[1]月の裏側、アブダクション

 地球からは見えない、月の裏側で。

 複数の宇宙文明の連合組織である「銀河連邦」の、秘密の会合サミットが開かれていた。


「さて、お集まりのみなさん。本日の議題はお分かりですね?」


 会議の口火を切ったのは、地球のタコにそっくりな「火星人」だった。今日のサミットの議長を任せられている。


「一部の不埒な宇宙人の間で、いまだに行われている不法行為——地球人類の誘拐アブダクションについてね」


 火星人の問いに答えたのは、オリーブ色の肌に、長い黒髪を垂らした、中性的な顔立ちヒト型の宇宙人だった。身長は130cmほどと、地球人に比べると小柄だが、体全体の造形はよく似ている。

 この宇宙人は、銀河連邦内では「エロヒム」と呼ばれていた。


「ちょっと待ってくおくんなはれ。すべてのアブダクションが反宇宙社会的行為や言うんは、ちょっと不見識とちゃいますかな?」


 エロヒムに対して抗議の声をあげたのは、小柄で、銀色の体をした宇宙人——「グレイ」だった。手足は棒切れのように細く、反面、目は地球人のギャルが着用するサングラスほども大きかった。


「地球人の文化について調査するための学術的アブダクションは、アンドロメダ条約で認められとるはずやろ?」


 グレイの反論に、エロヒムは呆れ顔を浮かべる。


「またそんなオタメゴカシを! 何か学術調査ですが。あなたたちグレイが学術調査の名を借りて、面白半分に地球人をアブダクションしているのは、ここにいるみんなが知っていることでしょう」


 吐き捨てるようにエロヒムは言う。


「あなたがたには、地球人に対する殺害、虐待容疑がかかっています」

「冗談言うたらあかんがな、そりゃ冤罪や! 確かに我々は、牧場の牛を面白半分に殺したりする。でも、知的生命体を虐待したことはあらへんで!」


 エロヒムはグレイの抗弁を鼻で笑った。


「アブダクションした地球人の脳に、マイクロチップを埋め込んでいると聞くけど?」

「やってへん! いや、確かに昔は地球人の行動観察や、実験のためにやってたけどな? でもそれは条約締結前の話やぞ。いまは断じてやってへん!」


 グレイが、か細い腕で議場のテーブルを力一杯殴りつけた。


「いま、脳にチップを埋め込まれたとか言うてる地球人は、全員ただの妄想狂や! あいつらときたら、自分たちの不安や欲求不満による幻聴や幻覚を、全部俺たちのせいにしおってからに!」


 大きな目にいっぱい涙を溜めながらグレイは絶叫する。


「ちくしょう、我々はそないに野蛮な宇宙人やない。信じてくれ!」


 気まずい雰囲気が議場を包み込んだ。


「まあまあ、グレイさん。落ち着いて」


 優しい声でそう割って入ったのは、宇宙人の中では比較的良識派で知られる「金星人」である。

 背格好などは地球人の白人と大差がないが、知的そうにひいでた額と灰緑の瞳が特徴だ。


「私たちの調査によると、グレイさんたちは反宇宙社会的なことはされていないようですよ」


 金星人の弁護を受けて、グレイが胸を張る。


「せやろ? ほらな。見とる人はちゃんと見てんねん!」


 一瞬、微妙な沈黙が流れ、エロヒムが軽く咳払いした。


「……失礼。そういえば、不法アブダクションの嫌疑がかかっているのは、グレイさんだけではなかったはずだが」


 議場にいる全員の目が向いたのは、二足歩行の大トカゲめいた宇宙人——凶悪な面構えの爬虫類型宇宙人「レプタリアン」だった。


「フシュル……なぜみんなオレのほうを見るシュ?」


 鋭い牙の生えた口が言葉を紡ぐごとに、牙の間からシュウシュウと耳障りな息が漏れる。

 居並ぶ宇宙人たちは、レプタリアンから目をそらすと、互いに顔を見合わせた。


「いやさ」

「なんでって言われてもな」

「ねぇ……?」


 火星人がレプタリアンのほうを見ると、変温動物である彼(?)の額に青筋が浮いていた。


「シュ……諸君ら、言いたいことがあるならはっきり言うでシュ。確かに我々は、以前は地球人類を捕まえて捕食していたでシュ。地球人料理は我々にとって、伝統的な文化の一つであったのでシュ」

「野蛮な文化ね! 知的生命体を食べるだなんて!」


 レプタリアンの熱弁を遮ったのは、眉に縦ジワを寄せた金星人だった。

 吐き捨てるような金星人の台詞に、エロヒムが深く頷く。


「本当! なぜ彼ら野蛮なレプタリアンが、先進星の宇宙人とみなされているのか……理解に苦しむね」

「シュシュ! 我らは星間社会での批判を慮って、泣く泣く伝統食の廃止に踏み切ったんだシュ! 自星の文化を他星に押し付けるのは帝国主義的だシュ!」


 レプタリアンが決然と椅子を蹴って立ち上がった。


「それに野蛮なのはお前らでシュ! ここ最近、運行中のレプタリアンの調査船に、金星人やエロヒムの反アブダクション過激派の船が体当たりしてくる事件が多発しているのでシュ! 知らないとは言わせないでシュよ!」


