[5]マドカさんはツイートを非公開にしています。

 ポーン♪


 2015年7月14日午前0時。

 ちょうど日付が変わった瞬間、竹内トシキのスマートフォンが間の抜けた通知音を奏でた。

 Tシャツにトランクスのみというダラけきった格好で、自室にこもって漫画を読んでいたトシキは、部屋の片隅で充電中していたスマートフォンを取るために立ち上がった。頭が半分寝ている状態だったので足元がふらつくが、壁に手をつきながら充電器がある場所まで歩く。


「DMかな?」

 通知音からすると、スマートフォンを鳴らしたのは普段トシキが使用しているTwitterクライアントだ。

 おおかた、知人の誰かが飲み会の誘いでもしてきたのだろう。トシキの頭に、昼間に大学で「そろそろ暑くなってきたし、うまいビールでも飲みに行こうよ」と言っていた友人の顔が頭に浮かぶ。

 トシキがスマートフォンのモニターを覗き込むと、そこにはそっけない通知が表示されていた。


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Twitterで新たにフォローされました

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 トシキのTwitterアカウントは、主に大学の友人同士の連絡に使用されている。フォロー数は20、フォロワーは30程度。フォロワーは滅多に増えない。友人の知り合いが気まぐれでフォローしてくることを除けば、商材系のアカウントやbotがフォローしてくる程度だ。

 またbotかな、と思いつつ、トシキは新規フォロワーのトップページを開く。

 そこに現れたのは「マドカ」と名前だけが書かれた簡素なプロフィール。若い女性の顔の下半分を映したアイコン画像、そして南京錠のアイコンだった。


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マドカさんはツイートを非公開にしています。


@madoka_ma1996は非公開設定です。

許可されたフォロワーのみが@madoka_ma1996さんのツイートやアカウントを見ることができます。[フォローする]ボタンをクリックしてフォローリクエストを送りましょう。

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 南京錠アイコンの下には、このアカウントがツイートを外部非公開にしているとの表示がある。

 「マドカ」のフォロー/フォロワー数を確認すると、フォローは25、フォロワーは24。アイコンはいかにもアフィリエイト業者の宣伝botといった感じだったが、bot特有の無差別フォローをしているアカウントではなさそうだった。


「鍵アカかぁ……知り合いかな」

 アイコンの画像は顔の半分しか写っていなかったが、輪郭や鼻筋はゼミの後輩の女の子に似ているような気がした。髪の色は少し違うように見える。

 そのゼミの後輩はマドカではなくマコといったが、もしかするとTwitterでは「マドカ」を名乗っているのかもしれない。


「とりあえずリクエストを送ってみるか」

 Twitterの鍵アカ(非公開アカウント)は、こちらからフォローリクエストを出して、向こうが承認すれば閲覧できるようになる。

 相手が知り合いであればリクエストを承認するだろうし、承認しなければ放っておけばいい。

 トシキは軽い気持ちで「マドカ」にフォローリクエストを送った。

 ついでに友人連中の様子を見ておこうと思い、Twitterのタイムラインを表示させると、自分のフォロー数が「21」になっていることに気がつく。「マドカ」がリクエストを承認したらしい。

 タイムラインを更新すると、さきほど見た女の子の顔アイコンが表示される。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 現在

あ! フォロー返しされたぁ うれしい♪( ´▽`)


[返信] [リツイート] [お気に入り]

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 その投稿は、直接トシキに向けた返信リプライではなかったが、彼のフォローを喜んでいるのは確からしい。

 表記上は特定の相手を指定せずに、思わせぶりなこと書く――いわゆる「エアリプ」だ。

 トシキはスマートフォンの画面をスワイプして画面をスクロールさせる。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 15分前

気がついてくれるかな?? ドキドキ(≧∇≦)


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「知り合いっぽいな」

 さらにスクロールさせると、大学生らしい、講義への愚痴が書き連ねてある。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 8時間前

英文の講義だる・・・ はやくおわんないかな・・・


[返信] [リツイート] [お気に入り]

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 トシキは、自分も今日の昼にアメリカ文学の講義に出ていたことに思い当たった。定年間近の老教授が、延々エミリー・ディキンソンの詩を読んで解説する、ダルい講義だった。先輩から、出席してレポートを出せば単位をもらえると聞いて取ったのだった。受講人数が多く、講義中に寝ていてもバレないのでチョロい講義だ。


「マコはあの講義出てたっけ?」

 トシキは記憶の糸をたぐるが、思い出せない。あの講義中、彼はいつも寝ているからだ。


「まぁいっか」

 マドカの正体はそのうち分かるだろう。トシキはそう考えると、スマートフォンのアラームをセットし、布団に潜り込んだ。


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 翌朝8時15分、トシキはスマートフォンのアラームで目を覚ました。

 顔を洗い、頭をスッキリさせると、ちゃぶ台の上に置きっぱなしにしてあるノートパソコンを立ち上げる。

 知り合いのタウン情報誌編集者から頼まれていた、インタビューの音声起こしをするためだ。2時間分のインタビューを文字に起こして、8000円の小遣いがもらえる。もうじき就職活動を始めなければいけないトシキにとっては、好きな時間に在宅で進められる、いいアルバイトだった。

