第9話おじんちゃ、事の顛末を聞き名を付ける

 

 

 翌日、昼前にようやく目が覚めたバルは、周囲を見渡して嘆息する。

 よもや【魅眼】を使ってバル自身を篭絡してこようとは思いもよらなかった為、あっさりとそれに罹ってしまい、今の状況になってしまったのである。

 

 そもそも悪虐神、いや創世神が掛けたと思われる呪いしゅくふくは、肉体の見かけだけを変化へんげさせただけのもので、その精神、肉体の頑健さ強靭さは10代のそれであった。

 

 もちろん僧兵兵団の中で仲良くなった僧兵ちょいワル達から薫陶を受け、身分を隠しながら蜜艶館へと行ったことも幾度かあったので経験はそれなりにあった。

 

 その度に精霊獣達3体は不機嫌になったものであったが、もはやこんな事を目論んでいたとはと、そこのところばかりは反省せねばと少しばかり悔やみもする。

 まぁ過ぎたことは仕方がないと諦め、再度室内を見てみる。 

 

 満足そうな顔をして裸体のまま寝ている3人の姿と、汗やらなにやらの液体が乾いて辺りに散らばっている。

 布団や毛布にびしょびしょになっており、洗わないと次の使用にはとても使え―――使いたくない代物となっていた。

 

「いやぁ………まいったな、こりゃあ」

 

 下穿き1枚の姿でパンと頭を一つ叩くと立ち上がり後片付けを始めることにする。


 まずは風呂場で浴槽に水を張り溜めていく。

 もちろん精霊たちと魔法を使い、すぐに熱めの風呂が沸き上がる。

 何故か以前よりも精霊〜あくまで下位と言われる存在〜との融和性が高くなっているようなんだが、気のせいだろうか。

 

 あの戦いで、バル自身は己の勇者の力を転化させて悪虐神を転変させた為、全ての力を消費したなのはずだが、にも拘わらず剣も魔法も下位とはいえ使えるのだ。

 これもまた祝福『のろい』の賜物なのかもしれないかとバルは独り言ちる。

 

 この後バルは母屋へと戻り、3人―――イヌマルとファルカとサルカをひょいと抱えて、風呂場へと向かい浴槽へそのまま放り投げる。

 

「がぷっ!?」

「ぶはっあ!」

「ぶくくくぅ………」

 

 ま、一つの意趣返しってやつだ。バルは少しだけ気を晴らしほくそ笑みつつ、母屋へ戻り掃除を始める。

 とは言ってむ精霊にちょいとばかりお願いするだけなのだが。

 

 水精霊に床板へ薄く水を張るように頼むと、皆がきゃわきゃわ楽しそうに水を張っていく。

 汚れが落ちたところで水を排除してもらい、火の精霊へすんごく軽く乾かしてくれと頼むと、さも嬉しそうに板間へと手をついてアッというに乾かしてしまう。

 

 おおぅ、すげーなぁと感心しながら、彼らに魔力マナを渡して送り返す。

 布団や毛布も精霊達の力を借りて、洗い清めてそれを押し入れに仕舞う。

 室内の片づけを軽く終えて、さてとバルはこれからの事について考えることにする。

 

 3人が自身を嫁と言いのたまうが、身体を交えてしまったとはいえ、年の差(見た目上の)を考えれば無理がありすぎると言わざるを得ない。

 さぁて、どうするかぁと考えて思い悩んでいると、3人が風呂から上がってやってきた。

 

「マスターひどいよぅ!いきなりあんな事するなんてっ!」

「しゅ様。いい湯でした」

「あるじ様。酷いです………」

「いやっ、お前らの方が酷いと思うぞ?」 

 

 サルカ、イヌマル、ファルカが口々にバルへと言葉を放ってくるが、バルはそれに返すように彼女等の行為を逆に批難する。

 

「「ぐっぅ………!」」

「私は何もしてませんわ。あるじ様に身を任せたまでですもの」

 

 サルカとファルカが口ごもり、イヌマルはしれっと己は無関与と言い返す。

 

「「あんたねぇ――………」」

 

 魅眼でその気にさせようと唆した本人が、さも自分は無関係と言わんばかりの物言いに2人は呆れながらもイヌマルを睨む。 

 

「………あー分かった、もういい。それより今更ながらだが、何でその姿になってあんな行為ことになったのか説明してくれ」

 

