訊いたんだから、そう謝ったりしないの」

 わたしがそう言うと、彼はクスッと笑った。

「え、なに? なんかおかしなことでもあった?」

「ううん。ただ、俺の方が年上なのに、なんかたまにお姉さんっぽいこと言われるなって思ってさ」

「そうかな?」

「そうだよ」

 そんなやり取りをして、わたしは立ち上がった。

「じゃあ、お昼買いに行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」

 彼の言葉を聞いてからわたしは身を翻して、どのお店にしようかと、今度こそ探した。

 たっぷり一分間ほどお店を探してから、今日はラーメンを食べることに決めた。

 ナルトのマークが描かれた看板に向かって歩みを進めながら、私は思った。

 彼はやっぱり廃スペックなイケメンだ。

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