 頭を空っぽにして2時間ほど音声起こし作業をしていると、パソコンのTwitterクライアントが通知音を奏でた。誰かからダイレクトメッセージ(DM)が飛んできたらしい。


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去年、英米文学史概論の講義出てたよね? 今日学校くる? 来るなら去年のノート貸して

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 タスクトレイにしまいこんでいたクライアントを引っ張り出すと、大学の友人であるユウジからDMが届いていた。


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今日は午後から1コマだけ。2時半ぐらいに終わるから学生会館のカフェで待ってるよー

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 そうDMに返信しながら、トシキはタイムラインを眺めた。

 講義やバイトの愚痴を書き散らす友人たちのツイートの中に、マドカの投稿を発見する。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前

今日は昼から大学〜


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マドカ ‏@madoka_ma1996 15分前

バイトいいなー あたしもなんかバイトしよかな


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 そういえばマコは先月バイト辞めたって言ってたっけ。やっぱりマドカはマコかもな……。

 トシキはそう考えると、作業の続きに戻った。


 午後になると、大学に向けて出発する。

 講義が終わると、トシキは学生会館のカフェテリアに向かった。

 200円の日替わりコーヒーを注文し、空いてる席に腰を下ろす。カフェのレジには「本日の日替わりコーヒー:キリマンジャロ」などと書かれたポップが立っていたが、トシキがコーヒーに口をつけると、市販のインスタントコーヒーと同じような味がする。詐欺だと思う。

 友人を待つ間、スマートフォンで時間を潰すことにする。トシキはキュレーションアプリを立ち上げ、ネットでBUZZっているニュース記事を流し読みしていった。夏らしく、怖い話がどうだの、怪奇スポットがどうだのといった記事がちらほら目に付いた。

 その手のヨタ記事は放置し、美味しいカレーの作り方レシピの記事を熟読。読み終えた後、Twitterでシェアする。

 なるほど、野菜を炒めるときにゴマ油を使うといいのか、などと感心しつつ、ついでにTwitterのタイムラインを確認した。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 5分前

カフェついた! 今日のコーヒーはキリマンジャロだって( ´▽`)♪♪


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 画面を覗くと、ついさきほど投稿されたらしい、マドカのツイートが目に飛び込んできた。トシキは慌てて周囲を見回す。

 ランチタイムを過ぎ、人がまばらになったカフェテリアで、一人の小柄な少女と目が合った。


「あ、竹内先輩!」

 タマゴ型の柔らかな頬のラインに、ボブカットにしたやや色の薄い黒髪がかかっている。銀縁眼鏡の奥にある、よく動く大きな目は、彼女の年齢を幼く見せた。


「ああ、マコちゃん」

 トシキのゼミの後輩、千歳マコだった。

 クリーム色のワンピースの上に、モスグリーンのエアリージャケットを羽織った姿は、どこか野暮ったく、図書館の片隅で本を読んでいる文学少女のようだ。

 マコはサンドイッチと飲み物のカップが載ったトレイを抱えて、トシキのほうに歩いてくる。


「先輩、待ち合わせ? 横の席いいです?」

 マコは返事を聞く前に、トシキの横の席に腰を下ろした。紅茶の匂いがふわりと漂う。

 ふう、と若者らしくないため息をつくと、マコはトシキが手にしたスマートフォンに軽く目を遣った。


「なにやってるんです? Twitter? あ! あたし知ってますよ。先輩たちがTwitterやってるの。講義の愚痴とか、しょうもないことばっかり書いてますよね」

 マコの物言いはずけずけとしているが、どこか愛嬌がある。同じゼミ生や教員からは、マスコットのような扱いを受けていた。


「くだらない使い方しかしてないのはそうなんだけど、バイト先の冷蔵庫に入ったりはしてないからさ。勘弁してよ」

 トシキはスマートフォンをスリープさせながら、マコの軽口に応じる。


「マコちゃんはTwitterやってないの?」

「やってても先輩には教えません〜」

 マコはおどけた口調でそういうと、サンドイッチにかじりついた。両手でサンドイッチを持って、ちまちまかじりつく様子は、木の実をかじるリスのようだった。


「今日はお昼食べる時間がなかったから、お腹空いちゃって」

 マコは「テスト前は忙しくいて嫌になっちゃいますね」などと言いつつ、サンドイッチを平らげていく。

 トシキはマコに、「マドカ」というアカウントのことを聞くべきかどうか迷いつつ、「国文学概論は毎年テストの内容同じだよ」とか「上古文学講読のレポートは、この本を参考にするといいよ」などといった取り留めのない話に興じた。


「んじゃ、先輩。あたし次あるんで、また!」

 サンドイッチを食べ終えると、マコはぴょこんと席を立ち、トシキに手を振りながら、足早にカフェを出て行った。

 ユウジはまだ来ない。


(待ち合わせに遅れるって連絡が入ってるかも……)

トシキはスマートフォンのスリープを解除する。見慣れたTwitterクライアントの画面が表示された。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前

一緒にランチ!


