第6話 おじんちゃ、武生者に絡まれる(笑)

 振り向いた先には、先程昼間っから酒を呑んでいた男達が立っていた。

 何用かとバルが首を傾げていると、酒臭い息を吐きながら見下すように上から話しかけてくる。


 バルの勇者時代は、幼い頃から領主やら公爵やらに囲まれちやほやされ、必ず護衛の人間もいた為か、冒険者ギルドに行ってもこういう絡まれ方は全く無かった。

 なので、心なしか新鮮さと面白半分な気分で彼らの事を見ていた。

 ただ、なりたての武生者に対してこういった絡み方をするのは、あまりに頂けないと思ったので、受付娘のほうをチラと伺うが彼女は何事もなかったように書類作業をしている。


 いくら説明に武生者同士の揉め事に介入しないといっても、これは無いだろうとバルは思ったが、それはそれで面白いと思った。

 自分の流儀でやっていいという事だからだ。

 心の内でそのニヤつきを隠し、目の前の男達へと相対する。


「よう、爺さん。あんた新入りなんだろ?だったら先輩への挨拶が大切なのは分かってんだろ?へっへっへ」

「そうそう。ここの寄合所じゃ先輩にご馳走しなきゃならない習わしなんだ。分かるかおい!」


 ほー、そんな習わしがあるのかと、受付娘のほうを見やれば、視線でナイナイと見せてくる。器用なことだとバルは思いながら、破落戸共に向かって答える。


「ふむ、先達がそう言うんなら構わねぇんだが……。ん、そうだな」


 とバルは振り返り受付へと戻ろうとすると、最初に絡んできた大男が声を上げてバルの肩を掴もうとする。


「おいっ!じじぃが何シカトしてんだよっ!!」


 バルはその男に冷たく鋭い視線をぶつける。


「………っ!!」


 バルはすぐに視線を抑え、穏やかにするとひと言添える。


「逃げやしねぇよ。ちょっと待ってな」


 その妖獣すら射殺すような視線に数歩後退る男たち。彼等はこの時何故逃げ出さなかったのだろうと、その後に悔やむ事になるのだが、今は老人からタカり毟る事しか考えが及ばなかった。


