第2話 巡り逢い【邂逅】

「転校生?」

いつもの朝、朝食のカレーパンを教室で頬張りながら優也がきょとんとした顔で孝介を見返す。

「うちのクラスに二人来るんだとさ、男女でな」

「こんな時期にか?普通夏休み終わりや学期の始まりに来るもんだろ」

時は5月の中旬辺り。中途半端な時期の転入生に優也は違和感を覚えた。

確かに優也の言うとおり、こんな時期への編入はおかしい。基本的に編入は学期の始めなのが当然。

「こりゃ、なにか訳ありかもよ?」

利人が背をもたれながら話に割って入る。

「なんにせよ、和明待ちだ。あいつならなにか知ってんだろ」

「なんで和明」

すぐさま優也は疑問を抱く。

「あいつ、案外いろいろ知ってるからさ。この前なんか、抜き打ちテストのことを教えてくれたのはあいつだぞ。こっそり行うはずだったけど、なぜかそのことを和明が知ってたし」

「あ、俺もなんか一回あったな。前に畑荒らしする近所の不良たちいただろ?」

「いたな、そういえば」

優也がゴミ箱にゴミを見事シュートしながら、利人のいう畑荒らしを思い出した。

先月、夜中に農業科の畑に何者かが侵入し荒らす事件が数日続いていた。その時、情報提供したのは和明だったらしい。

「その不良たちのよくたむろしてる場所教えてくれてさ、風紀委員の連中連れて行ったらビンゴだったんだ」

「風紀委員って……あいつらか……」

悪寒を感じた孝介が背中を微かに震わせる。風紀委員、この学園ではあまり聞きたくのない名前だ。

この時点で孝介たちは、和明が情報屋なのかとか疑い始めた。

(情報屋なら……マネージャーのスリーサイズ知ってるかも……)

(いろいろ知ってるなら、遅刻してもバレない学校への侵入場所知ってるかな……)

「お前ら今絶対まともなこと考えてないだろ」

「「まっさか〜」」

優也と利人が同時に言う。そこがまた怪しい2人であった。この2人はすぐに顔に出るし、それなりの付き合いである孝介はすぐに下心など見破ってしまう。

「んで、その和明はどこなんだ?」

優也が話題をそらすように教室を見渡すと和明の姿は一切無かった。普通ならすでに教室に入り、眠りこけているはずだ。

「部活だとよ」

「部活ぅ〜?」

意外そうに優也は聞き返す。

「あいつ部活なんかしてたか?」

「去年からずっとやってるよ。忘れたのか?」

「………………なんだっけ」

ちょっとした優也の天然に孝介は少しズコッとこける。そして小さな咳払いをして姿勢を整えた。どうやら興味が無いのかはたまた普通に忘れていたのか、そんな優也に孝介は丁寧に教えてあげた。

「軽音楽のボーカルだよ、あいつは」

「あ!そうだった!」

思い出したように優也が声を張り上げた。よくよく記憶をたどれば確かに軽音楽の部室を出入りしているのを朝はよく見る。

「でも、忘れるのも無理はなくない?だって……あいつ歌が下手で他のバンドグループから省かれてるんでしょ?」

利人が少し怪訝な顔をして言う。

和明の所属する軽音楽部はバンドやるのに人数は有り得ないほど充分で、一年生、二年生、三年生でそれぞれバンドグループは二つずつある。しかし、バンドグループの生徒たちは和明の歌は下手と判断してどのグループからも外しているのだ。噂では、三年生と二年生のグループは下級生の後輩たちに、和明の歌が驚くほど下手と伝え、下級生のバンドグループにすら入れないよう言っているらしい。

「実際、その歌を聞いたことがあるのか?他の連中は」

「軽音楽の連中は聞いたって言ってたぞ、後輩も聞いたことがあるらしい」

そんな独り身で軽音楽部になぜ和明はいるのか、一度孝介が聞いた時和明は

「馬鹿野郎、今は認められなくてもいつかは絶対認められるさ。俺はそれを信じてる」

と、笑顔で言い放ったという。

去年からこんな待遇を受けている和明は、今でも朝練で誰もいない時に一人で練習してるらしい。

一方の顧問はどんなことを思っているのか?それは知ることが難しかった。顧問の教師は体が少し弱いがために放課後の部活には参加せず病院に通いながら次の日に活動内容だけを部長から聞いているのだ。

