朱色の桜~この物語の前史2~

<一話目の続き>

 犬神山からそう遠くないところに、ある殿様が治める国があった。その殿様には、不治の病をかかえた、一人の奥方がいた。

 なんとかしてこの奥方の病を治そうとしていた殿様は、この噂を耳にする。

 殿様はわらにもすがる思いで、犬神山に住む一族の長の元へ、急ぎ使者をつかわした。

「どうか、我らの殿の奥方様の病を治してほしい」

 こう、使者は願い出た。「もし、ここが他の者に襲われるような事があったら、必ず助けよう」という、殿様からの条件も一緒に。

 しかし、長の顔は曇ったままだった。なぜなら、犬神の末裔一族の彼らでも、治すことが難しい病があるからだ。

 長は、自らの占いによって、使者が来ることはわかっていた。しかも、この依頼主の奥方がかかっている病が、治すことが難しい病であることも。      

 そんな病を治すことができ、さらに自分たちの住む里や山のふもとの村の外に出てもいい、と言う者がこの物騒な時代にいるはずもない。

 そう思った長は、使者たちにしぶしぶ頷いてから、こう告げた。

「ご用件はわかった。今宵こよい一族の者たちと、話しあいたい。返事は少し、待ってはくれないか」と。

 その日の夜、長は一族の者を皆、話し合いの場に集めた。そして、このことを皆に言い、この依頼に応えてもいい者はおるか、と聞いた。

 長の予想どおり多くの者が渋る中、たった一人、手をあげた若者がいた。その若者は、里一番といわれていた、とても腕のいい医術師であった。また、武術にも秀でた人であったそうだ。

 長は、この若者を依頼主の殿様の元へ派遣することを決める。

 そして、長から派遣された若者は、依頼主である殿様の奥方の病を治すことに成功した。

 これを喜んだ殿様はかの若者に、わしの御殿医ごでんいにならないか、と誘った。

 しかし若者は、この誘いを断った。「私は御殿医ではなく、武人として仕官したい」と言って。

 これを聞いた殿様は、若者に武術の会で自分の家臣を皆、倒せることができたら家来にしよう、と言った。

 そして、武術の会の日になった。若者は、殿様の家臣を皆倒し、見事優勝する。

 これによって剣の腕を認められた若者は、さらに自分の里の仲間と共に仕官したい、と殿様に申し出る。

 この里の仲間というのは、若者と同じように武術に秀でた者たちであった。その数、四十人。

 殿様は、すぐに彼らの仕官を許した。

 こうして、四十人の屈強な若者たちは、武人として殿様に仕官することとなった。

―しかし、これが悲劇の始まりだった。

 

 

 

 

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