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 タイムラインの一番上に表示されていたのは、マドカのツイートだった。

 今度はツイートに画像が添付されており、URLをクリックすると、トシキにとっては見慣れた、学生会館の入り口階段の写真が表示された。


(やっぱりマコじゃないか。思わせぶりなこと言いやがって)

 きっとマコは、ゼミの先輩たちがTwitterでやりとりしているのを見て、自分もやってみたくなったのだろう。それでアカウントを作って、トシキをフォローしてみたはいいものの、自分からそれを言い出すのは気恥ずかしかったのだろう--トシキは「マドカ」の正体をそう結論付け、自分のタイムラインにツイートを投稿する。


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トシ ‏@tosh*************** 現在

こら、思わせぶりなことをするんじゃない。


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 マドカ=マコに向けてのエアリプだ。

 書き込んで5秒もしないうちに、トシキのスマートフォンが「ポーン♪」と通知音を奏で、Twitterクライアントがポップアップメッセージを表示した。


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マドカ(@madoka_ma1996)さんがあなたのツイートをお気に入りに入れました。

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(マコちゃん、俺が気がついたのが分かったらしいな)

 トシキが内心苦笑していると、カフェにユウジが姿を現した。金に染めた長い髪と細面な顔立ち、モノトーン系のファッションで身を固めた姿は、クールなバンドマン風であったが、トシキを待たせまいと走ってきたのであろう、その顔は汗だくだった。

 ごめんごめんと謝りながら駆け寄ってくるユウジに手を振りながら、トシキはTwitterに書き込む。


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トシ ‏@tosh*************** 現在

待ち人やっと登場。ノート渡したら帰ってバイトだ。


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 大学から帰宅すると、トシキはノートPCを立ち上げた。

 そして音声起こし用のアプリケーションとメーラーを起動する。メールの新着は特になし。

 続いてTwitterクライアントを立ち上げると、マドカの投稿が目に付いた。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前

あたしも英米文学史概論のノート見たぁい o(((`ω´ )))o


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(エアリプでノートの催促かよ……)

 やれやれと思いながら、ツイートをお気に入りに登録。「見たよ」の合図代わりだ。友人からノートが返ってきたらマコにも貸してやろうと考えつつ、トシキはアルバイトの作業に取り掛かる。

 30分ほど作業を進めて、休憩がてらTwitterを眺めると、またマドカの投稿が目に入る。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 32分前

バイトだ〜 がんばろう( ´ ▽ ` )ノ


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(マコちゃん、新しいバイトが決まったのか。今日慌ててたのは、バイトの面接があったからだな)

 トシキが一人で納得していると、ノートPCがメールの着信音を奏でた。

 メールは、トシキに音声起こしのバイトを依頼している編集者からのものだった。開くと、追加で何件か音声を起こしを頼めないか、大学のテスト期間中にたくさん仕事を頼むのは悪いと思うのだが、やってくれると非常に助かる、といったようなことが書いてある。

 すぐに「面倒な単位は去年ほとんど取ったんで、今年の前期は暇ですよ。レポートばっかりなんで、テスト期間は家にいること多いです」と返信。すると1分も経たないうちに、音声ファイルのアップロード先URLを記載したメールが飛んできた。文末に添えられた「二日中に上げてほしい、バイト代は2割り増し」という簡素メモから、トシキは先方がかなり焦っているらしいことを察する。

 幸いなことに明日の講義は5限だけ。夏休みに備えて先立つものが欲しかったトシキにとっては、うれしい話だった。


(家に引きこもっていて作業してりゃ、バイト代と単位が入ってくるんだから楽なもんだよな)

 目下の懸念は、冷蔵庫の中にあまり食材がないことと、レポートの参考資料が足りないことぐらいだった。


(明日、大学に寄って図書館で本を借りて、帰りにスーパーに寄って食料を買い込んでおこう)

トシキはそう考えると、Twitterクライアントを非表示にし、音声起こしの作業に取り掛かった。


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 翌朝、トシキはテーブルに突っ伏した姿勢で目を覚ました。

 昨晩、音声起こしをひとつ終わらせ、余勢をかってレポートを一本仕上げたところで寝落ちしてしまったのだ。軋みをあげる上半身を起こし、ノートPCの画面を見ると、TwitterのDM着信通知が入っていた。昨日、ノートを貸した友人だ。コピーが終わったので、今日大学に来るなら返したいとのこと。今日は授業ないけど大学には行く用事があるから、適当に時間指定してよ、と返信する。すぐに「じゃあ2限終わった後に渡すわ」と返答が来た。「んっじゃまたカフェで」と手早く返信。

 返信ついでにタイムラインを眺めると、友人たちの「テストだりー」「レポートどうしようかなぁ」などといった愚痴が並んでいた。みんな大変そうだ、と流し見していると、新着投稿がにゅっと表示される。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 30秒前

ちゃんと布団で寝ないと、体いたくなる・・・(/ _ ; )


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 マドカだった。こいつもレポートかバイトで寝落ちしたクチか、まったく何をしているのやら……とトシキは苦笑する。


「さて、涼しいうちに大学に顔出しとくかな」

 昨晩仕上げたテキストファイルを、バイト先と教授にメールで送りつけると、トシキは着替えを始めた。


 大学に着いたのは午前11時過ぎだった。図書館に行くと、普段はガラガラだというのに、試験勉強の学生たちで混雑気味だ。トシキは事前にネットで調べておいた英文学の概論書を3冊借り、足早に図書館を立ち去る。

