軍師は策を弄さない

 私たちは、東京ディズニーランド駅のステーションふもとで身を寄せ合い、暑苦しい暖をとっていた。


 これが女性2人と私一人ならプチハーレムとして成立もしようが、むさくるしい男三人が集まっていては、文殊の智慧どころか自分の境遇を嘆くしかない。


 結子さんは秋のひやりとした空気にも負けず、少し離れたところから我々を冷ややかな目線で見守り、一人だけほっかいろでぬくぬくしていた。


「先輩たち、いい加減諦めて帰りませんか?帰りに新宿でゴールドラッシュハンバーグでも食べていきましょうよ。おいしいですよ」


 私の心は一瞬ハンバーグに揺らいだが、まだ見ぬ黒髪乙女を必死にイメージして己の中の煩悩を断ち切った。あまりに見事な断ち切りっぷりに、恋人創造といういまある不遇の根幹まで断ち切りそうになってしまった。


「結子さん。君は女の子だ。無理して我々に付き合わなくてもよい」


「でも先生せんせ、こんな時間に女の子だけ一人で帰すのは男としてどうかと思いますぜ」


「清介、そういうな。年頃の女性の扱い方など薫が知ってるなら、今頃恋人くらいいるよ」


「なんとでも言うがいい。しかし、この駅の人々を観て、貴君らは羨ましいとはおもわないのか?」


 駅から家路につく人々たちは、みな笑顔で溢れていた。ある人は恋人と、ある人は家族と。お土産をもって笑顔で駅の改札へ吸い込まれていく。


「羨むことは誰にでもできる。重要なのは、そこから動くか否かだ。羨むだけでは現状は何も変わらない」


「もうっ…。ディズニー楽しかったから、それでいいんじゃない…」


 ぶーぶー言いながらも結子さんはほっかいろを手放さず、モノレールに乗ろうともしない。うら若き乙女が、何の目的があってこんな場所に残っているのだろう。


 大阪にあるテーマパークUSJでは、ハリー・ポッターワールドが人気を博していた。世の中には魔法が広く認知されているのに、それでも人気を集める魔法使いの彼らはやはり魅力的なのだろう。


 魔法使いでありながら、映画の中の魔法は本当の意味での魔法だった。杖をふるい、呪文を唱え、あらゆる不可思議も実現してしまう。


 だが現実の魔法使いである私たちは違っていた。私は万年筆を握りしめ、清介の依り代は自宅で厳重に保管され、史郎は卑猥図書の入ったバッグを抱きしめている。まさか、発熱でもしていて暖かいんじゃないだろうか、あのバッグは。


 使える魔法もたかがしれていることは、いままでの私の物語で十分お分かりいただけたであろうと思う。運命の恋人など創造できるのかどうか、私自身が懐疑的であることも告白せねばならない。


 しかし、私のすべてを賭ける決意は、すでにゆるぎないものになっていた。


先生せんせ、そろそろ作戦の詳細を教えてくれ」

「そうだ、僕もまだ詳しいこと聞いてなかったよ」


「実のところ、方法論はまだ確立されていない」


「なんだって!?先生せんせ、ここまできてそりゃあんまりだぜ!」


「まさか、薫、ノープラン・・・なの・・?」


「ノープランではない。ア・リトル・プランだ。わずかだがある。ただし、それで成功する保証はない」


「なんてこったい。俺のこの長い旅の終りは手ぶらで帰ることなのか!」


「貴君、男が手ぶらなどしても全く色気を感じない。豊満な胸を持った女性が、はじらいつつやってこそ価値があるのだよ、手ブラは」


「薫、そっちの手ぶらじゃないけれど。これからどうするの?」


「先輩たち、けだもの以外の何ものでもありませんね。どうしたらそんなに卑猥な妄想をたくましくできるんですか。まさしく変態の所業ですよ」


「よし、ここまでくれば皿ごと喰わば。私の計画を話すとしよう」


 私は、計画の概要を伝えた。なぜ詳細ではなく概要なのか。詳細など私も知らないからだ。


 そもそも恋人を創造するなどという、自然律を大きく逸脱した行為は、例え魔法であっても無理難題であるかに思われた。


 例えば私が、理想の女性に育つ女性をこの世に生み出したとしよう。しかし、赤子で生まれてきても、条例などを気にせず大手を奮って練り歩くためには最低でも18年の歳月を要する。


 つまり理想の恋人を生み出すということは、生命の自然律、時間軸の超越、人格の支配など、おおよそ人間の範疇を超えたものにならざるを得ないのだ。


 大帝のような存在から、絞りかすのような力を与えられた私たち人間に、そんな魔法が使えるとは到底思えなかった。ならば、やはり少しの魔法とそれがもたらす奇跡に賭けるしか方法はなかった。


 概要は以下のとおりだ。


 まず、23時50分。我々は真夜中のパークへ突入する。ゲートを覆っている鉄柵を、史郎の魔法でぐにゃりとさせるのだ。


 これは鉄を柔らかくする魔法ではない。依り代に触れている人物の性根を、対象物に反映させる術だ。そのため硬派な私が使えば何人なんぴとたりとも曲げることのできぬ鉄柵になる。


 この時、史郎の依り代に清介が触れてもらう。彼の性根はぐにゃりぐにゃりと曲がっているから、さぞかし入り易いゲートに変貌するだろう。


 そもそもパークは、鍵という鍵は魔法で守られているため、専用の鍵でなければ開錠はできない。そこで鍵ではなく、鉄柵の方を曲げればよいという結論に至ったのだ。



 清介は法学部の学生であり、入学直後から司法試験の森に迷い込んで途方に暮れていた。やがて魔境のような森にも光が差し込み、彼は光の指す方へと導かれていった。


 やがて光の下にでたとき、そこで新たな世界を目にした。まさしく開眼である。彼はつぶやいた。

 

「なぜ俺は産科医を目指さなかったのか…」


 そもそも入る学部からして誤っており、彼はその道を断念せざるを得なかった。なぜならもう、英文も見たくないというトラウマさえ生んだ、辛すぎる受験勉強に舞い戻るなどもってのほかだったのである。


 彼がなぜに産科医を志そうとしたのかは不明だ。だが、やがりその道を諦めたくなかった彼は、彼らしく最後まであがいたようだ。そして今ではひよこ性別鑑定士の資格直前というところまで達成している。


 彼の前途多難な人生に、少しでも幸多くあれ。


 パークに突入した私たちは、シンデレラ城へ向かう。正面玄関から入り、ワールドバザールのストリートを抜ければ正面がシンデレラ城だ。


 時間との勝負なのは言うまでもない。私たちは23時50分に突入して、午前零時までにシンデレラ城に着き、魔法を施さなければシンデレラは消えてしまう。


 私たちは3人ともが、入口からシンデレラ城までを走破するような元気な肺胞を持ちあわせていなかった。そのため、突入時間を若干甘く設定したが、それは長くパークに滞在することになりリスクは跳ね上がる。


 シンデレラ城についたら、もう後は野となれ山となれである。ありったけの魔力をシンデレラ城にぶつけたのち、中のガラスの靴が安置してある間に駆け上がる。


 そこに、運命の黒髪乙女がいるはずなのである。

 いや、いなければならなっかった。

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