(2)

 いまどき、バイクに乗ってて「カッコイイ!」なんて言ってくれる女の子なんていない。尾崎豊も遠いムカシに天国の門を開いちゃったから、俺みたいな走り屋のことをカッコよく歌ってくれる人もいない。盗んだバイクじゃ走り出さない。そもそも俺、もう15じゃない。ちょっと前に成人式を終わらせてしまっている。さようなら!キラキラな青春!!

 調子に乗ってビュンビュン走っていたら流石にしんどくなってきた。昼前、家を出たはずなんだけど気が付いたら日が暮れていたし。あれ、飯食ったっけ?道の駅に寄ったのは大体14時くらい。じゃあ昼飯は食ってるか。晩飯は?覚えてねぇや。なら、食ってないのか。だからこんなに腹が減るのか。こんなにも蒸し暑い季節だから、水分補給だけはちゃんとしてきたが、食うことはあんまり考えていなかった。

 てか、俺何してんの。

フルフェイスの中は汗まみれで苦しい。よくこんなもん被ってたな。ジャケットも厚いし。だから暑いし。あほじゃねぇか。元からあほか。それなら仕方ない。周りを見渡しても点いている灯かりは街灯のそれくらいで、すっかり街は寝静まっている。よくもまあ、こんな時間まで走り続けてるもんだ。

 高速を走るよりも下道の方がずっと面白いから、今日は飛ばすことを考えずに走っていた。高速だったら、SAにでも頼れたのかなぁ。今はとにかく、食料確保のためにコンビニに寄りたい。バイクを路肩に止めて、スマホを取り出す。地図機能さえ使えば、最寄りのコンビニなんてきっとすぐに見つかる、はず、だ、った…。

 なんでバッテリー切れとるんじゃああああああああ!

 おお、神よ。我らの父よ。どうかその試みに遭わせず、我を救いたまえ。ミッション系の大学で習ったような気がする祈りの言葉を頭に浮かべてみたが、口にも出していない祈りが天に届くはずがない。食うもの…なんか…食うもの…。

大通りだというのにこの閑散とした状態。いや、深夜だから仕方ないんだけれど。どこか、それっぽい灯かりはないか。なんでもいい。お腹を満たしてくれそうな、なにか。

 しばらく目を凝らしていると、大通りから脇に逸れた路地に、ぽつん、とひときわ大きな光が見えた。大きな、と言ってもその路地が真っ暗だから目立ったもんで、きっと昼だったら気付かなかったであろう、そんな柔らかなオレンジの光。路地に入り、近づくにつれて存在感を示すその光は、どうやら建物の窓の向こうから射していて、窓を覗くとショーケースに並べられた洋菓子が、ずらり。一見、誰かの家にも見える三階建ての扉には“Clivia”と書かれた木の看板が、そっと掲げられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る