 その足で、人もまばらなカフェテリアに入ると、見慣れた茶色がかったボブカットの頭が目に入る。マコだった。同じゼミの女の子が一緒だ。あまり授業に出てこないので名前は忘れたが、ときどきマコと一緒にいるのを目にする。派手めのおしゃれな格好で、スタイルも非常にいい。アンクルストラップベルト付きの銀のハイヒールを履いた足が眩しかった。

 見た目はマコとは正反対だが、よく一緒にいるということは仲がいいのだろう。


「よう」

 マコと目があった気がして、トシキが軽く手を掲げると、彼女はブンブン手を振り返してくる。犬の尻尾みたいだった。

 連れの女の子も軽く会釈する。軽く世間話でもしておこうと思い、トシキは彼女たちの席に歩み寄る。


「テスト勉強?」

「そう。サユリちゃんとノートの見せ合いっこしてました」

 連れの女の子の名前を思い出した。瀬戸サユリ。


「わたしがマコちゃんに一方的に見せてもらってるだけですけどね……」

 サユリは外見に似合わず、しとやかな微笑を浮かべる。馬鹿な男子大学生が一発で勘違いしそうな笑顔だった。一般的な大学生の基準からすると、だいぶ「枯れている」トシキでも、少しドキリとしてしまう。


「そういえば、マコちゃん。英米文学史概論のノートいるんだったっけ? 今日これからユウジが返しに来るから、いるなら貸すけど」

 動揺を誤魔化すようにトシキがノートの話を持ち出すと、マコはきょとんと目を丸くする。


「英米文学史概論、あたし取ってないですよ」

「あれ?」

 昨日のTwitterでのやりとりを思い出し、トシキも怪訝な表情になる。


「そ、そうだっけ?」

「竹内先輩、いろんな人にノート貸してくれって頼まれてるから、頭が混乱しちゃってるんじゃないですか?」

 うろたえるトシキに、クスクス笑いながら助け舟を出したのはサユリだった。


「あ、うん……。確かにそうかも」

 釈然としない思いに囚われながら、トシキはサユリに合わせる。


「先輩のノート、あちこちにコピーが出回ってるみたいで、分かりやすいって評判ですよ! 先輩、たぶん気がついてないと思いますけど、うちの学科では結構有名人なんですよ。わたしの友達も、頭良くてカッコいいかもって言ってました!」

 サユリは楽しそうに微笑むと、胸の前で両手をパチンとすり合わせた。


「……で、相談なんですけど。もしよかったら……英米文学史概論のノート、わたしに貸してくれません?」

「あ、うん……。いいよ」

 蠱惑的な笑顔にドキドキしながら、トシキはスマートフォンを取り出す。画面の時刻は11:58を表示していた。


「あと10分くらいしたらユウジが持ってくると思うから、時間があるなら待ってて」

「ありがとうございます! 助かったぁ!」

 大輪の花が咲くような、という形容がぴったりの笑顔を浮かべ、サユリは大喜びしている。

 トシキの心臓が、ドクドクと強い音を立てた。


「お、いたいた〜。トシ〜!」

 そのとき、カフェテリアの入り口あたりから、間延びした声が上がる。トシキが振り返ると、今日も汗だくのバンドマン風青年--ユウジが立っていた。


「そんなに焦ってこなくてもいいのに」

「いやいや! 今日13:00締め切りのレポートがあったのを思い出して! これからすぐ図書館で仕上げて送らないと間に合わん! というわけで、ノートサンキュー、今度メシ奢るわ! じゃ!」

 呆れるトシキにノートを押し付けると、ユウジは嵐のように去っていった。


「大変そうですねえ……」

 マコとサユリも、やれやれといった表情でユウジの後ろ姿を見送っている。


「……というわけで、瀬戸さん、ノート渡しとく。俺はもう使わないものだから、返うのはいつでもいいよ」

「分かりました! ありがとうございます。じゃあ、返すときに連絡するんで、メアド教えて下さい」

 女の子からメールアドレスを教えてくれと言われたのは、いつぶりだろう……というか、メールアドレスってどう教えるのがいいんだろう、口頭で読み上げるのはややこしいしな……などとトシキが戸惑っていると、サユリは自分のカバンからスマートフォンを取り出した。最新型の機種だった。


「ああ、うん……」

 トシキが口頭でアドレスを読み上げると、サユリは素早く画面をフリックして打ち込んでいく。


「じゃあ、テスト送信」

 トシキのスマートフォンがピロリン、と受信音を奏でた。

 メーラーを開くと「よろしくd(ゝ∀・*)デス!!」と顔文字入りのメールが届いていた。


「サユリちゃんのやつ、いま売れている最新機種なんでしょ? お父さんの雑誌で見た」

 二人のやりとりを見ていたマコが間に割り込んできた。


「いいなぁ。あたしもバイト始めて買う。今度こそ買う!」

「マコちゃん、そう言っていっつも買わないじゃん」

 鼻息を荒くするマコに、サユリが軽口で応じる。


「いや、お金が入るとつい、欲しいものが増えてしまいまして」

「前は、携帯買うんだー! って言ってて、結局よくわからない中国ドラマのDVDボックスとか買ってたもんね……」

「あのときはそれが至上の選択肢に見えたんです。計画性がなくてすみませんね」

 マコがおどけて頭を掻いた。サユリはそれを見てクスクス笑っている。

「マコちゃんのお父さん、スマホとかタブレットとかすごい好きなんでしょ? 無意味に携帯何台も持ってるって言ってたじゃん? おねだりすれば買ってくれるんじゃないの?」

