突入、そして

 23時40分。

 私たちはついに行動を開始した。結子さんはぶーぶー言いながらも着いてくる。


「私、中には入りませんよ。入口まで馬鹿な先輩たちを送ります。私はインパーク禁止とかになりたくありません」


「それで結構。とばっちりを喰らわぬように入口で待っていてくれたまえ」


「ほんとにやるんだね。ほんとに薫はしょうがないなぁ」


「そう言うなよ。いよいよ先生せんせ、本気の魔法が見れるぜ。わくわくするぞ!」


「ここから既に警戒エリアだ。貴君ら、声量に気を付けよ。では結子さん、後ほどまた会おう!」


 ゲートの外は、ひっそりと静まり返っていた。しかし、日付が変わる間近のこの時間においても、パークの中は燦々さんさんと灯りがともっていた。


 おそらく清掃やアメニティ補充、ショーの練習などで、いまも多くの人々が中にいるのであろう。まさしくそのシンボルであるシンデレラ城は、不夜城であった。


 夢と魔法の絶えることのない不夜城。そこにもいなければ、いよいよ運命の恋人などいないのだと諦めるしかない。


 これまで二度と這い上がってこないような空気が立ち込めるほどまでに、念入りに千尋の谷へ自ら身を投げ続けてきた。その強さを、いまこそ発揮すべきだ。私は自身に強く言い聞かせた。


「さて、貴君ら。準備はいいか。ここからは一秒たりとも無駄にできない。突入したら、話ができるのはシンデレラ城だろう」


「オーケー、薫。いつでも大丈夫だよ。清介は、いい?」


「とうとうそれを出したか。いよいよ史郎も本気だな。なんだその年季の入った有害図書は」


「うるさいな。性根が曲がり切った君が触れてないとゲートはこじあけられない。ちゃんとついてきてね」


「そでは覚悟はよいか。必ずみんなで幸せになろうぞ。いくぞ… いち…  さんっ!!!」


 言うまでもなく我々は体育会系とはおおよそ対極に位置しているため、足の速いものなど皆無だった。みんなそれぞれが凡庸たる足の速さで走り出し、ゲートの直前で若干息があがっていた。


「ほら、清介!触れ!」

 ピンク図書を史郎が差しだす。

「おう、任せろ!」


 清介が触れたとたん、鉄のゲートは飴細工あめざいくのようにぐにゃりぐにゃりとまがった。


「よし、よくやったぞ貴君ら!」


 私は手で鉄格子をこじ開けた。しかし、人が通れるようにするには割かしの労力を要した。


「薫、早く!魔力がもたない!尽きたらそこで固まってしまうよ!」


「史郎がんばれ!いつでもエロ本持ち歩いてるんだ。性欲が尽きないんだから魔力も尽きない!」


「まぁそう慌てるな。大丈夫だ」


 私は渾身の力を振り絞って、人ひとり飛び込めるくらいのスペースをこじ開けた。


「貴君ら、ご苦労。魔法を解いていい。いくぞ!」


 しかし、私が渾身こんしんの力を振り絞ってこじ開けたにも関わらず、史郎も清介も飛び込もうとはしなかった。そして、私もまた飛び込もうとはしなかった。


 万事に際して一番リスクを背負うのは、一番最初に突入する者である。飛び込んだらいきなり拿捕だほされる可能性も否定できない。世にも恐ろしい罠がしかけてあるかもしれない。


 いつしか真四角の部屋が次々に入れ替わる迷宮から出口を探す、というサイエンスホラー映画を思いだす。そこでは罠の有無を確かめるために、最初はくつなど持ち物を放り込んでいたが、やがて誰かが入っていき様子を見なければならない状況に追い込まれていった。


 そして、今もそのような状況であり、誰もが躊躇ちゅうちょしていた。三人文殊智慧どころか、三すくみ状態である。


「でぇええい!」


 私が飛び込んだ。もはや迷っている時間もない。捕まるならばそれも本望!


 しかし何事もなかったかのように、私はパーク内に転がり落ちた。誰かが「御用だ御用だ!」と迫ってくる気配もない。その空気を確かめて、清介と史郎が転ばないよう慎重にゲートをくぐってきた。


 結子さんは少し離れたところから心配そうに観ている。私たち三人は無言で走り始めた。


「貴君ら、私を人柱にしたな。失望したが、私は貴君らをゆるそう。だから、私にしか恋人ができなくてもあまんじてその結末を受け入れてくれ」


「悪かったよ先生せんせ。でもあそこで率先して飛び込んでいくんだもの。やっぱすごいぜ」


「ごめんね、ちょっと怯んでしまったよ。でも薫の本気がわかった。もう大丈夫」


 私たちは風のごとく駆け抜けたかった。しかし、自らの文科系的脚力からの呪縛は振り払えず、あくまで人並みの速さでシンデレラ城めがけて駆け続けた。


「貴君ら!そろそろだ!何の魔法を城へぶつけるか、考えておいたろうな!」


「大丈夫だよ!任せて!」


「俺は魔法は使えないけど、何かいろいろ協力するぜ!」


 やがて、私たちは広場を横切りシンデレラ城へとたどり着いた。ここまで誰にも気づかれていない。その現状に、不気味さすら感じていた。


 息を切らしながら、白の中の入口で立ち止まる。さぁ、ここからが本番だ。


「あ・・さ・ぁ。こ…こおからあ…ほんb…dあ。」


 息が切れてまともにしゃべれない。それは清介と史郎も同じであった。


「ぶつけろ!!」


 私は万年筆を両手で構え、息を溜めて振り下ろした。


っ!!」


 何も変わった気配はない。おそらく私のズボンの中で、トランクスがエレガントなことになっているのであろう。


 史郎は本を経典のようにばさばささせながら何かを唱えている。清介は、、何やらよくわからない。茫然と私たちを見守っているが、魔法の使えない彼にはそれが関の山だろう。


 私は呪文を唱えて、魔法陣を描き、召喚魔法を使った。しかし、誰も現れない。史郎は清介に本を握らせ、城の扉をこじ開けた。


「薫、あいたよ!」


 まだだ。まだ私は何も成していない。いま突入したところでもぬけの殻の城である。それでは意味がない。やるならいましかない。


「分かった!貴君ら!しばし、待て!最後の魔法をかける!」


 私は城の外へ飛出し、一望できる広場へと躍り出た。するとどうだろう。遠くからたくさんの作業着を着た、屈強極まりないスタッフたちが大挙してやってくるではないか。


 時間が、ない。

 私は万年筆をとり、構えた。成功するかどうかもわからない。しかし、ここまで来たからにはやらねばならぬ。


 ゆっくりと万年筆を持った腕を上げ、シンデレラ城を見据えて息を整える。

 私の記憶の中が、楽しかった思い出、幸せな思い出で満たされていく。残念なのは、そこには家族以外の異性がいないことであるが、それも今日までのことである。


 私は万年筆をふるった。


「エクスペクト・パ□♂☆>+?ローナム!!!」


 光が、城を包んだ。


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