無題(仮)

@ron

序章

朝になると目が覚め、洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨く。

朝食はお米。パンでは力が出ない。

情報番組の占いコーナーを見た後、制服に着替え家を出る。

そんないつもの朝だった――



通勤通学ラッシュでいつも通りギュウギュウの車内で本やスマホをイジるような余裕はない。

外の景色を見ているが見えるのは代わり映えのしない建物と空ぐらいだ。

今日もいい天気だ。

しばらくすると不意に緑が目に入った。

一面に広がる木そして様々な植物達。まだこんな森が残っていたのかと少し驚いた。

1年以上乗っている電車なのに見覚えのない景色だった。

が、特に興味を持ったわけでもなくただぼーっと眺める。

森というより樹海というべきその景色を眺めていると、不意に目が合った。

いや、目が合ったというより視線を感じたというべきか?

何故かはわからないが強烈に感じた。誰もいないその先から。

その直後、景色はまたすぐにいつもの景色に戻り電車は駅についた


いつも通りのつまらない授業。先生の話はお経でも読んでるかのように聞こえる。

すぐに夢の世界へと旅立ったのは言うまでもないことだ。


「見つけた」


そう頭の中に声が響く。たぶん若い女性の声だ。

何を?と返すも反応はない。それっきり、その声は聞こえることはなかった。

起きた時には、そんな夢のことも忘れていた。

帰りの電車に乗った時、目が合った。その感覚を急に思い出した。

気になって周りを見るも特にこちらを見ているような人はいない。

ふと今朝のことを思い出した。あの時と同じ感覚だ。

大して気にとめなかったあの樹海

今まで見たこともなかった景色が現れ、何で気にならなかったのか?

と、急に気になってくる。

よく見てやろうと意気込んでいたがいつまで見ていても見えるものは空と建物。

そのまま降りる駅に着いてしまった。

見落とすはずがない。なんせあたり一面に広がっていたのだから。

もしかすると寝ていたのだろうか?夢だとすれば不思議はない。

疑問は溶けないまま一日が終わり布団に入り眠った。


「さあ、こちらへ」


聞き覚えがある。女の人の声だ。


「はやく、時間がありません」


思い出した。昼間に聞いたあの声だ。

景色は靄がかっているが、人の姿がおぼろげに見える。

手招きしているようだ。

一歩踏み出す。


「そう、そのまま」


また聞こえる。

一歩ずつ近づいて行く――



朝、目が覚めるとそこは自分の部屋ではなかった。

苔の生えた少し湿った土。辺り一面の樹。樹齢何百年だろうか?天を衝くという表現にぴったりだ。

だから何だというのだ。

わからない、さっぱりわからない。

状況が飲み込めない。

まだ夢の中なのだろうか?

それにしても足から伝わる土の感触はやけにリアルだ。

空気もひんやりとやや肌寒い。

今までの感覚かすると夢ではないような気もする。

何か事件にでも巻き込まれたのだろうか?


少し辺りを歩いてみるが特に景色は変わらなかった。

何故だろう?どこだかわからないわりにどうも既視感がある。

山登りをしたこともなければ自然豊かな環境で育ったわけでもない。

せいぜいテレビで秘境探検の番組で見たぐらいだがそれとも違う。


ふいに視線を感じた。

その瞬間思い出した。昨日の電車の事を。

あの時見た樹海こそが既視感の正体だったことを。


女性の声が聞こえた。


「ようこそこちら側へ」


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