第4話 相性判断

私には、絶対に叶えなければいけない願いがある。

その為なら、私はどんな手を使っても勝ち続けなければいけないんだ。

鞘に収めたままの刀を上段に構え、対戦相手と向き合う。

コートを羽織った青年、植野銘人うえの・めいとはどこか飄々とした捉えどころない笑みを浮かべている。……なんというか、あまりやる気を感じられない。仮にテストに合格したとして、共に優勝を目指せる相手なのだろうか。実力に見合う相手でなければ、自力で他のパートナーを探したほうがいいかもしれない。

そんな私の考えを知らないであろう植野は、笑顔のまま問いを投げてくる。


「なぁ優衣、刀は抜かなくて大丈夫なのか?」

「っ……………えぇ……問題ありません。そちらこそ、この距離で大丈夫ですか?」


一瞬体がこわばるのを感じたが、改めて柄に力を込め、なんとか言葉を返す。というかいきなり呼び捨てとは、意外と失礼な男だ。


「あぁ、問題ないぜ。だとどんな距離で攻めてくるか分からないだろ?つっても、弾はゴム弾だけどな」


植野は肩をすくめながら、腰のホルスターに触れた。とは大会のことだろうか。どちらにせよ、実弾ではない以上多少の無理は出来そうだ。


「それでは、私からいかせてもらいます」

「おぅ、いつでもオーケーだ」


そう応える植野もホルスターから銃を引き抜くと、先ほどとはまるで別人のような鋭い瞳を向けてきた。思わず息をのみ、私はすぐさま意識を戦闘モードに引き込むと、呼吸で飛び出すタイミングを計る。

3…2…1……0《ぜろ》!

心でのカウント終了と同時に地を蹴り、距離を一気に詰めていく。

銘斗は素早く構えた銃から銃弾を撃ち放ってくるが、相手の視線を追えば回避と迎撃はさして難しくは無かった。神経を焼き切れるほどに研ぎ澄まし、弾丸を紙一重でかわしながら、あるいは受け逸らしながら私は猛然と相手との距離を詰める。

だが、残り5メートルほどの距離にまで接近した瞬間、銘斗の口元がわずかに綻んだ。


「っ!!」


本能が警鐘を鳴らしたのと同時に私は体を無理やり捻りこみ、後ろに大きく飛び退く。直後、眼前を謎の針のようなものが高速で通過していくのが辛うじて確認できた。

だけど、一体どこから!?

私は地面に片足が付いた直後にもう一度大きくバックステップをして距離をとると針の軌道を辿る。その先では植野が何かを蹴りあげたような体勢で、今度こそ驚いたような表情で固まっていた。


「おいおい…今のかわすとかどんな反応速度してんだよ。絶対当たると思ったんだけど…!」

「今のは完全に運です。どこからあんなものを?」


……まぁ、相手が馬鹿正直に話してくるはず無いか…

しかし相手は馬鹿なのかよほど自信があるのか、下の部分を指さしながらニヤリと笑った。


「足を上げた瞬間に靴の先端から麻痺針が出るように仕込んでおいたのさ。技名を付けるとすれば『パラライズシュート』ってとこか」


パラライズシュート……率直に言ってダサい。だが奇策技の名前はともかく、私は植野に対する認識を心の中で改める。どうやら伊達に世界大会にいっている相手では無いようだ。

腰を落とし刀を構えなおすと、植野はニヤリと意地が悪そうに笑みを浮かべた。


「ならそろそろ、俺もちょいと本気を出させてもらうぜ。『モードチェンジ・イレギュラリティショット』」


植野の銃がチカチカと青やら赤やらの様々な色に高速で点滅し始めると同時に、一発の弾丸が飛び出してきた。

とはいえ、先ほどより速い弾丸では無いので、すぐさま弾丸を迎撃しようと私は刀を振り払…


「っ!?!」


刀が弾丸に触れる直前、それは突如として二つに割れると両肩に衝撃を与えてきた。二発目も間髪無くはなたれ、こちらをあざ笑うかのように蛇行しながら軌道は縦横無尽に変化する。

咄嗟に弾丸の前に滑り込んでわずかな切り傷で済ませると、全身を前に倒して大地を大きく蹴り飛ばした。

おそらく、植野との戦いでは長引けば長引くほどこちらが不利。どんな手を隠し持っているか分からない相手に対してこちらは刀一本のみ。

ならば………やられる前に打ち倒す!

刀を突き出すように中段に構え、心臓の音に合わせて大地を蹴り続ける。体重を前では無く、刀に預ける。完全に避けきれない弾丸が体に痛みを走らせるが、その度に相手との距離はグンと縮まっていく。

と、ようやく植野の顔が笑みでも鋭い顔つきでもない、焦りのようなものが浮かんでいた。

今なら、いける!