「あいつはポジティブっつぅかなんつうか……」

「ポジティブ過ぎやしないか……?」

利人と孝介がふとそんなことを言う。彼の精神は強いのか弱いのか全くといってわからない。

「悪かったな、ポジティブでよ」

「「どわーっ!?」」

突然現れた和明に二人ともつい驚いて大声をあげてしまう。一方の優也は笑顔で「よぉ」と挨拶をしていた。どうやら優也は和明が居たことは気づいて居たらしい。

「おまっ……突然現れるなよ!」

「いいだろうが、利人はホントビビリだなぁ……流石女系男子」

「うるせぇ!」

(ま、全く気づかなかった……こいつどんだけ気配薄いんだ……)

「孝介お前絶対今失礼なこと考えてるだろ」

「っ…………」

図星をつかれ、つい言葉を詰まらせてしまう。

「ま、いいや。ところで朝から俺の話題なんて穏やかじゃないなぁ、またなんか俺をからかうネタでも見つけたか?にししっ」

孝介の形に肘を乗せて笑う。なんとも憎めない笑顔、故に腹が立つ笑顔だ。

「いやさ、新しい転校生のことで聞きたいことがあんだよ」

少しもたつく孝介に替わって優也が和明に尋ねる。

「転校生?あぁ、あの二人のことか」

やはり和明は孝介の言うとおり転校生のことを知っていた。

「この中途半端な時期に転校生っておかしくないか?それでなにかわけありなのかと思ってよ」

「それで俺に聞こうとしたんだな。まぁ、知らないことはないが……特に訳はない、片方は親の急な転勤、そして片方は親の再婚をきっかけにここに転勤さ」

言いながらもっていたカバンを机の上へと下ろす。

「なんで知ってんだよお前はそのことを」

「今朝たまたま会った学園長と話してた。両方ともうちのクラスに来るらしいから仲良くしてやってくれだとよ」

席につきこの間のように眠ろうとはせず朝の支度をせっせと済ませた。

「マジか。てか、なぜ両方ともうちのクラス?」

「うちのクラスは他のクラスより数名人が少ないからなぁ……納得だ」

「流石我がクラスの天才委員長、市河孝介。話が早くて助かる」

和明や孝介のいるこのクラスは他のクラスよりも人が数人少なく恐らくはバランスを取るためにこのクラスへと配置されたのだろう。

そんなことを言ってると、HR10分前の予鈴が鳴り響く。

孝介たちはお互いの席に戻って、支度を始めた。

今日も憂鬱な一日が始まる。4人は心の中で面倒くさい、そう呟いて学園での一日をスタートさせた。


「フラレンシア学園に親の転勤でこの度新しく転入してきました、宮崎敦史です。よろしくお願いします」

HRの時間、転校生たちの自己紹介をしていた。

宮崎敦史みやざきあつしと名乗る青年は170もある身長で礼儀正しく礼をすると一歩後ろへ下がった。

そしてもう片方の転校生が一歩前へでて自己紹介を始める。

「あっ、あの……新しく転入してきました、大崎由佳です……よっ、よろしくお願いします!」

背の低い、大崎由佳おおざきゆかという女子は深く頭を下げて顔を少し赤くしながら後ろに下がる。よほど緊張しているのかまるで小動物のように震えている。

((なんだこの可愛い転校生は……!))

((なにこのイケメンな転校生……!))

男女ともに心の中はどうやら満足なようだ。どんな子が転入してくるのか楽しみにするのは何処の学園でも何処の学生でもあるようなこと。

それを見ていた孝介と和明はアイコンタクトをすると、だめだこいつら、といいたげな表情で苦笑しながら首を横に振った。

転校生二人は担任の指示する席へと移動する。由佳は優也の近くの横の席で、敦史は和明の斜め後ろの席、一番後ろの窓際へと向かって歩いた。

「あっ、あの、よろしくお願い……します……」

「よろしくなっ、俺は陸上部の望月優也。勉強でわかんないとこは聞いてくれていいぜ」

親指を立てて笑顔で言うと、由佳はよほど恥ずかしかったのか顔を再び赤くして目をそらした。

(あり……俺なんか変なこと言ったかな)

