望みを捧げる

 私は彼女の下僕です。

私は年端もいかぬ頃に、口にすることすらはばかれるような場所に捨てられました。理由は知りません。捨てられる前日、ガラの悪い男が家に訪れていたことが原因に関わっていると考えられます。

それからの生活は劇的でありました。

残飯にありつけた日は吉日。泥水を啜って飢えを凌ぐのが常でした。

そんな私に一つの転機が訪れます。

どこからか現れた黒塗りの車から一人の少女が訪れました。強気を絵に描いたような少女は屈強な男たちを従えて私に宣言します。

「今からお前の命はあたしが貰い受ける」と。

 そしてまた劇的に変わりました。

その少女――お嬢様のお世話をさせて頂くのと引き換えに給金と三食もつく破格の待遇を受けることとなります。

のちにお嬢様の父は私に何故私を世話役として採用したのか教えてくれました。簡潔に言えば、少女の反抗期だと一言で済んでしまいました。なんでもその少女には同年代の世話役が十数人つきましたが、どれも彼女が気に入らないという理由で解雇されてしまっていました。

それを知って、私はお嬢様を女神だと感じてしまいます。

今では何故あんなことを思ったのだろうと笑みが溢れてしまいますが、その時の私は疑心暗鬼で利己的な日常に慣れ親しんでいたため、なんの得にもならないただのわがままが眩しく思えたのでしょう。

ゆえに私は、私の全てをお嬢様に捧げることにした。

尽くすのではない捧げることにした。

小出しにする「尽くす」というものではなく、元より何も残らない「捧げる」という形を誓った。

また、お嬢様と私は不思議と馬が合った。もちろん無理難題のわがままやしごきも星の数ほど申されましたが、どん底を知ってしまっている私にとっては耐え切れるものでありました。

ある時、お嬢様は甲斐甲斐しく世話をする私に「よくこんなこと続けてられるわね」と投げかけられた。

「私の全てを捧げているので」

 その私の返答にお嬢様は引いておられました。

 そして、いつしかお嬢様は少女から女性となりました。

 見目麗しき女性となったお嬢様には様々な縁組のお話が申し込まれました。けれど、その全てを袖にしました。それと同じ時期にお嬢様が私を見る目が変わってきました。

私も馬鹿ではありません。

彼女が私を男性として意識していることは気づいていました。

私は彼女に全てを捧げました。

人生も何もかも全て。

彼女のーー幸せに。

ゆえに私は気付かないふりをした。

ある日、私はお嬢様が私の事を好きだということを婚姻を申し込んできた相手に口にしてしまいました。

激情した相手はお嬢様を殺そうとしました。

庇った私が殺されました。

言ってしまえばそれだけのことです。

死に際、私の頭を抱え、泣くお嬢様はわがまま放題であった少女の面影はありませんでした。私の女神をこのままでは捨て置けませんでした。

「私は貴女の道具です。貴女が望むのならば、この身を燃やしつくしても構いません。私なんかが一生をかけても返しつくせない御恩をそんなことで返せるならば安いものです」

改めて自らを道具であることを強調します。この言葉に嘘偽りは一切ありません。ただ、私が望むことが許されるのならば、もう少しだけ貴女の傍でお仕えしたかった。

ですが、叶うことはないでしょう。

この望みも全て捧げたのですから。

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