「それがねー。うちのパパ様、なまじネットとか詳しいもんだからかなんだか知らないんだけど、あたしをデジタル機器から遠ざけようとしている節があるんだよね。あたしゃ小学生かっての」

 マコは、まさしくいじけた小学生のように頬を膨らませた。


「んじゃ、用事が終わったから、俺帰るよ」

 もうしばらく女の子同士の漫才を見ていたい気分だったが、バイトの進み具合が気にかかったトシキは席を辞した。


「先輩またね!」

「ノートありがとうございます。また連絡しますね!」


 マコとサユリと別れたトシキは、大学の駐輪場に停めた自転車にまたがって、最寄りのスーパーに向かった。作りおきのできるカレーでも作ろうかと思ったが、夏場は傷みが早そうなので思いとどまる。あれこれメニューを検討しているうちに面倒になり、素麺やパスタ、袋ラーメン、卵、もやしなどを大量に買い込んだ。

 思いの外、荷物が重くなってしまったので、トシキはスーパーに併設されている喫茶店で一休みすることにした。

 アイスコーヒーを頼んで席に着くと、スマートフォンを取り出す。

 そこにはまだ、さきほどサユリが送ってきたメールが表示されていた。「わたしの友達も、頭良くてカッコいいかもって言ってました!」というサユリの言葉が思い出されて、少しソワソワした。以前読んだ雑誌に、女の子が「わたしの友達の話なんだけど」と言って前置きを入れて話し始めたら、たいていの場合は自分自身の話をしている……という内容の記事が載っていたことが、不意に思い出された。


(おっと、変な期待をしちゃダメだな。これじゃあ痛い人だ)

 トシキはメーラーをしまうと、Twitterクライアントを立ち上げる。タイムラインの一番上には、ユウジの「セーフ! 勝ったッ、第3部完!」という投稿が表示されていた。投稿のタイムスタンプは12:48。レポートの提出は間に合ったらしい。トシキは内心、「いや、それは負けフラグだろ。レポートは出せたけど単位でないオチだろ」と突っ込む。

 ほか友人たちの動向もチェックする。みんな愚痴は垂れつつも、課題やテストをこなしていっているようだった。トシキはスマートフォンの画面をフリックし、タイムラインをスクロールさせていく。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 42分前

ほんと何なのあの女、死んじゃえ


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「え?」

 突然現れた物騒な投稿に、トシキは面食らって息を飲んだ。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 45分前

ブスのくせに色目使ってバカじゃないの。死ねしねしね


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「なんだこれ……ネタかよ」


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マドカ ‏@madoka_ma1996 46分前

ああああああああ!あたしの男に近づくなよクソビッチ


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マドカ ‏@madoka_ma1996 46分前

馴れ馴れしいんだよブサイク帰れよお前なんでここにいるんだよ


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 タイムラインに並んでいる罵詈雑言に、トシキは息を飲む。

 動揺しながら、さらにタイムラインをスクロールさせる。

 次に目に付いたのは、写真付きの投稿だった。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 1時間前

カフェで待ち合わせ〜


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 文面はまともだった。トシキは添付されている画像のURLをクリックする。

 表示された画像を目にして、彼はめまいに襲われた。

 そこに表示されたのは、さきほど彼がマコやサユリと談笑していた大学カフェテリアの、あの席であった。

 画像の端には女物のカバンが見切れて写っていた。間違いなく、サユリがスマートフォンを取り出した、あのカバンだった。


「おいおい、どういうことだよ」

 添付されていた画像から、おそらく投稿者マドカはマコで間違いない、とトシキは推測する。

 だとしたらマドカが罵倒している相手は、投稿時間から類推すると、サユリである可能性が高い。その場合、「あたしの男」はトシキということになる……。


(俺をからかうために、ネタでやってるんだろうか……。いくらネタでもライン越えだろこれは)

 マコは子供っぽいところがあり、ちょくちょく友人に罪のないイタズラを仕掛けていたことをトシキは思い出す。しかし、こういった、見るものを不快、不安にさせるようなことはしないはずだ。汚い言葉を使うのも嫌いだったはずだ。死ねとかビッチとか口走るマコの姿を、トシキは想像できない。


 トシキがさらにタイムラインを遡ろうとすると、突然スマートフォンが音を立てて震えた。

 驚いて取り落としそうになる。落ち着いて画面を見ると、そこには電話着信を示す表示が出ている。発信者は……ユウジ。


「もしもし」

「お、トシキ! いまどこ? まだ大学にいる?」

「帰り道の喫茶店で休んでる」

「いやさ、さっき大学に救急車が来てたんだよ。ちょっとした騒ぎになってる」

 救急車、という単語にドキリとする。

 いましがたタイムラインで見た「死ね」の文字が脳裏をよぎった。


「事故でもあったのか?」

「そう。うちのゼミの子だ。サユリちゃんっているだろ? 瀬戸サユリ。あの子が旧校舎の非常階段から落ちて、大怪我したらしい。うちの教授と、サユリちゃんと一緒にいたマコが付き添いで救急車に乗って行った」