 冷酷そうな爬虫類の瞳が、凶暴な光を放った。

 その陰で、グレイが「第一なぁ、地球人類が本当に知的生命体かどうか、わかったもんやないで」とつぶやいたが、議場に集まった面々はレプタリアンの威容に圧倒されていたため、グレイの問題発言に気づいた者はいなかった。


「そのうち本当に死人が出るから辞めさせるでシュ!」

「あんたたちが疑われるようなことするからいけないのよ」

「まぁまぁ、レプタリアンさんもエロヒムさんも、落ち着いて。ふう……やれやれ」


 火星人が、どこからともなくハンカチを取り出してタコ頭に浮かんだ汗をぬぐいながらぼやいた。


「フシュー……。まったく、宇宙人も地球人も、レプタリアンに偏見を持ちすぎだシュ」

「そういえばこの間、地球のドラマを見てたんだけどさ。その中でレプタリアンさん、地球人食料化計画とか立ててたよね。あれは傑作だったなぁ」


 グレイが手を叩いて笑った。


「俺らも地球のドラマの中じゃ、扱いは悪いほうやけど、レプタリアンさんは別格って感じするなぁ。あのドラマじゃ、地球の水資源を略奪するために侵略してきたってことにされててさ……ぶははは! あかん、もうダメ! おかしすぎる! 地球人のジョーク最高!」


 笑いのツボに入ったらしく、グレイは腹を抱えて笑っている。


「水が欲しかったら、小惑星や彗星から採るっちゅーねんな! 何が悲しゅうて、地球から水ひっぱんねん! うひっ! ひっく! わははは!」

「シュシュ……我々は容姿が地球人からかけ離れているせいか、必要以上に悪い印象を持たれている気がシュル」

「確かに、その点では私たちも変な誤解を受けてますねぇ」


 感慨深そうな口調でつぶやいたのは火星人。


「地球の映画や小説は、うちの星でもB級モノが好きな連中にバカ受けでして。怪しい裏風俗店に行って、ヤバい病気をもらってくることを“地球に行ってきた”と表現する慣用句もあるくらいで……」

「議長、会議の品位を貶める発言はご遠慮ください!」


 切れ長の目をさらに尖らせて、金星人が警告を飛ばした。


「ははあ、どうもすみません……」

「火星人さん、前にも“ミニにタコができる”って下ネタ言って怒られましたよね?」

「まったくもって面目ない」


 火星人はタコ頭をぺこりとさげた。


「いやー、それにしてもや。地球人に似とる連中って、得やわな」


 今度はグレイが金星人に嫌味を飛ばした。

 グレイはその余勢をかって、批判の矛先をエロヒムに向ける。


「エロヒムはんなんかさー、ちょっと地球人に似とるからって、“地球人類は自分が産み出したクローンだ”とかいう情報を地球人に吹き込んどるんやろ? 引くわー、ドン引きですわ」


 グレイの嘲笑を受けて、エロヒムが憤然と立ち上がった。


「ちょっと待ってくれ。私の星の宗教では、25000年前に地球人類を生み出したのは我々だということになっている。グレイ氏のいまの発言は、我が星の宗教や文化を愚弄するものだ!」


 このエロヒムの抗議に異論を挟んだのがレプタリアンだ。


「きみたちのシュ張——エロヒムが地球人類の祖だというのは、科学の世界だとほぼ根拠のない言い伝えとされていると聞きまシュが」

「宗教の問題と科学の問題は別だ!」


 怒り狂うエロヒムだったが、ここですかさずグレイが揶揄を飛ばす。


「エロヒムはん、そうは言うけどな。あなたがた、いろんな会議でいっつも『地球人類エロヒム起源説』を持ち出して、“だから地球人との交流権は、エロヒムがもっとも優先されるべきである!”なんて言いだすやん。そんなことしとると、宇宙社会で孤立するよ?」

「面白半分で牛を殺し回ってるあんただけは言われたくないよ!」


 この一言が戦いのゴングとなり、グレイとエロヒムが取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 金星人はため息をついて目を伏せ、レプタリアンは呆れたように天を仰ぐ。

 火星人はどこからともなく小型のリモコンを取り出すと、その中央にある赤いボタンを押した。

 すると議場の入り口のドアが音もなく開き、ランタンの下に三本の触手型の足が付いた警備ロボが姿を現した。


「トライポッド、あの人たちを外に」

「ビビー! カシコマリマシタ!」


 火星人の戦闘機械トライポッドがグレイとエロヒムをひょいと捕まえて議場の外へ運んでいく。


「また会議がウヤムヤになったでシュ……」

「いつも実りのない会議とはいえ、今回は特に無意味だったな。私も、今日はお暇しますね」


 レプタリアンと金星人は口々にそういうと、議場から去っていった。

 ただ一人残された火星人は、タコ口を歪めて苦笑い。


「やれやれ、我々がこんな幼稚な会議をしているなんて、地球人が知ったらなんて思うでしょうかね……」


*************

 この火星人は知る由もなかった。


 この日の会議を記録した映像が地球に流出し(グレイの未成年ハッカーによる面白半分のいたずらが原因だった)、地球の各国首脳の目に触れることを。

 そして「なんだよ、宇宙人の思考って地球人とそんなに変わんねーじゃん。バカばっかりで安心したよ」というアメリカ大統領の失言がきっかけとなって、地球の銀河連邦入りが決定することを。


[了]

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