 まさに後悔先に立たず。


 バルは受付脇にある買取所へ行き、買取の依頼をする。眠たそうな目をした壮年の男が応対すると、すぐ目を大きく広げる。


「あ、あんた庫封鞄持ちか!?」


 買取男の目の前にドカドカと妖獣の皮や牙が置かれ山となる。

 そしてバルは男へ耳打ちする。フンフンと頷く買取男。

 後ろでその様子を見ていた破落戸達は、口元をゆるめ舌舐めずりをする。絞れるだけ絞り取ってやろうと。


 取らぬ狸の皮算用――――


 そして受付へ行き、何やら手続きを終えて何かが詰まって大きく膨らんだ袋を貰い破落戸達の元へやって来た。


「さて、あんた等が今日飲み食いした分は払っておいた。習わしっていうんだから仕方がない。でだ、今度は先輩方のお力を新入りであるこの俺ぁに見せて貰えねぇだろうか?」


 バルは手に持った袋を掲げてみせる。大きく膨らんだ袋がカチョリと金の音を鳴らせる。

 それを見てゴクリと喉を鳴らす破落戸達。


「町の郊外の妖獣討伐の常時依頼だ。あんたら3人と俺ぁでどっちが多く狩れるか勝負しようじゃねぇか。勝った方がこいつを手に入れられるってわけだ。どうでぇい?」


 瞬の間きょとんとしつつも、すぐに顔を赤らませ怒りだす大男。

 そう、男達は馬鹿にされたと思ったのだ。

 この辺りで中堅と呼ばれる武生者である己達を、成り立てであるこの老人が。


「じじぃっ!!舐めた真似をするのも大概にしろよ。その金は受け取ってやるからとっとと去ねやっ!!」


 そう言って金を奪い取ろうと伸ばした手をバルはガチりと左手で掴みとる。

 ギチリと骨が音を立てるような痛みに思わず顔をしかめる大男。

 だいたい妖魔妖獣の間引きの類などなりたて武生者の仕事であり、己等力のある武生者の仕事ではないのだと、捕まえられた腕に膂力を込めるがその腕はピクリとすら動かない。


「てっ、てめぇっ!!」

「兄貴の腕を離しやがれっ!!」

「……………っ!」


 脇にいたヤセのっぽの男と固太りのちび男が己が得物に手を掛ける。

 バルは寄合所に響くように大声で話しかける。


「腕利きの武生者ともあろう人間がぁ、新人が教えを請うてるのに、まさか断る事はあろうはずなかろうと思うが………なぁ、先輩方よぉ」


 もうバルはノリノリである。

 こんな風に絡まれることも以前は全くなかったのだ。

 こちらが屋内に入るなり騒がしかった中はしんとなり、ひそひそと会話が交わされるばかりだった。

 思わず口元が緩む緩む。

 それにこんなところで油を売って駄弁っている男達がどれほどの力なのか、それも見てみたかった。


 果たして武を生業にしている人間なのかを――――


 馬には乗ってみよ、人には添うてみよ。


 これは勇者時代にはなかったことである。

 見た目で損をし過ぎて、能力はあるのにそれ応じた職に就けなかったり、逆に印象や口が上手いだけでまともに仕事も出来ず、失敗すると人に擦り付けたりする者。

 人の良いところも悪いところも勇者は経験し見てきたので、どんな人間でもまずは触れ合って行くことにしてるのだ。

 まぁ、8割り近くは見た目通りだったわけだが、良い見た目の方はその逆が多かったかなとしばし思い返すバル。


 さて、ヒノヤグラ国ここはどうだろうかな。


 しぶしぶ了承した男達は、バルの後に続いて寄合所を出る。

 城下町と言っても特に壁に囲われているわけではないので、繁華街を過ぎて歩き進むと家々は途切れ人もいなくなる。

 目の前には街道が1本続くのみである。


「………一体どこまで行くんだ?」


 無言で歩き進むことに堪えられなくなった大男がバルへ突っかかる。

 それを聞いたバルは受け取った木札を確認しようとした時、空から精霊獣達の声が聞こえてきた。


『ガウン』『キッキィ―ッ』『ケルゥ―ッ』


 上空から落ちる勢いのままドシンと音を立ててバルの前にやってくる。


「ひっひぃ!大猿、大犬、大鳥の妖獣っ!!何でこんな所にぃっ!」


 チビ男が腰を抜かして、尻餅をついて精霊獣を見て叫び声を上げる。


「はぁ?そんなもんどこにいるんでぇ?」


 バルが振り向き方を竦めてそう言うと、 確かにさっき迄いたはずの大妖獣と彼等が呼んだものはどこにもおらず、代わりにバルの方と足元に犬と猿と鳥の姿がそこにあった。


「へっ?その獣達は一体?」

「ん?ああ、こいつらは俺の相棒みたいなもんだ。イヌマル、サルカ、ファルかっていうんだ。よろしくしてくれや」

「ガウッ」「キキッ」「ケルッ」

「あ、あんた獣使いなのか?武生者でないのに?」


 獣を従える。力のある獣は人に阿るなどという事がないというのがこの地の定説だ。

 もし、それが出来ているというのは、即ちかなりの力のある人間となる。

 男達の背中にツツツと汗が流れる。

  もしや相手を見誤ってしまったのか、いやこんな老人に何が出来るのか、それも武生者の俺達に対して―――――


「ほんじゃ、森までひとっ走りするぜぇ、俺ぁの手を離すなよ」


 右手に細のっぽとちび男、左手に大男の首根っこを掴んで走りだす。

 ドンと音がするほど踏み出された勢いのまま男共は引っ張られていく。

 3体の精霊獣は面白そうにその後へとついて行く。


「「「ぐえっ!!ぎぃあああああぁぁぁあぁあぁっ―――――――…………ぁぁ」」」


 森に辿り着くまでその叫び声は続いていた。



 しばらく走ると森へと到着し、男共を離しバルが立ち止まると3人はゴロゴロと転がっていく。


「「「いだだだだだっっっ!!何しやがるてめぇっ!!!」」」


 酒の酔いも相まって揺られすぎて気分が悪くなりつつ悪態をつく男共に、バルは今気づいたのかのように驚き言い返す。


「目下の者にタカる人間が、この程度のことで音を上げるなんて事があろうとは思っても見なかったもんでな。そりゃ悪かったな」


 何気に挟持を刺激しながらちくりちくりんと嫌味を滲ませ謝るバルに口を噤む男共。

 そしてバルがこの森に来たのは、寄合所で請けた妖獣の討伐依頼をこなす為だ。

 この国は、いやこの世界に魔獣、妖獣は切っても切れない存在だった。精霊が正であれが魔獣・妖獣は負、精霊が陽であれば魔獣・妖獣は陰。

 それがこの世界の均衡を保ちかつ、人が存在しうるものとなっていた。

 そして魔獣・妖獣は己と相反対するものを襲う習性を与えられている。それは強くとも弱くとも同様である。

 人は、その正と負、陰と陽を行き交うものであるが生命を育むものであり、魔獣・妖獣にとって全てが対象となるがゆえに、やはり人もそれ等に襲われることになる。

 よって人は魔獣・妖獣を倒さねばならない。

 この国における武生者の生業とは、その魔獣・妖獣を討ち倒すことだ。そして魔獣・妖獣のむくろは野獣に比して、とても良い商品だった。


 牙は武器に皮は防具に肉は食用に、骨は薬の材料に。そして妖獣の核である妖晶石は霊術や魔術の媒体となるものだ。

 ただ大物、中物だとそれなりのおあしにはなるが、小物は皮も牙もましてや妖晶石は小さ過ぎて大した値にもならないために武生者達は見向きもせずに狩られずにいるのだ。

 だが、街人や村人が害に会うのは得てして小物の妖獣になるので、常時依頼となっているのだが、誰もやりたがらないのでなりたて武生者の強制依頼と半ばなっていた。

 しかしこんな田舎の城主しろなぬしの武生者寄合所では、請ける者もおらず塩漬け状態となっていた。

 男共との勝負につけこんで、それを見たバルが依頼を請けた訳なのだ。

 真っ昼間から酒をくらって人にタカるよりは良いだろうとバルは思ったのだ。


「さて、それじゃあ勝負と行こうか。お互いが妖魔妖獣を1体づつ狩ってきて、より数の多いほうが勝ちってことでどうだ?あんた達は3人でやってもらって構わねぇよ」


バルはそう言って先手を相手に譲る。


「先輩方のお力を俺ぁに見せてくれえぃや」


 すっかり酔いが醒め、雀の涙ほど残っていたプライドを刺激された男共は、気を取り直し強気でバルに向き直り意気軒昂にバルへと声を上げる。


「じじぃがっ!見てろよ!!俺達がただの武生者じゃねぇってところをよ!!!」


 それが彼等の今迄の生き方を180°変えてしまう事になるなど全く知らずに。



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