敦史は和明の横を通る寸前、和明の方をチラッと見た。その視線を感じ取ったのか和明は無表情な敦史に微笑んで返した。

「っ!!」

ガタッ

その瞬間、敦史はいきなり身構えて少し後ろへと下がる。

「へ?」

思わず和明はアホな声を出してしまう。なにが起きたかわからない生徒たちは和明と敦史を交互に見た。

「どうした、宮崎?」

不思議そうに担任教師は尋ねる。教師自身なにが起きたかわからない。

「……いえ、なんでもありません。虫が急に飛んできたので驚いただけです……」

「おう、そうか。女みたいなところあるな。まぁいい、早く席つきな」

「はい、すいません……」

敦史はそう返すと、再び歩き出して席へと向かう。

「……………」

「じゃあ、授業始めんぞ〜」

その場は事が収まり、生徒たちは黒板の方へと向き直した。

(……俺、なにか変な笑顔だったのかな……)

少しショッキングで落ち込む和明であった。それを察した孝介が口パクで、ドンマイと和明に向かって言う。この皮肉屋め。

しかし、ただ一人由佳は和明の存在に違和感を覚え、和明の背後になにか見えた気がした。だが、目をこすると何もなく、気のせいだと思い自身も授業を受けるために黒板の方へと視線を向ける。


