第2話
家族誰ひとり回復せずに2週間がすぎた。回復も悪化もしないーーむしろ異常とも言えた。
どんな専門の、どんな名医に見せても、みな首を傾げるばかりだった。
ただ、俺は弟を眺めて一日をすごし、やがては教師に説得され高校に復帰し、ただただぼうっとしていた。
教科書もペンケースも出さない俺を、教師はなにも慰めずに無視していた。
下手にことばをかけられるよりは良かった。その方が現実逃避できたから。
今日もため息をつきつつ下校していると、ふわりと甘い花の薫りが鼻についた。
花にしてはやけに濃い薫りだ。
ふっと目を向けると、茶色とレンガが基調のまるでカフェのようなノスタルジックな外装の一軒が建っていた。
2階の家なら窓があるあたりーー首が痛くなるくらいに顔を上げなければならないので、普通の人なら目にすることもないだろうーー色合いや飾り文字からチョコレートプレートを連想する看板には、こう書かれていた。
『life』
「ライフ…?なんだここ…」
オモチャのように可愛らしいが目立ちそうな外装からして、近所にいる暇な主婦の噂にあがりそうだったがそんなものは一つもきいたことがなかった。
丸っこく使い古した鈍い色で室内用だろうドアノブには、『ferm??』ーーのちにフランス語で閉店という意味だと教えられるーーと書かれた、これまたチョコレートプレートのような小さな板がかけられていた。
不思議な店に目を奪われていると、カランコロンとドアベルが鳴り、中から人が出ていてきた。
小柄な女の子で、ゆるやかに波打つ亜麻色の髪と、驚くほど深みのある同色の瞳の人形のような人だ。
茶色とピンクとホワイトで構成された、裾がふわりと膨らむ、花を逆さまにしたようなスカートに、
紐できゅっと身体にフィットさせたトップスのお菓子のようなエプロンドレスを着ていた。
笑顔ひとつ浮かべれば更に可愛くみえるだろうに、着ている本人はつんとした冷たい表情で
手にはホワイトチョコレートカラーの小さな看板ーー『ouverture』とかかれているーーの鎖をぎぅっと握りしめている。
かかっていた看板を取り、手にしていた白い看板をかけ、そして、ふっとこちらをみた。
俺がさきほど『life』を見た時のように。
「…あっ…と」
口ごもる俺を少女はじぃいっとこちらを見つめ、ふむ…と何度か頷き口を開いた。
「ようこそ言葉を売り、言葉を買う店『life』へ。あなたは言葉によるどんな願いを叶えたいのですか?」
これが、俺がのちに「運命」と言い表す、店主のアリアとの出会いだった。
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