第3話 勇者なき後の国々
その声は、各国のあらゆる場所で多くの民人が聞くことになった。貴族も平民も子供も老人も喜びながらも悲しみにくれる。
土地は荒れすさび、魔物がはびこっていた世界。人々は少なからざる人数が諦めていたのだ。この世界はもう終わりなのだと。
だが伝言鳥のその言葉に希望の光を見た思いをした。
それは暗雲が静かに取り払われ光が差し込む光景が目の前に現れていくように。
各地で人々の歓声が響き渡る。涙を流す者、踊り出す者、共に喜びを胸に抱きながら笑顔を見せながら平穏の到来を噛みしめる。
誰とも知れず歌が聞こえる。ブッソルード神寺院の神歌“神と共に我と共に”。人々は次々と歌い出す。朗々と感謝と喜びを胸に世界に響けとばかりに。勇者の存在など無かったかのように歌声は広がる。
人々が住むこの世界の大陸のその中でも大国であるイダカクアン皇帝国、その帝城に各国の王とその側近たちが今後の対策の為に御前会議を行っていた時である。
対魔連合国などといっても、所詮は大国に追随しただけの国々の集まりで、結局はイダカクアンと他2国の間の国家の政争でしかなかった。議長国のイダカクアンが勇者が敗れ魔王が各国に攻め来ることに対しての人員と糧食に関するそれぞれの国への分配とその運用法など議決という名の命令を各国の王に下していた時であった。王の1人は安堵の溜め息を吐き、また王に1人は苦虫を噛んだような表情を示す。すべたは3大大国の思惑通り、目論見通り、しかしその予定調和は獣の咆哮で一瞬にして破られた。
『ゲルオオオオオオオォオオォォォ―――――――ンンッ!!!!』
耳をつんざくその咆哮は、帝城を帝都を震撼せしめ人々を驚かせた。
いち早く我に返ったイダカクアン皇帝は、側近に状況を問い質す。
「これは一体何事だっ!!ヴァンデムっ――――っ!!!」
ヴァンデムと呼ばれた引き締まった肉体の巌のような壮年の男性が窓を示しそれに応える。
「陛下。あちらを―――」
「―――――っ!!」
窓の外には王達を睥睨するかのように巨大な鳥の精霊獣が翼を広げ羽ばたきもせずに佇んでいた。
「っ!勇者の精霊獣がなぜっ―――」
王の1人が堪らず言葉を漏らす。それは他の王ももちろん皇帝も同じ思いであった。
と会議室に1羽の白い鳥が窓をすり抜け入ってくる。ヴァンデムと呼ばれた男が剣を掴み抜こうとした時、白い鳥は円卓の中央に降りて伝言を伝える。
『魔王は消え去った。勇者もその力を果たし消え去った』
そう数回言葉を重ねると伝言鳥は煙のように消えていった。すると突風が巻き起こり窓が次々と開けられて伝言鳥がいた場所に剣が突き刺さる。
「え!?」
「聖剣エリデュエート―――――!」
それは皇帝が勇者を魔王討伐戦式の折、下げ渡した帝国の秘宝たる聖剣であった。数瞬の沈黙の後、王達は喜び声を上げる。涙を流す者、ただただ笑うもの、周囲は喧騒に包まれる。
だが1人だけ呆然と周囲の様子にそぐわぬ表情を見せる皇帝。彼はよもや魔王が討たれるとは思っても見なかった。聖剣などといってるが何の変哲もないハリボテの剣を渡し、ろくな装備も与えず送り出したはずなのに、よもや、よもや有り得ぬことであった。
「誰ぞ!誰ぞ!魔の島の状況を調べよ!確認せよ!!」
事実を認めたくない皇帝は、配下に確認を命じねば気が収まらなかった。ヴァンデムを始め兵たちがその命に従い会議室を出て行く。
そして事実が判明するまでの間、皇帝は悪夢に苛まれ続けた。全ては己の駒であり、予定の世界であったものがガラガラと足元から崩れいく、そんな思いに。
皇帝にとって国とは、己の欲求を叶えるためのシステムであった。他国にあってもその思いは揺るがない。下手に国が豊かになれば民人は増長し、皇帝がただの下働きの身分に落ちかねないことを歴史書を読み熟知していた。かと言って締め付ければ逆に不平不満を言い出す。冗談ではない!我は我のものを我のしたいようにやりだけなのだ。
だから、魔王が現れたと聞いた時、これこそ皇帝にとっての天啓が降り立ったと思ったのだ。
己をはるかに凌駕する脅威、増大する魔獣、だが被害を受けるのは駒である民人。民人の意識は皇帝でなく、全て魔王へと向けられるに違いない。素晴らしい。皆踊るが良い。他国の王も民人も貴族共も魔王も全て我の手の平の上で。
諸国の王を集め対魔王連合国を築き、金と物を供出させ兵を送る。その中からわずかばかりの宝物を貰い受ける。
