第3話 巡り逢い【正義か偽善か】

────夜の街はとても危険だ。何が起きるかわからない。

この街は数年前から荒れ果てている。街中では昼夜問わず学校や塾をサボる学生達がゲーセンや裏カジノ、飲食店でたむろし、派閥をつくりギャングと成り果てた。彼らの後始末警察もまたパトカーや白バイを走らせるが何年経ってもそれは収まらない。

そしてこの街の闇の奥底では時折麻薬が行き渡り海外から来たマフィア、日本のヤクザ、そして警察の三つ巴が繰り広げられる場所でもある。

それだけならまだしも楽だ。

だが、ギャングやマフィアにも派閥があり、ヤクザにも派閥同士の抗争が絶えない。そうなればこの街も自然と闇へと変わってゆく。

ここ時塚市では毎日トラブルがある危険な街。けれどもセントラルシティの展望台やファッション街、アミューズメント街、電気街、フード街などは国内随一の観光地として名高く訪れる人も少なくはない。不良などの危険な存在は多いものの、平和かつ普通に暮らす人達も同じほど多い。

そんな幸か不幸かその街には少し変わった集団が存在していた。

名前も無く、顔を隠し義賊まがいな事をしている彼らの名をこの街では"クライマー"つまり罪人、或いは異端者の意味を込めてそう呼ばれる。

顔は決して見られないように骸骨のマスクで全て覆い、全員ロングコートをその身に纏い夜の街をバイクに跨り沢山の悪人を退治している悪人たち。


時塚市、県境付近のタイムビッグブリッジの橋下に彼らは今夜も集っていた。

『──こちらE-14号車、リーフストリート付近にて爆走する原付バイクの集団を追跡中、数は増え続けてる模様。至急応援求む、繰り返す、至急応援求む』

停めてあるバイクの1台から警察の無線が流れ、暗闇で煙草を吸いながら佇む彼らの耳に入る。

「……これは?」

若々しい声が暗闇に潜む周りのクライマー達に尋ねた。

「パスだ」

そのうちの1人が暗闇で煙草の煙を吐き出しながら返答を返す。

「ん……」

「あら、珍しいじゃない。普段なら追いかけっこするでしょうに」

影の中でまた別の声が聞こえてくる。女のようにきらびやかな美声とともに男のような声が混じっているそれは声からしても明らかに男だとわかる、いわゆるオネェだ。

「……ガソリンがない」

先程返答した1人がそう言い返すと全員がプッと笑い出す。

「ガソリンぐらい入れて来ぃーや……」

関西弁で女性の声が笑い混じりに呆れていう。

「るっせぇ、お前らが早く来いって言うからガソリンいれねぇで早めに来たんだろーが!」

彼の怒号が暗闇に響き渡り、その後に全員の微かな笑い声も聞こえてくる。

『こちらB07!アミューズメントパーク東第8ブロックゲームセンターにて道路の車に火災発生、ギャングの抗争との通報が入った。近くにいる警官は至急急行せよ、繰り返す、至急急行せよ』

途端、彼らの口から笑い声が消え去った。そして橋の最も暗いところから1人のクライマーが現れる。

「どうする、リーダー」

「シロ、その通信に適当に返事しとけ。あいつが手に入れてくれた警察無線あるだろ」

「了解」

シロと呼ばれた、恐らくはクライマーの中でも通信担当とされる若々しい少年は持っていた無線の一つのスイッチを切り替えると首元に手を添えた。

「こちらD20、直ちに現場に急行する。本部へ指示を求む」

驚くことに若々しい声が突如として年配の声に代わったのだ。その声で無線へと話しかけ返答を待つ。

『了解、D20。近くの住民の避難を最優先にせよ。攻撃を受けた場合、非殺傷弾及び麻酔弾の使用を許可する』

「了解、D20オーバー」

こちらも返答を返せばシロと呼ばれた少年は無線を切る。

「ご苦労、シロ。そんじゃ現場に行くぞ。久しぶりに溜まってたストレスを発散だ」

橋の影奥深くからいかつい髑髏のフルフェイスマスクをした声の主であるリーダーが姿を現す。

突如、橋の下で爆音が鳴り響きその音はリーダーと呼ばれた彼の以外の者達が同時にバイクのエンジンをかけた音だった。その同時の爆音は彼らにとっての返事であるかのようにリーダーである男もまた愛車であろうバイクのDrag starへと跨り激しい爆音を奏でると一気にそのまま走り、その後を後ろから他のクライマー達が間髪入れずに追う。