 そして話を聞いていくと、要はバルが原因であるという結論に至った。

 どうやらバルが僧兵と共に蜜艶館から帰ってくる度に苦々しく思っていたらしく、何故自分じゃないのかと不満だったとか。


 3人が言葉に出来ない抗議をすると、バルはそりゃあお前らがむにゅむにゅだったらと言葉を濁しつつ冗談交じりに言った覚えも無いこともない。

 ただ人と獣で種の違う自分達が番うというには、なかなか叶うこともないと3人も理解はしていた。でもなんか悔しいという心情だったようだ。

 そりゃあ悪かったなぁとバルは思いもするが、今更の話である。

 

 そしてあの戦いの後、この国へ来てからしばらくしてレベルが上がったことにより、それぞれに託宣がくだされる。

 それぞれが自身の存在のくら替えをするか否かと。

 その彼方からの言葉により人なる存在へと成れることを知り、幾ばくかの時間悩み考えた末、くら替えをするに至る。

 

 バルと暫くまみえることが無くなる期間を思うと忸怩たると覚えはするが、後のことを考えればと行動へと移して行く。

 3人がその時謝った事といえば、バルに何も告げることなく座替えの儀に行ってしまったことだろう。

 

 バル自身といえば何事も流れるもののままに生きていこうと決めていたので、ここにいる自分の事を見捨てる或いは切り捨てられたとしても止む得えないと考えていたのだが。

 結果としては真逆の話へとなったのであるが、とにかくこのバルの心情は深く黙っておくことにした。

 言えば怒られる(もしくは泣かれること)が分かりきっていたからだ。

 

 しかもある意味無理矢理という強行手段であっても、自身を省みてもお前が下世話なそんな事を言ったという記憶もあるので、期待を持たせてしまった部分もある。

 まぁ仕方なしというところか。

 その事を踏まえてバルは3人へと心からの謝罪をした。

 

「その………まぁ、すまんかった。俺ぁそのぉ………ガキだったから、人のと言うか男女の想いの機微ってのがそこまで至らなかったというかだな………」

 

 見た目老人でも実際は未だ十代の人間であるバルとしては、そうするしか術は正直他になかったのだ。

 そんな殊勝な態度のバルに3人の精霊獣いや、精霊人はピトリと身体を寄せ付ける。

 

「もういいのです。あるじ様」

「だよっ!マスター」

「そうですしゅ様」

 

 そう言って取りつく人の姿はどう見ても老人とそれに懐く孫との姿にしか見えないのだが、内情はある意味生々しいものではあった。

 

「……お前ぇらいい加減にしろやっ!」

 

 ごんごんごんと頭を叩き、バルの下部分に向かったその手の動きを止めさせる。

 

「あだっ!」

「いだぁん」

「ぎゃんっ!」

 

 さすがにバルの勘気にふれた3人は眉尻を下げつつバルを見やる。

 

「「「ごめんなさい」」」

 

 3人は並んで深々と土下座をするその殊勝な姿に、バルはこれ以上怒る気も失せてしまい、その怒りの矛先を頭を掻きむしり息を吐き出すことで抑え込む。

 

「で、人になって一体いってぇどうしてぇんだ?お前ぇ達は」

「え?」

「え?」

「へ?」

「…………」


 どうやら特に何も考えてなかったようだと、3人の表情を見てバルは悟る。

 

「はぁ………獣の姿には戻れんだし、問題はねぇのか……」

「「「……………」」」

 

 バルの言葉についと顔を逸らす3人。

 その態度にしばらく首を傾げていたバルは、もしかしてと思い3人に尋ねる。

 

「もしや、ずっとのままってことか?おめぇ等?」

「はい」

「そう」

「です」

 

 3人がそう同時に答えてくる。そしてイヌマルがその事について補足するように説明を始める。

 

くら替えというものは精霊のもつ質そのものを上位のものへと転化させるものです。器替えなんて言われたりもします」

 

 獣の身体うつわから人を模した身体うつわということなのか、とバルは何となくではあるがそう理解をした。

 

レベルが上がり過ぎると、からだその格に耐えられなくなることがあるらしいのです。私達はまだその段階には達してはいないものの、万が一を考慮して”祖”からその様に託宣を戴いたのです」

 

 祖と来たか。そういやそんな昔話を聞いたことがあったっけなぁ。

 つーか本当の話だったのかと、バルは目を瞠る。

 