「ぃやぁああああっ!!」


私は体を捻りながら大地を踏み込み、無理やり植野の懐に入りこんだ。

口径をこちらに向けてくるがもう遅い。

植野の右手が持つハンドガンを外部に弾き飛ばし、刀ははんば自動的に胸元めがけて吸い込まれていく。これで勝負は決する。

――――そう確信していたからこそ、自分の視野が狭まってしまっていた。

いつの間にかコートの裏側に左手を突っ込んでいた植野は、眩い閃光を放つ何かを取り出していた。


「くっ!?」


思わず目をそらしたくなるほどの光の中で、それは身丈よりも長い棒状のものに変化するのが見えた。ような気がした私は、横なぎに払われたそれを腹部にまともに喰らって吹き飛ばされたことに、数秒たって気が付いた。

鈍い痛みを抑え込みながらも相手のほうを見やると、眩い閃光が徐々に光を弱めていき、自分を攻撃したものの正体が確認できた。

あれは……槍…!?


「ったく、まさかここまで追いつめられるなんて思ってなかったぜ」


穂先から柄に至るまでのあらゆる部分が白く輝きを帯びているその槍は、華奢ながらも美しくその存在を主張している。


「それが…先輩の切り札というわけですか…」

「あぁ。神滅雷槍しんめつらいそうケラウノス。触れただけで雷落とされた気分になれるバケモノ武器さ」


植野は感覚を確かめるように槍を回し、中段に構えながら不敵に頬を釣り上げた。


「久しぶりの白兵戦だ。ちょいと怪我しても文句は無しだぜ?」

「……それはお互い様ですよ、先輩」


おそらくあの槍が彼の、世界大会進出者、植野銘人の切り札。ただの模擬戦といえど、もしかしたら一撃浴びせられただけでも命が消し飛ぶ可能性もあるかもしれない。

……出来れば、大会まで抜きたくはなかった。

けれど。それでも、こんなところで負けてるわけにも…いかない!!


「私は……限界を超えて未来を切り開く!」


植野銘斗、あなたは来れるか?

――――限界のその先へ――――




※ ※ ※




ぶっちゃけていうと、この槍はケラウノスとかいう大層な名前は付いていない。ただのスイッチ一つで閃光(LEDライト)を放つだけの折り畳み式の槍である。いやー、昨日若干感電してまで仕込んでおいた甲斐があったわー。

まぁこれで、あっちも接近戦に持ち込みづらくなっただろう。じゃなきゃ困る。そもそも弾丸の軌道を刀で変えられる奴に普通にやって勝てると?


「私は……限界を超えて未来を切り開く!」


優衣は決め台詞っぽいものを決めながらこちらを見据えてくる。凄くカッコイイ……!!俺も決め台詞本格的に考えておいたほうがいいかな…

くだらない事を考えているうちに、優衣は刀の柄に手を携え、半分ほどその刀身を露にする。


――――其ノ身ニ―――死ヲ呼ブ"絶望"ヲ―――


「っ!?」


突然、頭の中に直接ぞっとするほど低い声が響き、圧倒的な殺意が体を神経の隅々まで浸食していく。

俺は能力に名づけられるタイミングは、自分の能力のおかげで本能的に理解できる。つまり相手が能力を発動させているかどうか把握できるのだが、彼女はまだ、能力を発動すらさせていない。

全ての能力者は、自身の体そのものに能力の根源を内包しており、発動と同時にその力を外部に放出している。俺は能力の副産物としてその流れが見えるのだ。

がしかし、目の前にいる少女には、刀から出る赤黒い帯状の光が絡みついており、明らかに力の根源は刀である。

有り得ない。有り得てはいけない。能力は人間しか得ることができない。ましてや生物以外が得られるはずがない。

しかしそんな世界共通の常識は、目の前の光景とは大きく矛盾する。もしあの刀が能力を発動させたらどうなる? そもそもあんなものに俺の能力は干渉できるのか?

疑問は次々と頭に浮かんでくるが、優衣が刀身を再び鞘に納めるのと同時にそれを無理やりひっこめ、槍を構える。

対する優衣の体勢は今まで見たことがないほどに低く、持つ刀だけが高い位置をキープしていた。その独特な構えは普段なら冗談でも言いたくなるだろうが、俺はそこからあふれんばかりに放たれている威圧感に蹴落とされないようにするのが精いっぱいだった。

緊迫した空気が数十秒流れ、優衣の足が一歩前に踏み出されたその瞬間、


「―――――ッ!?」


眼目には殺意が俺の命を削りに迫っていた。ほぼ同時に放たれた神速とも言うべき刀の軌道を、死から逃げようとする自分の本能だけで槍を動かして僅かに逸らす。

優衣の視線はあくまで冷ややかで、先ほどまであった人らしさはもうどこにも無い。

不意に、俺の頭にわずかな既視感が奔る。

俺はどこかで……この顔を見たことがある…?

