祭囃子に紛れて
和笛と和太鼓の歌が一帯に鳴り響いていた。賑やかで、鮮やかで、それでいて雑多な喧騒から少し離れた場所に僕はいた。電柱に背を預け、人混みを眺める。人混みの中で一人の人間を捜していた。
それは一人の女性である。
待ち合わせしているわけでもなければ、はぐれたわけでもない。ただただ一人でずっとある女性のことを待っているのだ。
彼女とはこの夏祭りで出会った。一年前の今日この場所。祭囃子の中でも目立つ影を持っていたことは忘れられそうにない。まだまっとうに祭りを楽しめていた頃、彼女は面識のない僕の手を引いて走りだした。喧騒から離れ、この電柱まで連れてくると彼女は口にする。
「この祭りからお早く逃げなさい」と。
何を馬鹿げたことを言っているのだと、僕は思った。だが、同時に感じもした。この女性の言うことは正しいとも。
彼女の話に耳を貸す。この祭りが毎年一人の人間を生贄に捧げるために行われていると。彼女は続ける。もうこの祭りに来てはならない、と。
彼女はかけ出した。
人混みの中に入っていくそれはまるで祭囃子に紛れているようであった。
僕も電柱から背を離し、同様に人混みの中に紛れる。
この中から一人探しださなければならなかった。来年の生贄に選定された者を。僕や先代らの死を無駄にせずに、この伝統に終止符を打てるはずの人間を。
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