午後12:25分

生徒たちには最高の至福の時間。昼休みだ。

転校生の二人は孤立することなく、クラス内で楽しく食事をしている。由佳は女子たちと食事し、敦史は和明や孝介たちいつものメンバーたちと食事をしていた。

「へぇ〜、じゃあ由佳はお父さんが再婚して、またこの街に戻ってきたんだ」

由佳はクラスの女子でムードメーカーの一人の副委員長である綾瀬奏衣あやせかなえとトークを楽しんでいた。

「は、はい……数年前にお母さんが病気で亡くなって……。昔、私がだいぶ小さい頃この街に住んでたんですけど、先月結婚してまた帰ってきたんです」

「てことは、この街はある程度知ってるわけなんだ?」

由佳は既に奏衣と親しくなり彼女含む女子グループと仲良さげに昼食の時間を楽しんでいた。無論、敦史もまた既に和明たちと仲良くなり共に机を向け合い食事をしている。

当然2人は転入生徒故に質問攻めだ。

「はい、週末に弟とみて回ったので……」

「残念だなぁ、いろんなところ回って街案内してやろうと思ったのに」

顔ではがっかりしながら、口ではニヤニヤと笑う奏衣。

「やーめとけやめとけ、そいつとの街歩きは大変だぞ〜」

孝介が手を振りながら隣で席を向け合い食事する女子グループの話に割って入る。

「ふぇ…?」

「なによ、孝介。こんな純粋な心の女の子にデタラメ教えないで頂戴」

「デタラメなもんかよ、お前の買い物にあちこち振り回された男子も女子も何人もいるんだぞ。忘れたなんて言わせないからな」

「うぐ……ぐぬぬぬぬ……」

悔しそうな顔で孝介を見返し、睨みつける。しかし孝介はそんな睨みを無視して野菜ジュースをしてやったり顔でストローに口をつけて飲んだ。

「……くすっ」

すると、由佳は二人のやりとりを見て笑う。

「なによ〜?あんたも私をバカにする気〜?」

突然笑う由佳にずいっと身を乗り出して奏衣はムッとした顔で見つめる。

「そんな!違います……その、皆さん優しい人たちでよかったです。本当は、怖かったんですよ……転校して、しっかり挨拶できるかなとか……」

「…………」

その発言に全員が顔を見合わせて、笑い出した。なるほど、そんな印象持たれていたとは意外だ。

「心配しすぎだって、俺たちはこの学年の中でも超仲のいい連中ばかりだ、そんな怖がるなよ。なぁ、委員長さんよ」

和明が、野菜ジュースを飲む孝介のほうへと視線を送る。

「ん〜……まぁ、そんなとこだ。はじめは誰だってそう、緊張するさ。でもよ、その緊張ほぐすのがクラスメイトのすることさな」

「ひゅうー♪真顔でクサイ台詞言えましたなぁ」

ケラケラと和明は笑い、孝介をからかう。

「黙れ」

「いてっ」

横の和明の頭をグーで殴る。案外、孝介の先程のセリフは素だったりするのはこのクラスでは内緒である。

「でも、怖かったのには理由があって…………」

「なんぞ?話してみい話してみい、お姉さんが聞いてあげるよん」

おっさんくさい雰囲気を漂わせながら、胡散臭い奏衣がニャンコ顏で言う。迫られると由佳も断ることは出来ず理由を打ち明けた。

「実は……昨日夜に目が覚めて、今日のことが不安で眠れなかったんです……それで、外を見てたらバイクのうるさい音が聞こえて来て……暴走族かな、とは思ったんですけどよく見たら7台のバイクが走ってて……こんな暖かい季節なのに全員黒のロングコート羽織って、骸骨のヘルメットして走ってたんです……」

とたん、クラスがしーんと静まり返り、誰もが食事の手を止めた。それを見た由佳は自分がなにか悪いことを言ったのかと思い、何が起きたのか分からずあたふたとし始める。敦史もまた、どういう事なのかと首を傾げた。

「大崎、そいつは"クライマー"だぜ」

静まり返った教室の雰囲気とは相反するいつものお気楽口調で優也が言った。

「クライマー……?なんですかそれ……あ、ロッククライミングの得意な人達なんですかっ?」

頭の上にぽんっとハテナマークを浮かべ由佳は首を傾げる。

みんなの顔は違うと言いたいが、まぁいいよくある間違い(?)だという感じに聞き流し、奏衣が彼女の頭の上に浮かんだハテナマークを振り払う。

「大崎が見たのは、黒のロングコートでデカイバイク乗って、骸骨のヘルメットしてたんだろ?」

孝介は立ち上がると黒板まで行きチョークを手に取ると何かを書き始め、しばらくして完成したそれは上手いとも下手とも言えない絵。骸骨の仮面を被りロングコート身に纏うヒーローモノの映画などで悪役やらで出てきそうなキャラクターだった。

「そうです……あ!1人だけ、ヘルメットじゃなくて、マスクでテンガロンハットを被ってました!」

手を叩き確かにこれだと由佳が声を上げる。

「そいつがいるってことは明らかにクライマー達だな」

「あぁ、間違いないね。また出てきたとは、最近大人しかったのに」

いつものほほんとした利人も今回は少し表情が硬い。

「あ、あのー……クライマー……って、なんです?」

恐る恐る由佳は聞いて見た。

「その答え、私が答えてあげるわ」

突如教室のドアが勢いよく開き、全員の視線がそこに集まる。

そこにいたのは黒髪ショートでブレザーをしっかり着こなし両手に明らかにピッチピチの黒手袋をつけたまるで高嶺の花のような美しい女子生徒が入ってきた。

「「げっ」」

和明、優也、孝介の三人がその女子生徒を見ると声を上げる。そして、その3人の方へと女子生徒は視線を移しジロッと鼠を見つけた猫のような鋭い目で睨みつけた。

「なにかしら、居眠り和明君、部活のサボリ魔レギュラー孝介君、お気楽人間の脳筋優也君」

「んだとごらぁ!」

孝介がいきなり立ち上がり、突然の罵声に怒鳴り返す。一方の和明は目をそらし沈黙し、優也は笑ってごまかす。どうやら、二人は否定できない様子。そしてゆっくり静かに弁当を食べ始める。

女子生徒は孝介の怒号にも気にせず、鼻でため息をつくと歩を進めて由佳の近くまで行くとすぐそばに立った。

チラリ、その腕を見るとその腕には黒縁の風紀委員の腕章が。

「こんにちは、転入生さん。私はこの学園の風紀委員長、成城理名。よろしくね、以後お見知りおきを」

座る由佳とは逆に立ちながら名を名乗る。

彼女は、このフラレンシア学園風紀委員長・成城理名なるしろりな。学年は2年生、国際経済科の生徒だ。

「クライマーは、この街にいる不良グループのひとつよ。確認されてるだけで7名、普通二輪を乗り回していることから年齢はおよそ17から20。週におよそ4回夜にこの街の至る所で出現。素顔も素性もわからないため、警察の手にも及ばない。彼らが出現した次の日には街のチンピラたちが数名、或いは数十名ボロボロで発見される、察するに街の勢力争いをしている可能性が高いわ。あなたがみた骸骨のヘルメット、あれはヘルメットじゃないの」