 トシキたちの通う大学には、1960年代に建てられた古い校舎が一部現存しており、小規模な文系学科の講義に使用されていた。非常階段は段差が急で、足元が滑りやすいため、数年前から大学内では事故を懸念する声が挙がっていた。トシキも以前、雨の日に足を踏み外して5〜6段滑り落ちたことがある。


「……怪我は、酷いのかな……?」

 言うべき台詞が思いつかず、そう言葉を絞り出したトシキの脳裏には、サユリを階段から突き落とすマコの映像が再生されていた。


「見ていたヤツらの話だと、自分では立てなかったらしいけど、意識はあったようだよ。でも骨ぐらいは折れているかもしれない。テスト期間中にとんだ災難だな。あ、そうそう。旧校舎は一時的に閉鎖らしい。教室変更もあるみたいだから、教務の掲示板みといたほうがいいぜ」

「ああ、ありがとう……」

「お前、今日彼女と一緒にいただろ? もしかしたら仲がいいのかと思って、だったら一応知らせておこうと思って。んじゃ、邪魔したな」

「うん。じゃあ、また」

 トシキはスマートフォンの通話終了ボタンをタップする。通話クライアントが閉じられ、開きっぱなしだったTwitterクライアントが姿を現した。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 15秒前

失敗しちゃった……ざんねん(>_<)


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 最新の投稿を見て、トシキの内臓がビクンと震えた。

 ツイートには画像が添付されてあった。トシキが震える指でURLをタップすると、そこには旧校舎の階段が写っている。上から階下を見下ろす構図だった。階段が途切れた先に、何か小さい物が写っている。

 よく見ると、銀のハイヒールだった。かかとの部分に、ベルトが付いている。サユリの靴だった。

 画像を閉じると、また新しいツイートが投稿されていた。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 10秒前

次は失敗しないようにしなきゃね〜( ´艸`)


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  翌朝、トシキは自宅のベッドで目を覚ました。

 枕元に転がっていた充電切れ寸前のスマートフォンを取り上げると、時刻は11:45を表示している。部屋は蒸し暑かった。

 昨日のことを思い出す。事故の知らせを聞き、Twitterを見た後、茫然自失となりながら帰宅し、ベッドに倒れこんであれこれ悩んでいたら、眠ってしまっていたのだ。


(これは……やっぱり警察に相談だろうか)

 Twitterの投稿からトシキが判断するに、マドカ=マコが殺意をもってサユリを階段から突き落とした可能性が高い。サユリは運良く命に関わる怪我を負わなかったようだが、マドカ=マコは再度、凶行に及びそうであった。

 冷静に考えれば、警察にTwitterのログを見せて判断を仰ぐべきだろう。しかし、いくつかの要素が彼にその行動を思いとどまらせていた。

 一つは、犯行を証明する確たる証拠がないこと。

 もう一つは、警察にマコやサユリと自分との関係を勘ぐられるのが嫌だった、ということ。

 ツイートの説明をする際には、マドカ=マコがトシキのことを「あたしの男」と呼び、強い執着を抱いているらしい、という推測を示す必要がある。それには心理的な抵抗があった。

 しかし、何か手を打たないと次の事件が起こるかもしれない。


 警察に相談する以外にも、打てる手はあるにはあった。

 マコに、直接ことの次第を問いただすのだ。もしかすると修羅場になるかもしれないが、面と向かってでなければ命はとられないはずだ……そう考えると、トシキはマコに電話をしよう、と決意を固める。

 しかし、いざ決意を固めた段になって、トシキは重大な問題に直面した。


(そういえば、マコちゃんの携帯の番号しらないぞ……)

 スマートフォンの電話帳には、マコの携帯番号が登録されていない。聞いた記憶もなかった。

 彼女と何かやり取りするときは、パソコンのメールを使っていた。

 少し逡巡し、ユウジの携帯をコールする。ユウジはゼミのコンパでよく幹事をやっていたから、おそらく携帯番号を知っているだろう--。


「よう。どうした?」

 2コールほどでユウジは電話を取った。


「ちょっとお願いなんだけど、マコちゃんの携帯の番号、教えてくんない?」

「え?」

 ユウジの間の抜けた声がスマートフォンを震わせる。「お前何言ってんの?」と言いたげな声色だった。


「至急、連絡を取りたいことがあるんだ」

「おい、トシ」

 憔悴したトシキの声に、ただ事ではない雰囲気を感じ取ったのか、ユウジの声が真剣な色を帯びる。


「マコは携帯持ってないぞ」

「え?」

 今度はトシキが間の抜けた声をあげる番だった。


「あいつの親父さん、マコが携帯持つのが嫌らしくて、買ってくれないらしいんだ。高校時代、携帯持ってなかったのは自分だけだと言ってたよ。マコはああいう……ちょっと浮世離れしたところのある子だから、別に携帯なくてもいっか、ぐらいに考えているらしい」

 そういえば、そんな感じの話を以前に聞いていたような気がする。


「急ぎの用なら、大学で探して伝えるぞ。マコと仲の良い子の携帯なら、いくつか心当たりがある」

「……いや、いいんだ。大丈夫、大丈夫だ……」

 予想外の情報を聞いて、トシキは次の手を考える。パソコンのメールに連絡する? もしくは大学に行って直接探すか?

