第4話

あなたの願いがわからない…と言ったアリアにとりあえず、と俺は自分の状況ーー両親が突然死に、弟も倒れ…それはたぶん弟の使えることばが上限に達しつつあるからーーを話した。


両親はともかく、弟はまだ幼いという語で表せられる歳でありもう上限とはどこの神様の悪戯なのだろうか。


ふぅーん…と頷き(どうやら口癖のようだ)アリアは少し考えたあと、ぽんっと手を打った。


「そうですよ!あなたもここで働けばいいんです!」


「はあ!?」


こんな時間もあやふやなよくわからない場所にいられるか、そう怒鳴ろうとしたがぐっと唇は動かなかった。


アリアはきらきらした嬉しそうな瞳でこちらをみていたのだった…。


よくよく考えれば、長い間アリアはずっと独りで淋しくチョコレートの看板を上げ下げしていたのだろう。


俺のカップは真新しいのに対して、アリアのカップは欠けや茶渋がうっすらこびりついているのがそれを物語っている。


つまり、客以外に気安く話せるのもいなかったーー下手したら客もろくに話せなかったのかもしれない。茶を出す暇がないのだからーー同い年ぐらいのアリアは過ぎない時間でひとりぼっちなのだ。


それが断り文句を躊躇したといえるし…、なにより、アリアはガサツでもお盆をシャーッと滑らせるズボラであってもきらめく美少女なのだった。


「ここはお給料は物で配るんです。どの時代にもいけるのでお金の概念が薄くて。ほら、弥生時代のひとに福沢諭吉の一万円出しても焚き火の薪代わりがオチですからね。だからあなたも『ことば』をお給料として頂けば弟さんも助かるのでは?」


ここは時の流れがないから、ことばを貯めて帰っても弟さんは今と変わらない病状でしょうし…とアリアが続けたが、それは俺の頭に入らなかった。


弟がたすかる。


俺と違ってスポーツ抜群で生き生きとした弟が、また蘇るのだ…あいつにはサッカーボールがよく似合った。


「わかった」


「えっ?いいんですか?いきなりの話なのに…」


半分冗談、といった態のアリアがびっくりとして目を見開いた。


茶色の瞳は微かに潤んでいて、さっきまで泣いていたことを思い出した。


「いい。弟がたすかるなら」


アリアはぱあっと顔を輝かせ、両手を手の前で合わせて笑む。


「マスター…いわゆる店長は放任主義なんです。ことばが集まればそれでいいって考えで。やっぱり一人だと手が回らないことがあったので…助かります」


ありがとうございます、そしてよろしくお願いします、と頭を下げられて慌てて俺もよろしく、ともごもご言いながら頭を下げたのだった。

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