「へ?でも、顔を全部覆ってたから……」

仁王立ちで説明する理名に由佳は見たままの様子を話す。

「あれは、ヘルメットに見せかけたマスク。顔を半分覆うのではなく顔を全て覆い、確実に顔を見せないようにしてる。かなり手の込んだやり方で、市販にも売ってないマスクだから誰かの手により作られたものね」

「おーおー、流石だな風紀委員長殿。一体どうやって調べ上げたんだ?」

相変わらずのバカっぷり全開の態度で優也は尋ねた。理名は再び睨むも優也はそんな視線に動じずに流す。まさにお気楽人間。

「あくまでも憶測よ、あってるかはわからないわ……。あなたたち転校生二人」

敦史と由佳をビッシリと指差し、鋭い声で言い放った。

「夜間の外出はなるべく控えなさい、この街には暴走族や札付きの不良たちが沢山いる。トラブルをなるべく起こさないためにも、協力して頂戴」

ふと、変わんねぇなぁ、と心の中で思いながら和明は目を細くして理名を見つめた。

彼女の存在はこの学園で知らぬものなどいないそれほど名の知れた有名人だ。

この学園に入学した当初から彼女は規律などに厳しかった。この学園に風紀委員がないことを知ると、あろうことか自ら風紀委員を立ち上げ、昨年から委員長を勤めているのだ。

「なにをみてるのかしら、和明」

和明の視線に気づいた理名は見下ろしたように和明を見る。和明は弁当のだし巻き玉子を飲み込むと箸をおいた。

「いんや、さっさと本題話してくれねぇかなと思ってたところだ」

「…………」

「お前、そのことを話すために来たんじゃねぇだろ?本題は…………この匂い、煙草の匂いを完璧に消す強力スプレーだな?学園のどこかで誰のものかわからない煙草の吸殻でも見つけたか?」

クンクンと鼻を鳴らしながら理名の纏う匂いを嗅ぐ。

「…………去年から変わらないムカつく男ね、藤倉和明……その全てを知ってるような瞳、全てを見透かす読心術。あんた、何者?」

怒りのこもった無表情で理名は尋ねた。その怒りのこもった声を感じ取った優也は笑顔を消し、孝介はイヤホンをした。

「いんや、俺はただの暇人だよ。暇人だからこそ、いろんな情報が勝手に入って、暇人だから人間観察をしてそいつのことを知る。それだけのことさ」

「……いつか、あんたの素性を暴いてやる」

「勝手に調べな、暇人で貧乏人から出てくるのはつまらないものだけさ……にしししっ」

普段理名相手にはなかなかしないイタズラの笑みを浮かべて和明がいう。

しばらくの沈黙と睨み合いの後、理名は和明から視線を外した。そして、教室全体を見回す。

「和明君の言うとおり、学園の屋上で何者かの煙草の吸殻が見つかったわ。これは学園内でも由々しき事態、幸いこの学年には犯人らしい人はいないみたいだけど、犯人に心当たりなどがある人は風紀委員室へ来なさい。いい情報、待ってるわ……そして、クライマー達の情報や素性もね」

冷たい眼差しで最後に和明と孝介たちを睨んでそういうと踵を返して教室を出て行った。そんな理名をCクラスの生徒やこの教室で食事をしていた他クラスの生徒たちは彼女の後ろ姿を見送った。

「随分、あのクライマーとかいう集団にご執心なんだな」

ふと敦史が言葉を吐く。それに対して利人は弁当を片付け机の上に肘をついた。

「恋心でも抱いてるのか?」

「そんなんじゃねぇだろうよ。理由は簡単さ、奴らに仕事を奪われたのさ」

「仕事を奪われた?」

「そう」

利人が説明を始めた。

半年前からクライマーという存在が現れて以来、いろんなところの不良やチンピラがハンター達らしき手により警察に捕まっている。最初は迷惑行為を辞めさせ、公正させるために理名率いる風紀委員がいろんなところで不良集団を撃退したりしていたが、半年前から現れたクライマー達のせいでめっきり仕事も減ったのだ。クライマー達は、争った不良集団やチンピラたちをボコボコにした挙句、次の日には街中に堂々と晒しあげて警察に通報するという手口を繰り返してる。