10年過ぎてもこのシステムを利用して富を築きあげる事が出来た。それが数年前、ある公爵が連れてきた子供を勇者として遣わし体裁を取り繕うように聖剣と称し、魔王討伐の命を与えて送り出す。死んだところで皇帝の腹は少しも痛まない。また別の勇者を作り出し送り出すだけだ。皇帝の思惑に則ったシステム。上手く行っていた筈だった。
その話が聞こえたきたのは、送り出して半年を過ぎた頃だった。子供が………勇者が精霊獣を従えて魔獣を駆逐しだしたというのだ。
あり得ない話だと思った。ろくな装備も金も与えず送り出したのだ。殺されるか逃げ隠れるか、子供ならそうするだろうとたかを括っていた。
しかし、小さな川はやがて大河となり大きくうねり出す。国の騎士団とは無関係なブッソルード神寺院の僧兵が戦いに参戦し魔獣共を倒しているという。
己の考えたシステムが崩壊していく不安を抱えながらもやむを得ず、この流れに乗るように兵を物資を彼等に与える。民人はその戦況に一喜一憂する。
何故奴は戦えるのだ。皇帝は死を期待していた子供の行動に怒りを覚える。
何故、奴は魔獣を倒すことが出来るのだ。名ばかりの偽物の剣とハリボテの鎧を纏って。
何故、何故、何故!恐れと憤りが皇帝の体中をピリピリと走り駆け巡る。
そして今からひと月前の事、送り出した兵団から勇者が魔王が棲むと言われる大陸中央の海にある島に乗り込んで行ったと報告を受ける。そして共に付いて行った僧兵団と共に音沙汰が無くたったと。
その島は周囲は常に天候が荒れていて、細かな岩礁が島の周囲散らり船の侵入を阻み、容易に誰もが行くことの敵わぬところであった。そして全ての国々の人間にとって禁忌の島であった。
皇帝はその報告に安堵した。もはや奴等は生きてはいまい。荒れすさむ海にほおり出される科、よしんば島に上陸出来たとしても、島の強力な魔獣に殺されることだろう。
そう思い各国の王を
しばらくした後、ヴァンダムが会議場へ戻ってきて僧兵団と連絡が取れ巨大な光の柱が立ち上った直後、島を覆っていた暗雲が急に晴れ、魔獣が苦しみ出したと思ったら黒い霧になって消えていった。様子を見ていると今まで見なかった鳥が大空を羽ばたいてるのを見て結界が解かれ世界が戻ったと理解したと―――――。
その場にいた人間たちはさらに嬌声を上げる。笑い声と泣き声が周囲に響き渡る。
皇帝は震える手を握り締め、これからのことを考える。どうすればいい。このシステムを維持するために何をしたらいい。周囲の王に気取られぬように拳を握り締める。爪が食い込んみ血が滲んでもさらにに握り締める。無表情のまま王達と自分以外の3大王の顔を見やる。
エットトラヌ王国のハディスオーブギョは周囲を見渡し達観したように笑みを浮かべている。
サーダナルマン法院国の教導法皇のヴェンデヴァンダは目を瞑り泰然自若と座っている。
2人の様子を見るにつけて内心慌てふためいている己が腹立たしくなって来る。彼等を見ていて次第に気持ちが落ち着いてきた。どうやら少し焦りが出ていたようだ。
気持ちが落ち着いてきた分、余裕が出来たお陰でひとつの考えが浮かんでくる。魔王と言う共通の敵がいなくなったのなら新たな敵を作ればいいのだ。そう例えば―――ちらと2人を見やる。少しばかり口元が緩みそうになるが、それを堪え各国の王に手をパンと叩いたあと話し掛ける。
「さて、諸君。魔王が消え去ったと言うことは改めて我らの有り様を決めねばならん。そして勇者の功績を讃えねばならぬだろう?お二方」
「であるな」
「さよう」
皇帝の言葉と2人の王の相槌に、他の王達も落ち着きを取り戻し次々と席へと戻る。
「ヴァンダムは引き続き情報を集めよ」
「御意」
そう頷きヴァンダムは応え会議場を後にする。
そう、そうなのだ。今迄のシステムから新たなシステムを上書きしていけばいいのだ。
対魔連合国は解散しても良い、新たな共同体にしてもいい。しばらくは国の安定へと導くとこにすればいい。
数年間の雌伏の後、力を蓄え新たな敵と戦えばよい。この円環大陸の覇王となる為に―――――。
表情を隠しながら皇帝は内心ほくそ笑んで会議を始める。
ハディスオーブギョとヴェンデヴァンデも目を細めながら強い意志の光りをちらと漲らせる。
勇者の決死の行為とは裏腹に、それを無に帰すようにまた人は負を穢れを撒き散らし始めるのだった。
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