(6)
スムーズに面接は進み、俺はキッチンのスタッフとして雇われることになった。雇用契約書の提出日も初仕事の日も流れるように決まっていく。
「雇用契約書を提出してくれたときに、制服も渡すね」
店長はそう言いながらファイルから新しい契約書を取り出しつつ、
「そうそう、だから男子用制服、一式、用意しといてね」
と、後ろの若い社員さんに声をかけた。
「はい」
彼は返事をする。そいつは見るからになんだかチャラそうなやつだった。
店長から必要書類を手渡され、俺はお辞儀をした。
「これからよろしくお願いします」
「うん。じゃあね」
手つきで退室を促され、俺は事務所を出た。
俺がドアを開けても、スタッフルームにいたスタッフたちの談笑が止むことはなかった。今思えば、彼らは単純に「新しいメンバー」っていう存在に慣れきった人たちだったから、いきなり事務所から出てきた俺のことを見ても何にも思わなかったんだと思う。その男女関係なく混ざった会話の中に、面接が始まる前に俺に話しかけてきた彼女がいた。彼女は俺と目が合って、微笑みかける。
「どうも。こんにちは」
「あ、こんにちは」
さっき店長とは緊張感なんてこれっぽっちもなしに話ができたのに、相手が女の子だと少しこわばってしまう。そんなんだから恋愛経験なんて浅いままなんだ、とか、思い出したくもない友達からの一言が頭を掠める。
しかし、彼女はそんなことお構いなしに、
「もう面接は終わり? これから一緒に働けるのかな? よろしくね」
と話しかけてくる。しかも彼女の言葉を皮切りに、周りのスタッフたちからあらゆる質問攻めに遭った。降りかかってくる質問の嵐にどうにかこうにか受け答えながら、それでも俺は、その会話の中からほんのちょっと彼女のことを知った。
俺より2歳、年上な事。朝から昼にかけての時間帯で、シフトを提出していること。よく、背が低いことで他のスタッフからいじられること。周りからはまあまあ頼りにされるくらい仕事ができること。だけどたまに、凡ミスをすること。笑顔が、かわいいこと。
質問攻撃をくらい続けるにつれて、ここのスタッフたちが本当に面白い人たちだと判った。それに自分が集団の中で、これほど早く打ち解けることができたのが、実は物凄く驚きだった。
スタッフたちはお互いのことを、苗字に「さん」をつけて呼び合っていたけれど、俺だけは、彼女のことを「先輩」と呼ぶことにした。なんでかっていうのは、正直、自分でもわからない。もしかしたら彼女に対する「俺だけの」何かがほしかっただけなのかもしれなかった。
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