「一部の連中はアメリカ映画さながらのダークヒーローと言ってるみたいだぞ」

「まぁ……確かに」

その一方で、クライマー達は悪くないのではないか?と思われがちだが、ハンター達も不良さながらの行為をしている。ヘルメットに見せかけたマスクは交通道路法違反となり、中には煙草を吸うところを目撃した者も居るらしい。

ちなみに、クライマーと言うのは英語で言う、crimeの意味を指し、理名が名付けたという。

「あいつはなにがなんでもクライマー達を捕まえるつもりだろうよ」

「ふーん……」

あくまでも敦史は無関心だった。敦史の視線は和明を微かにジッと見つめ、彼の心にあったのは和明の謎の洞察力と観察眼のセンスである。有り得ないほどの嗅覚と、あの観察眼は普通の人にはなかなか無いもの。敦史はそんな彼が不思議で不思議でたまらなかった。


「下校の時間です、部活動をしている生徒は部活動を終了し、校内に残ってる生徒は帰宅して下さい」

午後19時20分。完全下校10分前の放送がフラレンシア学園で流れる。部活動をしていた生徒たちは一斉に部活動をやめ、あるものは着替え、あるものはそのままの服装で帰宅をする。

帰宅する生徒たちの中に和明や孝介たちの姿もあった。

「部活動お疲れさーん」

肩を並べ帰宅する二人のところへと利人が近づいてくる。

「おう、利人も乗馬お疲れさん」

孝介が返事を返し、和明はハイタッチで返事を返す。

「教室からチラッとみたけど相変わらず上手いもんだねぇ利人ちゃんは」

冷やかしも兼ねて和明が言う。それに対し利人は首を横に振った。

「先輩には敵わないよ、俺なんてまだ扱いがまだまだ……」

そんな利人の態度に和明は少しむすっとする。

和明は少し変わった性格で、自分が相手を褒め、謙遜されるのが嫌いなのだ。しかし、それを知った上で利人は自分を謙遜している。

利人が所属するのは馬術部。利人の実家は牧場であり、生まれつき動物と戯れるのが好きでその中でも馬が好きなのだ。両親は牧場とともに乗馬クラブも経営しているとなればなおさら利人の馬術の才能もあるだろう。このフラレンシア学園へ入学出来たのも、たまたま経営する乗馬クラブへ来ていた馬術部顧問にスカウトされ、本人も馬術部があると知り試験を受けて見事入学を果たした。そして馬術部へと入り今は2年生レギュラーの一人だ。

「あれ?そういえば孝介部活は?今日サッカーないの?」

ふと孝介のほうへと視線を向ける。孝介はその視線に対し流し目で受け流す。

利人はすぐに理解した。この反応は昔から良くする「サボった」の反応だ。もはや馴染み深いこの反応に利人は気にせずやれやれと言いたげにため息を吐いた。和明といるということは大方放課後の教室で仲良くおしゃべりしてたのであろう。そう、利人は勝手に思い込む。

「お、あれ敦史じゃなーい?おーい敦史ー!」

教師と話していたのか、教師もそこにいた。利人が手を振り大声で呼ぶと敦史は教師に一礼し、教師は笑顔で返事を返すと別れを済ませたのか和明たちの元へと走ってくる。

「よ、今から帰宅か?」

「見ての通りさ」

敦史の質問に孝介が返す。即座に理解し、肩を並べて共に帰路に着く。

「先生となに話してたんだ?」

「……和明、わかるかい?」

利人の質問に対し、敦史は答えず和明に尋ねた。和明は対して考えもせずに即座に答える。

「大方、初日の学校の感想と生活状況の確認、あとは部活動のこととかだろ?」

「正解。ほんと洞察力あるな和明は」

「そーか?大体勘だぞ?」

「勘にしてはあたりすぎて怖い気もするよ」

会って一日として経ってないのに和明たちは既に仲良くなっていた。とゆうのも早く親しみを湧かせるために和明と孝介が、名前で呼ぶようにさせただけだ。最初こそ戸惑う敦史であったものの、何度か名前で呼んでしまえば慣れたものだ。この連中は親しみやすい、敦史はそう感じたのであろう。