──次の日、彼らはまたこの街の新聞の1面を堂々と飾ることとなる。

そして遂に彼らが危険視されることとなるのだった。


──月曜日の朝、風紀委員長・成城理名はとても不機嫌だった。今日から学園では服装点検週間であり風紀委員はいつもより早く学校に登校する事になっている。

その程度ならばさして無問題だ。彼女がなにより不機嫌な理由は今朝の新聞である。時塚市で発行される時塚タイムズには1面で堂々とクライマー達の記事が載っていた。それだけで彼女にとっては不機嫌の要因の一つとなり得る。それは他の風紀委員の生徒達にも察せた。

「郁、ちょっといいかしら」

理名は隣にいる同じ背丈で黒髪の男子生徒に話しかける。

神崎郁かんざきゆう。生物部所属、農業科園芸部2年生。この風紀委員の副委員長でもある。

「ん?どうかした?」

物腰柔らかなその声はなんとも完全に優男だ。

「今日の服装検査、任せてもいいかしら? 私ちょっと風紀委員室で休みたいの」

「……ああ、なるほど」

郁は微かに微笑むと彼女の心情を察したのか首を縦に振った。

「わかったよ、大丈夫さ別に。委員長居なくとも皆きちっと服装検査するさ」

彼はそう言うと近くにいる数人の風紀委員達に視線を送る。その視線受け取ると全員親指を立てて無問題だという事を示す。

ほらね、と言いたげな郁の視線に理名は相変わらずの冷たい表情浮かべながら背を向けて手を振りながら去っていった。

「ふぅ……」

歩き去る間際に自分の眉間を押さえる姿をみた郁は彼女の苦労がなんとなくだがわかった気がした。

「大変だね、郁」

途端、低い位置から声が耳に入る。前に向き直り視線を下に移すと目の前には白い髪の背の低い首に青のマフラーをした生徒が立っていた。

「なんだ、シロか。おはよう」

「うん、おはよう」

「珍しいなこんな早い時間に来るなんて、服装検査だからか?」

隣の風紀委員からクラス名簿を受け取ると胸ポケットからボールペンを取り出す。

「んーん……服装検査終わる直前まで、待機しようとしてた。でも、風紀委員長が居なくなるの見たから……」

「なるほど、そう言えばお前いつも季節関係無くマフラーしてるもんな。確かに理名なら注意しそうだ」

彼はそう納得すると名簿で目の前のシロという少年の名前を探した。

「…………お前名前なんだったっけ?」

途端がくりとシロは首を倒した。

空石梨斗そらいしりとだよ」

「あ、そうだったそうだった。ごめんごめん、いつもシロって皆呼んでるから……」

彼の名は空石 梨斗。工業科電子機械科部に所属する2年生。部活はロボット工学研究部。白いその髪の毛がとても特徴的で周りからは親しみを込めて「シロ」と呼ばれている。郁とは御近所さん。

「まぁ……マフラー程度ぐらいは見逃すよ。シロはそこ以外はしっかりしてるしね」

「ん……」

小さく返事を返すとシロは背中の鞄を担ぎ直し玄関を通り下駄箱へと歩いていく。

「おはよう、郁くん」

次に並んでいた女子生徒が話しかける。綺麗なその長い桃色の髪はふんわりとした自然の植物匂いを漂わせ淡いブラウンの瞳と優しいその表情は朝からとても眩しかった。

「おはよう、優香」

「朝からお務め御苦労様」

「ん、ありがと。そっちも朝早くからご苦労様、時間的にこんな早いってことは植物の水やりかな?」

「ええ、そんなとこ。ところで、理名ちゃんは? 珍しく姿を見かけないけど……」

八凪優香やつなぎゆうか。茶道部所属、農業科造園部2年生。この時塚市に数多くいる資産家の一人娘で家は大層な金持ちというお嬢様気質の女子生徒。その人柄の良さから後輩からはとても慕われ、先輩達や教師達からも一目置かれている成績優秀者であの成城理名とは幼馴染みでありこの学園の二大お嬢様とまで称されている。