 円環大陸における唯一の教義機関―――神教というものがあり、それに仕える神官は神からの託宣や衆生の民へと神の教えを伝える者達である。

 その教えの中に神とはげんでありげんである。その御力により我々人が創られたとあるのだ。

 それとは別に獣や草木の類は、あるいはという存在が生み出したもので、人とはまた別の在り方だという。

 

 僧兵達と知り合い仲良くなった時に、この話は神教として王や貴族達が作り上げた話ではないかと話されていた。

 所詮は民を欺く策の1つで、そのような教えで人の身分の貴賎を表しているのではと聞いたことがバルにはあったのだ。

 人こそがそして王と貴族が上位の存在と知らしめる為の方便で、実際そんな話はないのだろうと結論付けていたのだが、よもやそれが本当の話であったとは。

 

 確かに神と対を成すという存在が、円環大陸を襲い覆い尽くした事実がある。

 そしてバルがそれを垣間見たと思しき、勇領の境界で見聞きしたことは神と悪虐神の理、そして人の歩んできた歴史とその有り様だった。

 その中に元と祖についての話はなかった。

 

 今初めて3人からそれが事実の話と聞かされ、バルは心底驚いたのである。

 人とそれを隔てる存在に今更ながら気付いたというところか。

 

「まぁ、そこら辺は納得というか理解はしたんだが………、これからお前ぇ等はどうすんだ?」

「もちろん嫁としてあるじ様と生を過ごします」

「うんっ」

「そのような当たり前のことを言わないでください。しゅ様」

「…………」

 

 えぇー………。とバルは何とも言いようのない思いを胸に宿す。

 とは言え人の姿で過ごすとなれば、それなりの身形みなりを整えなければならない。

 いくら辺境の地でのんびり過ごしたいと、バルが望んでも必要最小限の人付き合いは必要になってくるものなのだ。

 

 それなりに人ってやつは面倒なものなのだ。安易に引き篭もることも出来やしない。

 バルが妄想していたような田舎暮らしなど言うものは正直難しい上、大変なのだと思いいたり溜め息を吐く。

 

「人みてぇなもんになったんじゃ、色々面倒事が起きるおそれもあるぁなって訳で、お前ぇ達にはとりあえず武生業所で登録して貰おうと思う」

「はぇ?」

「はぁ……?」

「………そうですね、それが良いかと」

 

 サルカ、ファルカ、イヌマルの順で言葉が発せられ、前の2人は理解できなかったようだが、イヌマルはそれに納得の言葉を漏らす。

 

「ようは身の証を立てる術を持てということですよ」

「?あたしはあたしだよ?」

「それは他者に対してってこと?」

 

 イヌマルが分かりやすく話をするも、サルカは今ひとつ理解に及ばずファルかはなる程と手を打ち納得の声を上げつつ聞き返してくる。

 

「なんにせよ、面倒臭ぇもんなんだよ、人ってぇやつぁな」

「何事にも便利不便利はありますわ、しゅ様。人に成ることで不自由となってもそれを補って有り余る願望おもいがあれば気にするようなことでもありませんわ」

「だよ!マスター」

「ですわ!あるじ様」

 

 こんな己のどこがいいのやらと嬉しいやら呆れるやらと、口元を少しだけ緩めながらバルは立ち上がる。

 

「今から行きゃあ昼過ぎにはつけるだろ。それじゃあ行くか」

 

 3人の姿を見ると、生成りのころもばかりじゃなんだろうという話もある。

 その点でも人とは面倒ではあるものの逆にそれも楽しみの1つになるかと、色々買い出しも兼ねて城下町へと向かうことにする。

 

「っと装備を出しとくか。万が一があってもなんだしな」

 

ただファルカ達が人の姿のままであるとなれば、飛んで行くわけにもいかず、その辺の事はちと大変かとも思わないでもない。

 それらを踏まえバルは普段より少し真面目に装備を整えようと用意をしようとすると、それをファルカが手を上げて遮ってきた。

 

「あるじ様、その必要はありませんわ」

「ん?何ででぃ?」

 

 バルが首を傾げ訊ねると、ファルかは答えずにそのまますたすたと庭に出ると声を上げる。

 

「我なる眷属よ!来ませぃ!!」

 

 しばらくすると巨大な影が庭を覆うと音も少なくすぅとそれが降りて来た。

 その姿を見てバルは感嘆の声を漏らす。

 

「ほぉ、黄鳳鳥オウホウチョウとはまた大仰な………」

 

 その黄金色に輝く姿は見る者に畏怖を感じさせることが出来たであろう。だがバルを筆頭に特に何の感慨も得ることはなかった。

 そのことに気分を害した黄鳳鳥は、フンと言った態度で頭を横に振り上げる。

 

