第5話 おじんちゃ、武生業寄合所へ
家を建て拠点を作ってから、およそひと月程が経っていた。
その間は、家の周囲の木々を伐採して平地を拡張し、家を増築し、かまどを作り調理場を調え、外に風呂場などを作り生活の場を広げていった。
その中でも会心の出来と思っているのが、敷布団と掛け布団だ。
敷布団は麓から近くにある山地(愚縁山というらしい)の中腹に綿花の群生地があり、そこの綿を集めに集めて都合4つの布団を作り上げる。
そして掛け布団は3人の精霊獣たちが競い合って狩り上げた妖鳥
こうして森や山にいた大量の妖鳥や妖獣を狩りまくった結果、数多の毛皮や牙、肉が溜まっていった。
肉は凍らせて氷室にしまって保存しているが、問題は毛皮や牙の処分をどうするかだった。
4人してうんうん唸っていたところへ、1人の老婆が勇者たちの住まいへとやって来た。
こんな山奥の外れまで老婆がやって来るというのは甚だ疑問だったのだが、これ幸いと買い取って貰えるだけの毛皮や牙をお金や他の物と交換して貰えることになった。
そこで話題になったのが、
「ばーちゃん、そいつはどんな所なんだい?」
「じぃさまにばーちゃん言われるのも変な感じじゃが………。そうさな、妖獣や野獣の討伐、人の護衛や地下迷路の探索などを生業とするものじゃな。あんたにぴったりじゃろ」
なる程、円環大陸でいうところの冒険者ギルドといった場所って感じになるのかと、勇者は心の中で独りごちる。
「
じぃさまじゃ何日掛かるか分からんがなとカカカッカッカと笑い、老婆は身の丈倍近くある背負子を担いで去っていった。
なんとも達者なばーちゃんだなと思いながら勇者は1度町へ行っててみることにする。
このヒノヤグラ国は国とはいいながらも
そして国主が各地に設置しているのが武生業寄合所というものだった。
人が統べる地ではあるが、奥地には未だ妖獣妖魔が跋扈しており、また力を持って事を為してきたヒノヤグラ国の人間は血の気がやたらと盛んであり、それを昇華させるための場所であるともそうでないとも言われている。
知っているのは初代ヒノヤグラ国々主のみと言われている。
全てはあのばーちゃんからの受け売りだ。
勇者は武生業寄合所の前に立ちそんなことを思い出す。
本来勇者が拠点にした所から、ここツルガナ城主の城下町までは歩いて2ヶ月ほどの距離なのだが、ファルカに乗って2刻程で到着し、町外れから歩いてここまで来たのだが―――
少しばかり目立ってしまっている。この国の文化形体として建物や着ているものが円環大陸とまるで違っていた。
建物はその多くが平屋建てで木造建築に横引きの扉。壁には土を塗り固め、屋根には石の板を連ね載せている。
衣服は向こうでは長袖半袖と違いはあるが、貫頭衣と言われる上衣と
位が上になるとそこに釦を飾った長裾上衣やマントなどを装うことになるが、平民となればそれが通常だ。
ところがこちらは染色された布に前合わせにして帯と呼ばれる幅のある長い布で胴を巻いていくという衣装だ。
こちらも位の上になるとハカマという下穿衣を穿いてカミシモという上衣をその上に纏うことになる。
己の姿を見渡し、血の気が多いという武生者を相手にして悶着を起こされるのも面倒なので、着るものを誂えるため、先に服を扱っている店へと向かう。
町の人達はとても親切で、古着屋へと案内してくれた。
「ありがとな、あんちゃん」
「なあーに、年寄りは親切にしなきゃな。ふんじゃな」
肩にでかい箱を担いだ青年に礼を言うと、ニヤリと笑って大通りを走り去っていった。
なんとも気持ちがほっこりするのを勇者は感じる。
様々な服を入口に飾っている店の中へと入ると、店の女性―――いや少女がこちらに向けて声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ!あら、もしかして渡来人さんかしら?」
そういやさっきの青年もそんなことを言ってたなと勇者は思ったが、口には出さずに少女に着る物を適当に見繕って貰うことにする。
「悪ぃんだが、俺ぁに着れるやつを2、3着頼みてぇんだが……、この格好だとここじゃ目立っちまってなぁ」
そう言って生成りの上衣を上からポンポン叩く。
「分かりました!おまかせ下さいっ」
十を少し越えたばかりの少女は、お任せで頼まれたことで俄然張り切り、駆け足で店の奥へと行ってしまった。
ここには勇者1人しかいない。精霊獣の3人は城下町の外で待機というか、妖獣の討伐や食材になる野草や果実などの採取を頼んだのだ。
