unknown story

音黒フィリア

第1話 穏やかなる日常



(暑い……暑すぎる)

青年が額から大粒の汗を流し、自分を囲む不良ともいえる連中を眺めた。

(こんな暑い日は、いろんなのが群がる……)

小さな羽音をたてて蚊が一匹通り過ぎると同時に、青年の汗が一滴落ちる。

「ぶち殺せ!」

不良の頭領らしき男の叫びとともに青年は心の中で思った。

(ああ……ほんとに、面倒くさい……)


時は5月某日 午前08:12

ここフラレンシア学園農業学科、2年Bクラスでは朝の部活が終わり生徒たちが教室に入って来る頃だ。

スタスタと、ひとりの青年がサッカーシューズ片手にカバンを背負って教室へと入って来る。

「あ、おはよー」

「うっす、おはよ」

すでに教室に居た数名の女子生徒がサッカー部であろう黒髪の青年に朝の挨拶をする。それに対し青年もまた挨拶を返す。

市河孝介(いちかわこうすけ)、フラレンシア学園2年生、農業学科森林学部に所属。部活動は言わずもがなサッカー部フォワードで、このクラスの委員長でありながらこの学園の副会長である。

「ん?」

よく見ると教室にはもう一人居た。机に伏して寝ている男子生徒だ。すると、孝介はその男子生徒の真横の席の机に荷物を起き、しかめっ面したまま教科書や参考書を机の中へとしまいはじめる。

しばらくすると孝介はカバンを片付けた。そして、未だ爆睡している青い髪の男子生徒の机の真横に立つ。

「おい、和明。起きろ」

男子生徒の名を呼び孝介が声をかける。

「ぐぅー……」

しかし、和明と呼ばれた青年は起きない。孝介は青い髪のポニーテール部分を二、三度引っ張る。だがこれでも起きない。

「和明、早く起きないとあとであたふたするぞ」

時間を見ると、あと10分で朝のホームルームの時間だ。和明の肩をつかみ、ユサユサと揺らして起こそうとする。早く起こさねばこのままでは先生に怒られてしまう。

「…………」

なにをしても起きない。

孝介は静かにため息をつくと、軽くコホン、と咳払いをしてすうっと息を吸った。

「……ああっ!?あんなところに新発売スイーツのグランベリーケーキがっ!?」

がばっっっ!!

「なにいっ!?どこだ?!」

瞬間、和明の体は起き上がり凄い勢いでグランベリーケーキを探した。

「…………あれ?」

その必死に探す姿を教室にいた生徒たちが小さくクスクスと笑い、和明の真横で細目で見ていた孝介が再びため息を吐き、隣で腕を組み仁王立ちをしながら冷たく告げる。

「嘘に決まってるだろ、バカ」

「なん……だ、と……?貴様ァ!騙したなぁ!俺が甘い物大好きと知って……」

「やかましい、朝から寝てるお前が悪い」

軽くポカッと和明の頭を叩き、孝介は至極当然なド正論ぶちまけて自分の机に腰掛ける。

「ううっ……だからってスイーツで釣るなよ〜……普通におこしてくれたっていいじゃんか〜……」 叩かれた自分の頭をさすり騙されたショックと共に軽く涙目になり悔しさに打ちひしがれる。

この青い髪のポニーテールの青年、彼の名は藤倉和明(ふじくらかずあき)。ここフラレンシア学園、農業学科造園部に所属する生徒である。

「普通に呼んでも起きないんだよ。だから、スイーツで釣った」冷たくそんなことをいいながらカバンから野菜ジュースを取り出し、飲む。その隣では和明がブツブツと孝介に対する文句をいいながらカバンから参考書を机の中へと入れ始めた。どうやら、自分よりも早く教室に来ていたというのに準備の一つもせず爆睡していたようだ。それを察して孝介はまた呆れたようなため息を零す。

「朝から騒がしいと思ったら、なんだ、また和明は朝から寝てたのか?」

教室の後ろからの声が和明の名前を呼び、振り向いた。そこにはちょうど朝の部活終わりで教室に入ってきたクラスメイトの姿があった。

高校二年生にしては背が高い、金髪ショートの少年。和明と孝介のクラスメイトであり陸上部の望月優也(もちづきゆうや)である。

「仕方ないだろ、眠いもんは眠いんだから」

大きく欠伸をして和明は眠そうな瞼を擦る。目の下の隈を見る限り夜遅くまで何かをしていたのだろう。

「ふぅ〜ん……具体的に昨日どんな内容のエロゲーしてた?」

「日本海沈めるぞてめぇ」

真剣な表情で問いかける優也に対して和明は真顔かつ無表情で言葉を返した。

「ははは!冗談だ、冗談。そんな真に受けるなって、友達だろ?」

優也が和明の肩をバシバシ叩きながら笑っていう。

「わかってるよ、俺だって冗談だしな……って痛えよ!いつまで叩いてんだ!!」

いつまでも肩をバシバシ叩く優也に痺れを切らした和明が怒鳴った。流石は陸上部、なんという馬鹿力だろうか。その和明に対して優也は、おぉ怖い怖い、と笑いながら叩いていた手を引っ込めた。

