第3話

「…え」


少女の『言葉を売買する店』に来て、数時間がたった。


ここでは時が流れない、いわゆる異世界になるため数時間という『ことば』も意味はない、と少女はばっさり言っていたが。


時が流れないかわりにあらゆる時代にも繋がるらしく、俺自身はまさに現代、一番新しい時代からの訪問者らしい。


アリアと名乗った少女は願いを言わない俺をじろじろ眺め、「ふぅーん…」と呟きプレートを掛け替えて手招きした。


「あの」


「きてください。願いは無いのだけれど、ことばに関するものなんでしょう?なら、来てください」


有無を言わさない強い眼差しに気圧されてカントリーハウスに入れば、そこはーー絶景だった。


大小様々、形状も様々な壜(びん)に入った透明で、色を絡めたーーひとつひとつに色が靄のようにまとわりついているのだ、まさにこうとしか言い表せないーー凸凹した個体がぐるりと俺を囲んでいた。


氷砂糖のようにかたく、そして煌いていてあらゆる宝石はこのきらめきに屈するだろう…思わずため息がもれた。


壁は全て本棚になっていてそこに壜は隙間無く、というよりは雑に詰め込まれていた。埃もうっすら溜まっている。


責めるように少女を見れば澄ました顔で「なにか?」と首を傾げられた。


見た目に合わずガサツなようだ。不安な足取りでもってくるティーセットも傷だらけなのが裏付ける。


「なんで俺をここに連れて来たんだよ…」


がちゃんがちゃん…、割れてると疑いたくなる音で雑に置いた少女はお盆をシャーッと定位置(のようだ)に滑らせて微笑む。


「あなた、願いがわからないんでしょう?ならことばに関わっていけばきっと願いがわかると思うの。たぶん、あなたの抱えた傷はことばが関わってるだろうから」


「え、なん」


なんで、と最後まで言わせずに少女は手をこちらに差し出した。


「なんとなく…なんとなく、わかるの。わたしはアリア。ことばを売り、ことばを買う店『life』にようこそ」


そして、何故か悲しそうに微笑んだ。


「あ、…えっと…」


咄嗟に脳裏に浮かんだのは鼻に苦しそうなチューブを入れられた弟の寝顔だった。


いつもそんな旨くない、でも何故か食べたくなる食事をつくる母親や…仕事人間で家庭を顧みないけれど昔から日曜はキャッチボールをした父親が、ぶわっ、とフラッシュバックした。


そして、医者のもう飽きたようなーーきっとことばで急死する人は飽きるほどいるのだろうーーつめたく、色んなことを諦めた顔だった。


「おれでいいの」


「あなたがいいの」


告白のようなことばに俯きがちだった顔を思わず上げると、アリアの瞳の奥の静謐とかち合った。


「きっと、わたしが長い時で忘れて大事なものが、きっと…思い出せるはずだから」


それにね、あなたの願いを叶えることがわたしにはできるの。

ここにはことばが溢れかえっているからね。


悪戯な笑みを浮かべてくすくす声をあげたアリアは……、少し泣いた。

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