休憩と言っても勇者につき従うのが分かっているが故の処置である。頼られ過ぎるのも考えものである。
店の中を衣服を見回りながら待っていると、少女が服を抱えて戻ってきた。
「こちらの物は如何でしょうか?気に入られたのを選んで頂けますか?」
商品棚の服の上から5着の服が並べられる。同色の上衣と下穿衣が5組。
サイズは多少調整がきくようで、色違いの色とりどりの服が勇者の目に入ってくる。
色は藍、臙脂、茶、紺、黒みがかった朱となっている。
とりあえず、茶と紺と朱を選んで金を払って紺色の服を選んで着付けを教わり身に纏ってみる。
下穿衣を穿いて上衣の前を合わせて帯で留め、剣帯をつけ剣を佩く。上衣の上には今迄着ていたベストを羽織って完成する。
「よくお似合いです!」
少女の言葉にお世辞とは思いながら礼を言って、店を出て再度武生業寄合所へ向かう。
大きさは円環大陸の冒険者ギルドと似た様な広さだ。白い紙が貼られた格子戸を横に引き中へと入る。
時刻は朝をだいぶ過ぎた頃合いのせいか、人も疎らだ。
奥に受付が2つあり、その脇のの壁には一面に様々な依頼書が貼られている。
勇者から見て右側には、
まぁ、人それぞれの生き方があるってもんだ。程々になと若いくせに(見た目はじじぃだが)じじ臭いことを心で呟き、勇者は受付へと向かう。
受付には少女というには年が少しばかり上の女性が頭の上にあるかもの耳をピンとさせて座っている。
獣耳?とつい頭の上をまじまじと見てしまう。
円環大陸の南の方には存在するとは聞いたことがあるが勇者は見たことが無かった。そのせいで好奇心を刺激され視線がつい行ってしまったのだ。
「あの………。何か御用でしょうか?」
不審に思った女性に問い掛けられてしまう。
「ああ、悪ぃ悪ぃ。つい見惚れちまってな」
「ふひゃあっ」
軽い冗談のつもりで言ったのだが、初心なのか顔を真っ赤にした受付娘を見て変な所で的を射ってしまったみたいだ。
この手の受付の人間は百戦錬磨の玄人だと思っていた勇者は、少しだけ慌てて言葉を継ぎ足す。
「こりゃ申し訳ない。こちらで武の生業の申し込みが出来ると聞いてきたんだが、違いないかい?」
我に返った受付娘が勇者の言葉に己の職務を思い出して用紙を取り出すが、しばし躊躇する。
「あの………おじいさんが武生者の登録をされるのですか?」
不安そうにこちらを伺う受付娘に頬をカリリと掻きながら確認してみる。
「あ〜、爺ぃは登録できないってか、年齢制限があるのかい?」
「あ、いえ大丈夫です。けど……今までお年寄りが登録申し込みする事がなかったものですから」
ぺこぺこする受付娘を見ながら、勇者は新鮮な気分を味わっている。
勇者が勇者時代にはこの手の受付の人間は、こちらを見ると怖れ尻込みするか、下卑た目をこちらに向けて
そこはかとなく勇者がじぃ〜んとしていると、受付娘が申請用紙を差し出してくる。
「こちらに必要事項――――と言っても名前と年齢、出身地等くらいですけど、これらを書いていただけますか?あっ、字は書けますか?」
用紙を見て受付娘に頷く。どうやら円環大陸とこの国の言葉は同じ様だ。ま、今まで話が出来てることを思えば当たり前かと納得する。
勇者は受付娘の言葉通りに、名前と年齢と出身地を書こうと思うってはたと筆を止める。
出身地は向こうの大陸でいいだろう。渡来人だということにしてれば問題はないだろう。年は………65とでもしておくか。
後は名前かと勇者腕を組んで少しだけ唸ってしまう。
勇者となって名を呼ばれることがなくなって大分時が経ってしまい、それに己を捨てた親からの名前など今更使いたくもない。
心機一転新しい名前を名乗るのも悪くないかと勇者は考えた。
そして思い出す。拾ってくれた夫婦がいつも呼んでくれてたその
バル坊。
勇者はその名をさらりと用紙に書き込み受付娘へと提出する。
用紙を受け取り受付娘は処理をして説明を始める。
武生者には階級があり、寄合所からの依頼をこなす度に階級が上がっていくこと。
依頼に失敗すると、階級が下がり資格剥奪もあることなどを丁寧に教えてくれた。
実力を見るという腕試しの儀を受けるということになった時、何故かスルーパスされてしまう。何でだ?
勇者―――バルが首を傾げるが受付娘から資格証の鉄札を受け取り買取所へと向かおうとした時、ガラガラ響くような大声に呼び止められる。
「おい待てよ。爺さん」
何じゃらほいとバルは声のした方へと振り向いた。
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