「理名は風紀委員室にいるよ、朝からご機嫌ななめでね」

話しながら郁は器用に名簿で彼女の名前をチェックしながら服装身嗜みを見ていく。

「また、クライマー達が昨日の夜なにかしたらしくてね。また新聞の1面飾ってたよ」

「クライマー……ああ、あの物騒な人達のことね。あの娘も気にしすぎなんじゃないかしら……」

「そう思うけどね。なんでも理名がちらっと言ってたけどさ、昨日の夜にセントラルシティでギャングの抗争が起きて大急ぎで現場に行ったわけだけど……」

「理解したわ」

郁の言いたいことを察したのか苦笑しながら彼の話を最後まで聞かずに会話を止めると首を横に振る。

「大方、その途中でクライマー達に邪魔されたんでしょうね……」

「大正解、っと……」

最終チェックを終えて郁はボールペンを仕舞う。終わったことを確認すると下駄箱へと歩いていきその途中立ち止まり郁へと振り返る。

「理名に会ったら、落ち着きたい時には茶道部にいつでもおいでと伝えといてね」

それだけをいうと、またねと付け足して足早に歩いていった。郁はその背中を見送ると並んでいた生徒の服装検査を再開する。

(クライマー……ねぇ。 世の中物騒だ、ほんとに)


「──では、明日からの服装検査はしっかりするように。季節外れのマフラーなど今回は見逃すけど、明日からはきちっと取り締まって貰います。ネクタイの曲がりも、服のシワも細かいところまで点検してください。服装の乱れは心の乱れ……特に今日は農業科数人が朝の植物の水やりがあったせいで作業着そのまま教室に向かう姿が見られますがそれも論外です。教室に入る前に必ず農業科の生徒は農業棟で着替えさせるように、工業科もまたおなじくね。それから今日の放課後だけど……」

今朝の服装検査に立ち会っていなかったにも関わらず風紀委員からの報告書などですぐに生徒達の服装状況を確認。朝の風紀委員会議で事細かに全員に指示を出した。

「今朝の会議はここまでよ、解散」

解散の掛け声とともに数十人もいる風紀委員達は席を立ち各々の鞄を持って教室へと戻っていった。

「……はぁ……」

ふと、ため息をこぼす理名。

「今朝の新聞で、随分ご機嫌ななめだね理名」

手元の報告書をまとめながら郁は話しかける。普段なかなかため息こぼさない理名、そこがまた彼の心配する所だったのだろう。

「ええ……ご名答よ。まさかあんな偶然にも邪魔が入るとはね……」

郁も詳しく話を聞こうとした時、理名はまるで独り言のように昨夜のことを話し始めた。


──いまからおよそ数時間前、アミューズメントパーク東第8ブロックゲームセンター付近。

セントラルシティを風紀委員としてパトロール中だった理名は父から預かった警察無線により通報を受け警官よりも早く現場に駆けつけていた。

彼女がなぜ警察でもないのに警察無線を所持しているか。理由は至極簡単で彼女の父親がこの街の警察のトップの警視総監であるからだ。

彼女の正義心は多くの警察官も賞賛しており、その昔は銀行強盗に人質として取られるもその銀行強盗を父から習ったマーシャルアーツでねじ伏せた経歴も持つ。

「こちら成城理名、現場に到着したわ。見たところ民間人はほとんどが退避、ワゴン車1台が炎上中」

『了解、現在D20がそちらへ急行中』

「なるべく早めに来るように伝えて頂戴、見たところ負傷者はいないけど……」

燃え盛るワゴン車の向こうを理名は直視する。そのおよそ50メートル向こうではギャングたちが殴り合いの喧嘩を繰り広げていた。足元を見たところガラス瓶が落ちていることから火炎瓶を投げた際に誤って車に直撃し火事になったようだという事を口早に伝える。

「いまから数人負傷者出るかもしれないから一応救急車と消防車をお願い」

『ご安心を、既に向かわせています』

「仕事が早くて助かるわ、オーバー」

無線を切りストリートファイトをしているギャングたちの所へと走る。走りながらいつもの黒手袋を装着すると手前の車を踏み台にし高く跳躍する。一気にそのギャングたちの近くへと着地し距離を詰めると視線が彼女に集まる。

「そこまでよ、大人しくしなさい。 私の警告は2回まで……大人しく従わないなら力づくで拘束を」

「るっせぇこのアマ!見てわかんねぇか、こっちは喧嘩中だ!」

「とっとと失せろ!」

向かい右側、パーカーやTシャツの服の色を赤で統一した集団の数人が言う。それと対峙しているのは、黄色で統一された服を着たギャングたち。見てても分かる通り彼らはカラーギャングだ。