 いや待て。投稿のタイミングから考えて、マドカのTwitterアカウントは、明らかに携帯端末からツイートしていた。マコが携帯を持っていないというのは、信じがたい。


「おいトシ、本当に大丈夫な……」

 心配げなユウジの声の末尾に、人のざわめきが重なった。ユウジの背後で、何人かが悲鳴や怒号を挙げているようだった。


「……トシ、大変だ」

 喧騒の奥から、ユウジの絞り出すような声が聞こえてくる。


「正門で、人が、はねられた。車に。……あれは……マコだ」

「なんだって……?」

「野次馬は飛び出しだと言っている。ぐったりしてるぞ……。ちょっと様子見てくる、また後で電話する!」

 ユウジとの通話が切れた。

 トシキはスマートフォンを握りしめて呆然とする。

 マコが、車に轢かれた。飛び出し? 自殺? そんな言葉が頭に浮かぶ。いっときの感情の暴発で、友人に大怪我を負わせた良心の呵責から、自殺を図ったのだろうか……?

 スマートフォンの画面を見る。表示されているのは、見慣れたTwitterクライアント。昨日から開きっぱなしだったのだ。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0秒前

今度は間違わずにヤれた♪ うまくいったかなぁ〜わくわく(≧∇≦) クソビッチ地獄に落ちてくだちいm(_ _)m


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「お前は……誰だ?」

 マドカのツイートを目にしたトシキの口から、そんな言葉が自然に漏れた。

 マコは、マドカではなかったことをトシキは理解する。

 また、昨日のマドカのツイートの真意が分かった気がした。マドカがクソビッチと罵り、昨日命を狙ったのは、おそらくサユリではない。本当はマコを狙っていたのだ。「失敗した」とは、殺し損ねたことではなく、狙いを誤ったことを言っていたのだろう。


「お前はいったい、誰なんだ?」


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0秒前

あたしはマドカ。


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 トシキの独白に呼応するように、新規ツイートが投稿された。

 視線を感じた気がして、後ろを振り返る。しかし、当然ながらそこには何もいなかった。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0秒前

あたしはマドカ まどか 円 瞬 窓か 間どか あたしは魔度禍 マどカ まド化 真怒科 まどか あたし 迷香 mado 窗火 窓禍 ま℃歌 目扉下 マどカ まド化 あたし madkかmaドkamadoかmaはmaまmma ど あたしあたしあたしあたしはあたしあたしあたしあたしあたし


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 スマートフォンの画面から、狂気を含んだ哄笑が聞こえた気がした。

 画面から目を背けたい衝動に駆られながら、トシキはマドカのホーム画面を表示させる。マドカの過去のツイートを確認するためだ。背筋に寒いものが伝わるのを感じながら、読み返していく。

 そして気がつく。「マドカが自分のことをツイートしている」とトシキが思い込んでいたものが、実は「トシキの行動を観察してツイートしたものだった」らしいことに。


「何がしたいんだよ……ストーカーだろ、これ……」


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0秒前

あたしフォローしてくれる人大好き☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ 大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き


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 またしてもトシキの独り言に呼応するように、マドカのツイートが更新される。

 トシキはスマートフォンと財布を握り締めると、部屋の外に飛び出した。

 マドカはの正体は、狂気に駆られたストーカーだ。何らかの手段でトシキを監視している。ひとまず逃げなければならない。相手はサユリとマコに重傷を負わせた狂人だ。何をされるかわからない。


(急いでこの部屋を離れなければ!)

 トシキは自宅から2kmほど離れた公園まで疾走した。

 その公園は高台の上にあるため周囲の見晴らしが良く、園内の遮蔽物が少ない。周りに不審な人物がいてもすぐ気がつく。近くに交番もあったはずだ。

 ひとまずそこまで逃げて、対応を考えよう--。

 公園に着いたトシキは、脇目も振らず入り口の階段を駆け上がる。休みを入れずに走ったため、園内に入ったときには息も絶え絶えという有様だった。

 たどり着いたセイフティゾーン--公園の中に、人影は一切なかった。トシキは安心し、地面に膝をつく。


(とりあえず、あいつが誰か突き止めないと……)

 マドカがストーカーであるとしたら、自分の身近にいる人物のはずだ。トシキはそう推測した。でないと、マドカが投稿した大学の写真に説明がつかない。

 マドカは、トシキやマコの近くで誰にも不審に思われずに写真を撮影しているのだ。

 大学の同級生や後輩--心当たりを探ってみたが、思い当たる人物はいなかった。


(そうだ、マドカのフォロワーを見れば……)

 何か分かるかもしれない。

 トシキはスマートフォンに向かい合う。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 8分前

どこいくの〜( ;´Д`)


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 新たに投稿が増えていたが、無視してマドカのフォロワー一覧画面を開く。

 一番上に表示されているのはトシキだ。その下にいるアカウントのアイコンをタップし、情報を表示させる。

 そのアカウントの持ち主は、システムエンジニアをしているサラリーマンのようだった。「さっきーです☆ システム屋5年目。ツイッターではお酒や旅行、読んだ本の話など。気楽に絡んでください」という、平和で平凡なプロフィール文が並んでいる。

