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 彼と初めてまともにしゃべったのは、私が高校を卒業してすぐの頃だった。「受験も終わったことだし、もう会えなくなる人もいるんだからみんなでカラオケにでも行こう」とクラスメイトの誰かが提案して行われたクラスのカラオケ会でのことだ。一年間ずっと同じクラスだったにも関わらず、なんだかんだ彼のことは苗字くらいしか知らなかった。それがあの日、たった一回私に回ってきたマイクが私と彼を繋げた。

少しマイナーなロックソングを歌い終わった私の隣に、彼はわざわざ座りなおして、

「あのバンド、君も好きなの?」

と話しかけてきたのだ。そのとき、空のグラスを握る彼の右手が心なしか震えていたことを、私は覚えている。

 告白したのも彼の方だった。大学一年の夏、何度目かの彼とのデートの帰り道。駅に着いて、もうあとはさよならを言うだけになって、彼は唐突に、

「好き」

とだけ言った。

 私自身、誰かと付き合ったことなんて一度もなかった。彼に誘われるまでは誰かとデートに行ったこともなかった。正直な話、男の子に好かれる女の子の境遇に憧れはしたものの、男の子の目ばかりを気にして毎日を過ごすのは癪に触った。だからこそ、ほとんど予測できた彼の告白は、それでもまるで氷水を吹っ掛けられたかのような衝撃を私に与えた。

 付き合ってからも、彼と過ごす時間はいつだって楽しかった。毎日電話して、週に一回くらいは会って。優しい彼はよく私のことを気遣ってくれた。無理なわがままなんて一つもいわなかった。そして大抵のことは快諾してくれた。まあ、私も彼に対して無茶なお願いは気が引けたから一度もしなかったが。ただ、彼の部屋にお邪魔したいっていう希望だけは頑なに断られていた。

 そんな彼に、私がプレゼントしたもの。誕生日プレゼントよりも喜んでくれたもの。それがバレンタインに渡したレモンクッキーだった。

正直、上手く作れてはいなかったと思う。ちゃんと分量も測って作ったのに、夜中に目をこすりながら作ったせいだろうか、焼く時間を失敗したせいでかなり固くなってしまった。少し焦げている感じがその色合いからも納得できた。しかし作り直す気力もなくて、比較的おいしく焼けてそうなものを選び、小さなビニール袋に入れてリボンをかけた。

渋い顔で私が渡すと、彼はちょっと驚いて受け取り、クスリと笑いながら

「ありがとう」

といってくれた。そして彼はすぐさま袋を開けてひとつクッキーを取り出し、頬張った。

「おいしい」

彼のその声で、言葉で、笑顔で、私は気付いてしまったのだ。“救われる”とは、こういうことだと。「ありがとう」って言ってくれた。「おいしい」って言ってくれた。そうやって、決して絶品とは言えないであろう私のお菓子を、私の心まですべてひっくるめて、彼は受け止めて消化してくれたのだった。

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