「あんた達のせいでほかの人が迷惑してるのよ、見なさいあのワゴン車。あんた達が燃やしたんでしょ?」

「それがどうした、手が滑って車に当たっちまっただけだ。俺達は悪かねぇ、そこにある車が悪いんだよ」

「……なるほど、見たところあんた達高校生ね」

「はっ!んなもんやめてやったよ!」

「あんな堅苦しいとこ誰が行くかってーの。それにお嬢ちゃん制服着てるってことは、知ってるぜフラレンシアの生徒だな」

長身の男が1人笑いながら理名の前へと歩み寄る。明らかに理名より背が高くおよそ180は有に超えてることだろう。しかしそれでも彼女は怯むことなく相手を見上げて尚も言い放つ。

「くだらない喧嘩はやめて大人しくしてなさい、今なら無傷で施設に送ってあげるわ。私は手荒なことはしたくないの」

「へぇ〜?」

途端チャキッと音と共に男の手からナイフが出てきた。恐らくはポケットに隠し持っていた物だろう。

「俺も紳士だからよ〜……手荒なことはしたくねぇんだわ……帰んなお嬢ちゃ……」

男が言い終わらないうちにすっと、理名はその場で体をくるりと回転させた。その回転で理名の特徴でもある長く黒いその黒髪が男の目を潰し、次の瞬間間髪入れずにその回転の勢いに乗った回し蹴りが男を襲う。

「…………」

男は動くことなくその場に倒れた。そして理名の足元へと男の手にしていたナイフは転がりそのナイフを自分の遥か後ろへと蹴る。

「私を脅すなんて、100年早いわよ。 それに言ったでしょ、私の警告は2回まで、と……」

次の瞬間から、ギャングの彼らは悟った。こいつは油断できない相手だという事を。彼らはそれぞれの武器である警棒やバタフライナイフをとりだし構えた。

それに対し理名はもはや説得すら出来ないと感じ取ったのか彼女自身も素手で構えをとる。

「…………ん?」

そんな緊迫した状況の中、ギャングの1人が耳に入る爆音に首を傾げた。音の方向は理名の遥か後ろとギャングたちの遥か後方から同時に聞こえ次第に音は近づいてきている。

「……まさか…………」

「おいおい嘘だろ……!」

その音の持ち主達はある一定の距離までくるとその爆音を消して現れた。

(そんな……何故ここに…………)

ギャングたちは自分たちの後方を理名は構えたまま自分の後方へと振り返り、視線を向ける。

「出たわね、不良集団ども……クライマー……」

3人、理名の視線の先から歩いてきた。1人は前を歩きその後ろを残りの2人が一歩後ろから横に並んで歩いてくると理名の数歩手前で立ち止まる。

「……ほう、お前がいたのか。予定外だなこれは」

真ん中の、彼らのリーダーであろう男が首を傾げる。

(声が……まさか、変声機を使ってるの?)

「私がいて、なにか不都合かしら? でもこっちは好都合よ……ようやく出会えたわね、クライマー。また偽善者紛いの悪党退治?」

後ろの方でギャングたちの悲鳴と殴られ殴る音が聞こえるが振り向くことなくただ目の前の3人を見据えていた。

「俺達を義賊か何かと勘違いしてるのか? 随分ハッピーな頭をしてんだな君は」

「はっ!夜な夜な悪党退治をしては晒しあげ、新聞に載り自己満足してるあなた達の方が脳内ハッピー何じゃないのかしら?」

挑発なのか違うのかよく分からないその発言に彼は鼻で笑い理名を見返した。

「勘違いするなよ、俺達は義賊なんかじゃあない。俺達はただの日頃のストレス発散でこいつらを始末してるだけだ。確かにお前の言う通り自己満足かも知れないが、悪党退治し人を救った自己満足ではない。俺達は俺達の欲望のためだけに自己満足しているだけだ」

「ご高説どうも、骸骨さん。ええ……あなた達が義賊なんかじゃないのは知ってる、あなた達はただの犯罪者よ。いくら相手が不良とはいえ、街につるし上げたり過剰なまでの暴行、そしてその交通道路法違反のマスク。果てには異常なまでのバイクの爆音で近所迷惑極まりないわ」

途端、理名が視線交わす男の方へと走り瞬時に左足つま先の蹴りを打ち込む。

「……ッ……」

だが彼は蹴りが来ることが分かっていたのか右手で理名の渾身のその蹴りをブロックされた。

(この私の蹴りについてこれるなんて……なんて反射神経……)

男が空いてる片方の手が上がるのを見た途端掴まれると察したのかすぐに足を引っ込め後ろに下がる。そして予想通り彼の手は足を掴もうとしていたのか空を切る。

(素性を一切見せないし、素人の類ではないと思ったけど……案外やるわね……しかも……)