そう考えてしまった一瞬、手先がぶれ槍の矛先が刀を捉え損ねる。


「っ!!」


しまった、そう思った時には既に懐に刀が突き立てられ、超高速で後方に吹き飛んでいた。背中はすぐに訓練場の壁に到達し、鈍い衝撃が体全体に響き渡る。

気が付けばドロリ、と腹部から粘ついた液体が溢れ出ていた。

痛い。死ぬほど痛い。正直言って体は棄権することを望んでいる。だが残念ながら彼女を見極めるためにも最後まで闘う義務がパートナーにはあるのだ。


「………ったく、一撃で貫通とか、マジで殺す気だったよこの美少女。いくら能力者でも腹部貫通は笑えないから」


大きな穴が出来た防弾チョッキからは、衝撃を吸収してくれるはずのダイラタンシー流体が、べちょべちょと音を立てながら外部へ漏れていて、チョッキは見事に役割を放棄している。まぁこの量の血液が流れ出るよりはマシか…結構お値段張ったんだけどなぁ……。

俺は舌打ち交じりにチョッキを切り離して横に投げると、槍で体を支えながら立ち上がって前を見据える。

対する優衣は、あくまで冷たい視線を放ちつづけながら刀をこちらに向けている。


「どうした植野銘人、それでは私の背中は預けられんぞ?」

「あはは…手厳しいねぇ…だったら、次の一撃で決めさせてもらおうかね!」


とはいえ、その一撃が槍とは俺は言わない。

槍を知っている限りの独特な構えに持ち直す。【刺し穿つ死棘の槍】をイメージしているが、当然ながらこの槍に因果逆転の呪いはかかっていないし、近接戦闘では優衣に勝てないこともさきほどこの身で十分すぎる程理解した。おそらく、これが彼女の想像しているだったら俺はもう負けていただろう。

だが、今俺たちが行っているのは、そんなフェアプレイ溢れるものなんかじゃない。

どんな手を使ってでも勝つ方法を探し続ける。それがっつうものなんだよ。


「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」


俺は絶叫しながら優衣との距離を詰めていく。そして相手が刀を構えなおして踏み込みかけた瞬間、腰に吊るしてあった小さなストラップを思いっきり握った。

直後、 パァンッッ!! という炸裂音が空間に響きわたる。優衣は反射的に音源を辿るが、それが先ほど捨てられたはずの銃から響いたことに気づき、誘導されていたことにハッとする。だがもう遅い!射程範囲内だ!


「穿て!ケラウノス!!」


俺はLEDライトのスイッチを最大に輝かせると、高く飛び上がり、槍を優衣に向かって投げつける。

勢いづいた槍は一切のぶれなく優衣の懐に飛び込んでいく。いかにもともとの殺傷能力が低い武器とはいえ、穂先はそこそこに固いので当たればただでは済まない。


「っ!やぁああああああああああ!」


だが優衣はあえて槍の前に踏み出すと、おそらく必中レベルだったであろう槍の軌道を、雷光のごとく閃かせた刀で無理やり逸らしきった。

互いの視線が一瞬交錯する。直後に優衣は地面を大きく蹴ると、怒号と共にこちらに決着の一振りを翳す。

なるほど、確かにとんでもねぇ化けびしょうじょだ。可愛いうえに純粋な戦闘能力は、俺なんかよりもずっと上だろう。

だが、どうやら実戦経験はまだ、俺のほうが上らしい。

槍を投げた直後からホルスターから取り出していた二つの銃で優衣に発砲。やや銃身が伸びた右の銃から飛び出し鋭い針が左肩に刺さるのと同時に、口径が非常に大きい左の銃から放たれたソフトボール並みの大きさの球が優衣に被弾直後に爆散して後方に吹き飛ばした。

尻から綺麗に地面へと着地した俺は、尾てい骨をさすりながらも対戦相手のもとに向かう。


「麻痺針と粘着弾のコンボ、『アブソリュート・スナイプ』はどうだ? 流石に動けないだろ?」

「…………くっ…ぃ…こ、れは……!」


優衣は必死に体を起こそうとするが、やはり麻痺しきった体では、粘着弾を地面ごと引き剥がすのは難しいらしい。

やがてダウン状態で一分が立ち、試合終了の合図が鳴ると、優衣は諦めたように体をぐったりと横たわらせた。いつの間にか少女の周りからもどす黒い力は感じられなくなっている。どうやら意識が切れると状態を維持できなくなるらしい。

俺は粘着弾の地面付着部分に特殊な液体をかけて、粘着物質が泥になるのを待ちながら隣に腰掛けて思わず苦笑する。


「まぁ……ひとまず今回は俺の勝ち、だな」

「………………………………」

「……いやー、初めはお互いの手の内を軽く見せ合うだけのつもりだったんだけどなぁ。まさか準備万端の状態から九割以上さらす羽目になるとは、考えもしなかったぜ。君ってば、相当強いな」

「……………………………………」

「…………まぁでも、どうせ長い付き合いになるんだ。これからも、よろしくな。空霧優衣ちゃん」

「………………………………………………………………………」

「…………えーと…少しぐらい反応してくれてもい…って……ん?」


あまりにも反応がないので、嫌われるのかと優衣の顔を覗くと……少女は苦しそうな表情のまま両目を閉じて完全に気絶していた。


「お、おい!? 大丈夫か!? あぁくそっ! とりあえず保健室だ!」


くそっ!やっぱり麻痺弾はもう一段階軽いのにすれば良かったかな!?

俺は無理やり粘着物質を地面から引っぺがすと、気絶した美少女を保健室へと足早に運んでいく。…………何故か、優衣からはどこか懐かしいような、それでいてとても優しい香りが漂っているような気がした。



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