(3)

 手のひらに氷の冷たさがじんわりと伝わっていく。グラスは少し結露を帯びていた。彼女は布巾でカウンターの上を拭いている。不思議な人だった。私と同じくらいの歳だろうか。年上にも見える。しかしきっと、彼女のうっすらと伸びるファンデーションの下に潜むシミの数を推し量りたくなったのは、その曖昧な年齢を知りたくなったからだけではなかったと思う。ほんのり嫉妬した。彼女は美しかった。いつだったか、通りかかった公園で見た水仙のような、そんな人だった。

 彼女は一体、どれぐらいのひと達に好かれてきたのだろう。どんなひとの心の支えになってきたのだろう。恋人をつくるにも、きっと私ほどの苦労はしなかったに違いない。私は頑張ってもはりぼての美しさしか作れないのに。グラスは部屋の明かりをすかしながら、それでも薄く、突き込むように私の手の甲に影を落とした。

 影から目を少し逸らそうと手首を見やった。そのとき、ようやく気が付いた。私、まだこのブレスレットを着けていたんだ、と。確かそう、去年のバレンタインの日に、彼の部屋に遊びに行ったときにプレゼントされたものだ。あの時、彼は必死になって照れてることを隠しながら渡してくれたのだ。「逆チョコ?」なんて聞くと、「チョコじゃないけどね」なんて彼は言っていた。その時に、私も渡していたのだ。「こっちもチョコじゃないけどね」とわらいながら、あのお菓子を。

「すみません、あの、クッキーってありますか?」

私の急な問いかけにも彼女は落ち着いた様子だった。

「ございますよ」

「レモンクッキーがいいんです」

「ええ、かしこまりました」

「いや、えっと、レモン果汁よりも果皮が主役のものなんですが…」

「あなたがいらっしゃる少し前に焼きあがったばかりです。ご用意いたしましょうか?」

「あ…お願いします」

 彼女は静かにお辞儀をして、グラスを持ってきたのと同じ開けっ放しのドアの向こうへと姿を消した。

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