ちらりと蹴りを放った足を見る。少し痺れ暫くは使い物にならないだろう。

(なんて硬いの……)

「…………」

「…………」

暫く2人はまた沈黙し見つめ合う。マスクで顔が見えないものの、こちらを睨みつけているという事は殺気から感じ取れる。

「Death《デス》ー!片付けたよー!」

理名の立つ後ろの方で元気な声が誰かを呼ぶ。振り向けば背の低いクライマーの1人がその小さな体で軽々と自分よりも大きな男を持ち上げ首を締めて気絶させていた。

「おう、今回はそのまんま放置しとけ。先にこのお嬢さんが現場に来てたからな、こいつの獲物だ」

答えたのは先程の男。理名が蹴りをいれた、理名の予想通り彼はリーダーだったらしい。

「ちぇーっ、はーい……」

「flower《フラワー》、Witch《ウィッチ》撤退しろ。ルート確認してCloak《クローク》、Assassin《アサシン》と合流しろ」

「りょっかーい!」

「ん、わかった」

flower、Witchと呼ばれた2人は踵を返すと先程停車したバイクの方へと理名たちに背を向けて歩いていく。

「待ちなさい!逃がすわけには……!」

後ろを向いて後を追おうとしたその途端誰かにがっしりと足をつかまれた。

「て、めぇ〜……この、アマぁ〜……!!」

先程倒し気絶させた長身のギャングが目を覚ましたのだ。足を掴まれた理名は思うように動けず藻掻く。

「逃がさねぇのは、こっちのセリフだぁ!!」

「っぐ……!」

未だ痺れている左足を掴まれたためまともに動けない理名は自分の足を掴むその男を殴ろうとする。


──しかし。


数発の銃声が響き突きを繰り出そうとした理名は表情を強ばらせた。

「…………」

視線を銃声の聞こえた方へと移すとDeathと呼ばれた男とその両側に立つ2人のクライマーの手には拳銃が握られていた。

しばらくして足元で自分の足を掴んでいた男は脱力しその場で再び転がる。

「あんた達、まさかッ……!」

「早とちりするな」

Deathは彼女の言葉を遮ると懐に拳銃を仕舞う。それに合わせて後ろの2人もそれを腰のホルスターへと仕舞った。

「死んではいねぇよ、警察の使う非殺生弾みたいなもんさ。だが俺達が使うのは軍使用模擬弾だがな。もう少しで救急車が来る、最優先で乗せてやれ」

「……銃刀法違反も、重ねられたわねクライマー……」

「言ってろ、成城理名。正当防衛と称してその力で悪党どもねじ伏せ逮捕するお前も俺達と対して変わらねぇ。違うのは手数の多さだ」

「…………」

「……mouth(マウス)、撤退しろ2分後俺達と合流」

『了解』

構えを解き、理名はただ彼らを見据える。その視線を受け流すようにDeathたち残りの3人は背を向けて歩き出した。

「またな、成城理名。次に会う時は遠慮なしで倒す。邪魔をするのなら誰であれ、な」


「なるほどね……」

理名の隣に座りただ静かに話を聞いていた郁は話し終えたのを察して口を開いた。

「……でも、彼らの名前やメンバーは把握したわ……本名を呼ばず、コードネームのようなものを使って名を呼び合う……かなり、手馴れていたわ」

「……メモ、しといたよ」

郁は話の中で出てきた名前を手早く手元にある紙の1枚へと書き記していた。

「ありがとう、郁。気が利くのね…………さて、授業に戻りましょう郁。私は経済学部で小テストあるから早く行かなきゃ」

立ち上がるといつものような無表情で郁の方へと視線を向ける。視線を受けた郁はこれまたいつも通り物腰柔らかな笑顔で返し、途中まで一緒にいくよ、と告げた。


──農業棟と本校舎での分かれ道。

「ああ、そうだ。今日の放課後は部活動点検とかあるから付き合ってくれる?」

「あ、そっか生徒会から頼まれてたねそういえば」

ふとそんなことを思い出す。

「もし来れるなら顧問の小鳥遊たかなし先生から許可を貰ってから4時に風紀委員室に来て頂戴」

「わかった、聞いてみるよ。行けるってわかったらメールする」

「ん、それじゃ私はこれで」

理名はそう告げると本校舎へと続く通路を黒髪たなびかせながら歩いていきその美しい後ろ姿を手を振って見送りながら郁もまた農業棟へと向かっていった。

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