 その姿にバルは苦笑を漏らす。精霊獣の1体である黄鳳鳥は、他のそれと比べても気位の高い者達だったのだ。

 勇者の残り滓の様なバルの存在に、それほど良い印象も持ち合わせていないのだろう。

 むしろ自分に跪けと思っているやもしれない。

 

 改めて装備の用意をしようと家に入ろうとすると、ドスドスドスッン鈍く勢いのこもった打撃音が響きドスンと何かが倒れる音がして、思わずバルは振り向き見る。

 

『ゲフェッッ!ゲェヘヘェェ~~~………』

 

 ファルカ、イヌマル、サルカの3人が黄鳳鳥を取り囲み眉間に皺を寄せて立っていた。

 黄鳳鳥は苦悶の表情を浮かべてその巨体を倒していた。

 どうやら3人に一発喰らったのだとバルは気付く。

 黄鳳鳥の態度に乗せる気がないと悟ったバルは、母屋に向かっていて3人が何をやったかは見ていなかったのだ。

 

「100齢ごときの分際であるじ様を侮るとは大したものね」

「マスター馬鹿にするなんざ1000年早いんじゃ、ボケェ~」

「どうやら深く濃く教え込む必要がありますね。しゅ様への傅き方について………ふふっ」

『ゲェフゥ………』

 

 3人の威圧の力を受けて慄きながらも動けずにいる黄鳳鳥を見て、やれやれと腰を手に当てながらバルは口を挟んでそれを止める。

 

「お前ぇ等も止めねぇかい。精霊獣の在りようってのはお前ぇ等が一等分かってるんじゃねぇか?」

 

 バルに諭されて、3人は口ごもり目を逸らす。

 そもそも3人もバルに対しては辛辣な態度を取っていただから、本人にそう言われてしまえば止めざるを得ない。

 

 バルは黄鳳鳥へと近づき手を翳して癒やしを掛ける。

 程なく回復した黄鳳鳥は立ち上がると、脚を折りバルへと頭を垂れた。

 

「おいおい、急にどうしたってんだよ?お前ぇさんは」

 

 臣下の礼かと如き先程迄と打って変わったのその態度にバルは少しばかり困惑する。

 

「あるじ様の力の一端を受ければ、そうもなりますわ」

「精霊獣殺したらしだもんねマスターの力って」

「………仕方ありません。お仕置きは次の機会に取っておきましょう………ふぅ」

 

 1人不穏なことを言ったが、その理由をを3人が代わりに発する。

 

『ケイフゥー………』

 

 そこに黄鳳鳥が傅いたままひと声鳴く。その意識はバルの中へとするりと届く。

 

「名を与えてくれ………か?

『ケイイフゥ!』

「「「っ!」」」

 

 どうやら持たぬらしい黄鳳鳥に求められるまま、バルはあっさり首肯して名を与える。

 

「そうさなぁ………“キスケ”ってのはどうでぇ?」

 

 その途端黄鳳鳥に変化が起こった。身体の内が燃えるように輝き霊力が溢れ出してくる。

 そして翼をバサリと広げ、天を仰ぎ黄鳳鳥は声を上げる。

 

『我は“キスケ”!これより主君に永久に付き従いまする』

「へ?なんじゃこりゃ………」

 

 バルが何が起きたのか訳が分からず首を傾げていると、3人が目を剥き口々に驚きを表すように言葉を漏らす。

 

「まさか………」

「ええー………?名付けで格って上がるの?」

「しゅ、しゅ様!ぜ、是非私にも名付けをお願いしますっ!!」

 

 ファルカ、サルカが口をあんぐりと開け、イヌマルは抜け駆けてバルへと詰め寄る。

 すでに名はあるのに何ともおかしな話だとバルは不思議に思いイヌマルへと訊ねる。

 

「何言ってんだ?お前ぇはよ」

「あっ、あたしもあたしもぉ〜〜〜っ」

「あるじ様!人となった私の名をお願い致しますっ!!」

 

 そしてサルカとファルかもそれに続けとバルへと願いでる。

 精霊人となった3人の力はそれなりにあり、さしものバルも抑えるのに大変なことになる。

 

「ああっ!!ちったぁ落ち着けや!お前ぇ等はよっっ!!」

 

 こうして名付けをするまで、バルは3人に揉みくちゃにされたのであった。

 

 

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