「お前らうるせぇよ、朝なんだから静かにしろ」

孝介はそういうが、教室にいた生徒たちや教室の前を通り過ぎる生徒たちは笑って見ていた。というのも、これは去年から見慣れた光景だからだ。彼らのバカみたいなこんなやりとりは日常であり、毎朝恒例。だから最初こそうるさいと感じていた生徒たちも笑って見過ごせるようになっているのだ。

「さて、とそろそろ朝のHRだから準備するか」

和明が優也に叩かれ、未だヒリヒリする右肩を摩りながら左手の時計を見て席を立ち廊下のロッカーへと何かを取りに移動する。それにつられて、優也も自らの席へと付き授業などの支度を始めた。


午前10:25分

地理の授業中の出来事であった。

「……zzz……zzz」

後ろの席に座る和明は見事眠気に耐えれずいつものように机の上に教科書開いて伏して寝ていた。

無論、デカイいびきのせいで隠れて寝ているつもりだろうがクラス中ではもはやバレバレだ。

「先生、和明がまた寝ているのでどうしたらいいですか」

隣の席に座る女子が笑いながら律儀にも手を挙げて地理の教師を呼び指示を仰ぐ。

「人の授業で寝てるとはいい度胸だ、よし市河。叩き起こせ」

「イエッサー」

孝介はそういうと席を立ち、自分の地理の教科書や参考書を持って和明の席の目の前へと行く。

そして、一言。

「……和明、起きろ」

「……zzz……zzz」

応答なし。それを確認すると、スッ、と孝介は両手に持つそれなりに厚い教科書や参考書を上に高く構えた。

「……授業中だぞ、起きろ」

「……zzz……zzz」

またも応答なしだ。瞬間、ぶんっと風を切る音がして和明の悲鳴が学園中に響き渡った。


午後12:30

生徒たちの待ちに待った昼休みが訪れる。クラスを気にせず、場所を気にせず、学園の屋上以外の好きなところで食事が可能なこの学園の昼休み。あるものは学食へ、あるものは友達を誘い屋上や屋外、はたまた部室で。

ここ、フラレンシア学園この時塚市内で一番のマンモス高校である。生徒数は一学年およそ1500にもなり教員数も今年で3桁を上回った。普通科に加え、経済学科や農業学科、工業学科と様々な学科と部がこの学園には存在していて生徒の種類も多種多様である。

その中の生徒の一部である和明たちいつものメンバーは教室で楽しそうに席を囲い弁当を広げて昼を過ごしていた。

「ちくしょ〜……まだ後頭部がヒリヒリする……」

食事中、和明は右手で自分の後頭部を撫でた。

「寝てるお前が悪いんだろうが」

隣でサンドイッチを頬張る孝介が冷ややかな睨み目で言う。

結果、起きない和明を孝介は教科書で思いっ切り叩き起こし和明も伏して寝ていたせいで教科書と硬い机のサンドイッチにされて鼻が曲がるかと思ったが生憎と顔の位置的に助かったのだ。だが、額は机の上似合ったので痛みは今も引かずヒリヒリする。

「だからってあそこまですることないか!?」

「いや〜面白かった……」

「優也は爆笑しすぎだよ、おかげで俺まで我慢できずに笑っちゃったじゃんか」

優也と、和明たちの同じくクラスメイトの愛田利人(あいだりひと)がため息を吐いて言う。

愛田利人。フラレンシア学園2年生、農業学科造園部所属。彼もまた和明や孝介たちと同じいつものメンバーの1人だ。

「あぁ、そうかよ……はっ!持つべきは最良の友だよホント」

いやみったらしさ抜群なセリフを吐くと和明は食べ終わったカラの弁当箱をカバンへとサッとしまう。

「そう怒るなって……」

「お前はもうバシバシ叩くな!寄るな、散れっ!」

何かの危機を察して和明は素早く優也から距離をとる。悪意は微塵たりともなくともこの男はよく叩く癖がある。今朝も叩かれた上に授業中にも叩かれた(叩いたのは優也ではなく孝介だが)。また叩かれる予感を和明は感じたのだ。

「お前……それ本気で言ってる?」

するといつもと違い落ち込んだように優也は眉を下げて見つめながら言う。優也のこの顔に少し罪悪感がしたのか和明はバツの悪い顔をしながら答えた。

「うっ……本気で言ってたらお前とこうして仲良く弁当食ってねぇよ……」

「だよなっ!」

バシッ!やっぱり叩かれた。

「叩くなっていったろうが!」

和明が叩いてくる優也を叩き返そうと腕を振るうが見事それは躱される。素早いその回避に和明としてもこれ以上は無意味と感じたのか、ふんと鼻を鳴らして着席する。

「なるほど……今の和明、あれがツンデレか……」

「はっ倒すぞ、利人」

「すんません許してください」

即座に利人はイスをおり土下座した。

またも教室に今朝と同じような男女問わずの微かな笑い声が聞こえてくる。その笑いは決して馬鹿にしてるような笑いなどではなく、見ていて面白いという彼ら4人の存在を認めた笑いだった。

この4人の出会いはほんの1年前、入学式の時からである。1年とは浅いものだと言うのにここまで仲良くなれるものなのか、それはこの場の誰もが疑問に思っていたことである。しかし今ではそんな疑問すら微塵もない。ときにはからかい、ときには笑いあい、そんな彼らがクラスや学年の和を保っていた。この4人には切っても切れない絆と友情が確かに存在している。

クラスのだれもが、そんな彼ら4人を羨ましがっているのは言うまでもない話だ。

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