 トシキを愕然とさせたのは、「さっきー」のアカウントが残した、最新のツイートだった。


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さっきー ‏@sa****************** 2015年6月15日

皆様、初めまして。さっきーこと、榊原翔太の姉です。6月12日、事故で**病院に入院しておりました翔太が永眠いたしました。

急なことゆえ、葬儀は親族のみにて執り行いました。

生前のみなさまのご厚誼に感謝し、謹んでお知らせ申し上げます。


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 家族からの逝去報告だった。それ以前のツイートを遡ってみたが、とくにこれといった特徴はない。旅行の写真や、読んだ本の記録が雑然と並んでいるだけだ。

 震える手で、トシキは次のフォロワーを表示させる。こちらは平凡な男子大学生のようだった。ツイートを見ると、2015年4月の段階でツイートが途切れている。こちらもツイートの内容に、とりたてて不審な点はない。ただ、4月に投稿された最後のツイートが「お前はなんなんだよ」だというのが気になった。

 次のアカウントは、ゴルフが趣味の中年男性だった。


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タナベ◆めざせ!ホールインワン ‏@nabe****************** 2015年4月22日

田辺の妻です。夫が行方不明となっています。2月20日に会社に行くと言って家を出たまま帰ってきません。

現在、警察に相談し、捜索していただいておりますが、手がかりがありません。

お心当たりのある方がいらっしゃれば、**警察署までご一報ください。


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 こちらも最後のツイートは、家族による捜索願いであった。ツイートには画像が添付されており、「タナベ」氏本人と思われる顔写真、担当警察署の電話番号や、家族のメールアドレスが記載されている。狂言ではなさそうだった。


「どうなってるんだよ……」

 残りのフォロワー全てを確認し、トシキは頭を抱える。わずかの共通点を除いて、フォロワーの性質はバラバラだった。

 わずかの共通点。それは、男性であること。そして、トシキをのぞく全てが死去、失踪、もしくはツイートが途絶していること。

 スマートフォンのバックボタンを押し、再びマドカのホーム画面に戻る。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前

昔の男のことなんてどうでもいいじゃん いまはあなた一筋よ〜(≧∇≦)キャ〜


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「悲鳴をあげたいのはこっちのほうだ」

 恐怖を押し殺し、トシキは毒づく。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0分前

暑いとイライラするね! 公園暑いよ〜 早く戻ろ?


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 トシキは慌てて周囲を見回す。相変わらず、誰もいなかった。

 しかし、マドカはこちらを監視している--。


「どこにいる! 出てこい!」

 目を血走らせて、声を張り上げた。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0分前

ずっとそばにいるよ〜 大好き(*^◯^*)


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「ちくしょう! ふざけんな!」


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0分前

好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き


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 トシキは声にならない悲鳴を上げた。

 この公園も安全ではない。早く、どこか遠くに逃げなければ。

 ねっとりとした不安や恐怖に駆り立てられ、トシキは走り出す。さきほど全力失踪したばっかりなので、足の筋肉が強張っている。


「早く、ここから……」

 公園の入り口まで全力で走り、階段を全力で駆け下りようとした。そのとき。


「あ……」

 強張った足がもつれた。体が階段に投げ出される。

 転倒したトシキの側頭部が、階段の縁に強く打ちつけられた。「ゴン」という硬い音が響く。

 トシキの体は糸が切れた操り人形のように、階段を転がり落ちていく。

 階段の下でうつぶせになったトシキは、ピクリとも動かない。

 転倒の直前まで手に持っていたスマートフォンは、彼の頭のそばに落ちていた。転倒と落下のショックで、画面を覆うプラスティックには蜘蛛の巣のようなひびが入っていた。画面がひび割れ、充電切れ寸前であったが、中の機能はまだ生きているらしい。Twitterクライアントに、新たなツイートが表示された。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0分前

またやっちゃった……


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 スマートフォンが「ブブン」と不快な警告音を奏でた。


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バッテリーが残り1%です

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 電力残量警告のポップアップが表示される。まるでそれが、持ち主の命の残量を示すかのように。


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0分前

あう〜 いっちゃったよお なんでなんでなんで・・・


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マドカ ‏@madoka_ma1996 0分前

さみしいよお・・・ さみしいよお・・・新しい彼を探さないと・・・…>_<…


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 マドカの最後のツイートを表示させると、バッテリー切れしたトシキのスマートフォンの画面は、暗い闇に包まれた。



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 ポーン♪


 2015年8月某日午前0時。

 日本のどこかで、スマートフォンのTwitterクライアントが、フォローを告げる通知音を奏でた。

 スマートフォンの持ち主の男は、眠い目をこすりながら、新しいフォロワーのプロフィールを表示させる。


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マドカさんはツイートを非公開にしています。


@madoka_ma1996は非公開設定です。

許可されたフォロワーのみが@madoka_ma1996さんのツイートやアカウントを見ることができます。[フォローする]ボタンをクリックしてフォローリクエストを送りましょう。

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 知り合いだろうか。

 男はとくに深い考えも抱かず、フォローボタンをタップした。



〜『マドカさんはツイートを非公開にしています。』 終わり〜

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ぼくの気まぐれ奇想短篇 怪奇!殺人猫太郎 @tateki_m

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