朱色の桜~この物語の前史3~

〈二話目の続き〉

 それから、何年か経って。

 ある時、大きないくさがあり、あの四十人の若者たちも、殿様の家臣として戦っていた。そのころ、若者たちは殿様の下で数々の武功をあげ、有力な家来となっていた。

 そんな若者たちは、殿様の為、一生懸命に戦っていたそうだ。それゆえ、気が付かなかったのだろう。


――――殿様が、彼らを裏切っていたということに。

 

 戦いのさなか、殿様の兵が密かに退却していった。彼らが気が付かないうちに。

 実は、これが作戦だったのだ。

 敵は、彼らを憎んでいた。殿様は、それを知っていたからこそ、このような作戦をたてたのだ。彼らを、おとりにするというような。

 そして、いつのまにか彼らは、敵に四方を取り囲まれていた。しかし、味方の兵はどこにも見えない。この時、彼らはやっと、気が付いたのだ。

         

       自分たちは裏切りにあった、と。

 

 『おのれ、我らを裏切りおって。ゆるさん』

 そう、彼らが怒りにいくら震えたところで、敵の猛攻は止まらなかった。

 むしろ、強くなっていくばかり。このままでは、皆、討ち死にしてしまう。ここで敵の猛攻を止められなかったら、敵は自分たちの里に、攻撃してくるかもしれない。

 そう思った彼らは、決死の覚悟で敵を正面突破し、里に向かった。そして最後の力を振り絞って、彼らは・・・・・・・・・・・・・・・・四十人の若者たちは。

   

   ――――――自らの命を絶った。

      里全体に、強大な結界を築く、呪文と引き換えに。







 


  

 それから、少し経った頃。

 彼らのお墓の上に植えられた、桜の木が芽吹いた。そこは、彼らが命を絶った場所だった。

 犬神山に住むこの一族には、お墓の上に白い花を咲かす、桜を植える風習があった。

 

 そしてさらに、何年か経った後。

 その桜は、はじめて花を咲かせた。

 しかし、その花びらの色は白ではなく、真っ赤なくれないだったのだ。

 それとほぼ同時に、一族の者の髪と瞳の色が白銀ではなくなった。

 色が変わったのだ。それも「赤」に。

―――しかし、それは始まりに過ぎなかった。


 


 一族の者の髪と瞳の色が変わってしまった頃。

 この里に、紅寿こうじゅという名の若い、巫女がいた。

 巫女が持つ、不思議な力によってなのだろうか。

 その巫女は、紅の花を咲かせた桜から、何か不穏なものを感じたそうだ。この桜が里の外の世界に及ぼしている異変にも、誰よりも早く気が付いた。

 事実、巫女が気が付いたように、外の世界は大変なことが起こっていた。

 そして巫女は、今は亡き人となった、あの若者たちの憎念によって起こったということもわかっていた。

 それに気が付いた巫女は、この桜のために一生を捧げることを決める。これが後に大巫女と呼ばれる紅寿と、後に朱色の桜と呼ばれるこの桜の、長い関係の始まりだった。

 そして激しい恨みや憎しみに囚われ、今もこの世に残りつづけている若者たちの心を、穏やかにしていった。


 その後、巫女紅寿は、閉ざされた里にやって来た不思議な青年と結婚し、三人の子どもに恵まれた。しかし巫女を辞めず、ずっとこの桜の下で暮らした。


 この桜の巫女は、代々紅寿の直系の子孫の女性が、務めることとなった。これが後の朱家の祖となるのは、もう少し後の話である。


 紅寿は命を全うした後も、守護霊として、この桜の元で子孫たちや、一族の民を見守っている。

―――そして、現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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