「お前さんどっち方向?」

和明が信号待ちしてる最中に敦史に尋ねる。

「方向?」

「おう、家の方向だ。俺はリーフストリートのほうだけど」

「リ、リーフストリート?」

敦史が困惑したように頭にハテナマークを浮かべる。敦史の後ろにいた孝介がそのハテナマークを手で思いっきりはたき飛ばし和明はその光景に顔を引きつらせる。しかしすぐにもとの表情に戻り敦史に目線を戻す。

「この街は方向ごとにストリートがあってな。北のほうには街の中心部へと続く方角のセントラルストリート。南には俺たちの通う学園やら色んな学園があるスクールストリート。東には山へと続く方角のリーフストリート。街路樹が多いからそんな名前なんだがよ。んで最後に西は映画館やらボウリングやらカラオケやらあるレジャー施設の揃ったレジャーストリートがあるんだ。んで俺の家は東にあるリーフストリートを抜けた先だ」

長々と説明する間に四人はすでに信号を渡って、スタスタと歩いていた。

「俺はセントラルストリートのほうだ」

孝介はそういうと街の中心部にあるであろう高いタワーを指差す。

「俺は和明と同じリーフストリート。親が牧場やっててさ、山の上まではいかないけど少し奥に進むんだ」

「あぁ、そういうことか……なら俺はセントラルストリートだ。学園へ向かってまっすぐ進んで来たのは覚えてる」

「なら、間違いねぇな。俺と同じセントラルストリート方面だ。もうすぐ進めばストリートの分岐点、そこでお別れだな」

「だね」


午後19時30分。

四人は沢山の仕事や学校終わりの人々や車が行き交う大通り、各ストリートの分岐点である、オリジン交差点へと到着する。

「んじゃま、お別れだな。またな、和明、利人」

「おう、じゃな。孝介、敦史。気ぃつけて帰れよ」

「まったねー」

和明が言い、歩いてゆくと利人は小さく手を振り和明を追う。その別れ際の利人に敦史は手を振りかえした。2人を見送ると孝介と敦史も歩を進める。

しばらく歩くと孝介が敦史に尋ねた。

「そういえば、お前虫苦手なのか?」

「なぜ?」

「今朝教室で席につこうとしたとき虫に驚いたとかいってたじゃん?」

「あ、あぁ……虫に驚いたというか、なんというか……」

「ん?」

突然言葉を詰まらせたような表情をする敦史に孝介は視線を移し聞き返す。

「虫に驚いたんじゃなかったのか?」

「え、あ、いや。虫は苦手じゃなくて、ただ急に来たからビクッと……」

と、慌てて敦史は言う。

「なんだ、んじゃやっぱり虫か」

そういい孝介は前へと向き直る。

「あはは……はは……ん?」

途端、敦史は足を止めた。それに気づいた孝介も足を止め、「どうした?」と尋ねる。

敦史の遠い視線の先を見ると、バイクが1台大きなエンジン音をさせ爆走して道路を走ってくる。特に害を与えるような風はなく、ただ道路を爆走してくるだけだ。しかし、普通のバイク乗りとは様子は違う。

「まさか、あれは……」

「間違いねぇ、遠目でも見えるよ」

2人は途端に確信した。遠目でも認識できる黒のロングコート、そしてヘルメットではなく骸骨のマスクと思しきものを被った姿。更には250ccはあるアメリカンバイク。間違いなく今日の昼休みに話していたクライマーと呼ばれるメンバーの一人だ。

歩き出し孝介は言った。

「目合わせんな、不良と関わるとろくなことがねぇよ。それに、素性のわかんねー不気味な連中だったら尚更だ」

「分かってるよ」

面倒ごとの嫌いな孝介の警告に敦史は当然のような返事を返した。どうやら敦史自身も関わるのは御免らしい。

そして、そのバイクが爆走しスタスタと歩く2人の横を通り過ぎた瞬間、敦史はチラリとそのバイク乗りを見た。

瞬間、そのバイク乗りは爆走しながらすれ違いざまに敦史へとその顔を向け、瞬時にして前へと向き直った。

「……!」

敦史はそれに驚き、その驚きを隠せないまま信号を無視して走り去るハンターの背中を見つめてた。

(俺の視線に気づいた……?いや、瞬時にあんなことが……たまたま振り向いただけじゃ……)

その帰り道、敦史はまるで命でも狙う死神や悪魔にウィンクでもされたかのように気が気ではなかった。

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