終章

終局のはじまり

 私の孤独な戦いは、終わりを迎えようとしている。思えば苦難の連続であった。


 大学の中を我が物顔で群雄割拠ぐんゆうかっきょしているカップルや、クリスマスの時期にテレビに映るカップル。中には私の心を射抜く乙女がいたことも否定できない。


 しかし、そのそばには必ずといっていいほど男性が寄り添っているのである。そして例外なく、韓流スターを数十発殴打したような顔をしていた。もはやイケメンと言えるのかどうかすら、私は判別できなくなっていた。




 あまりに性的に孤独な生活を送ってきた故に、いつの間にかその核心である女性を見つめることを忘れ、「この乙女の心を射抜いた男性はどんな人間ひとなのだろうか」という研究に没頭ぼっとうするようになっていた。


 なんということだろう。あまりに研究にのめり込み過ぎて、私自身の眼が乙女の眼になっていたのである。黒髪乙女評論家から気づかぬうちに男性研究家の華麗なる転身を遂げていた私は、もはや魔法などどうでもよくなっていた。



 精神的に強くあることは、人間としての強さでもある。人々が異性と幸せを分かち合えば、半分しか享受できないというのが道理だ。その点、私は幸せを独占していた。異性と組み合わせになっている人の倍、幸せなのは誰の目にも明らかだった。


 しかし、それ以上に明らかなのは私自身の不憫さだったのだ。私は精神的高みに上り詰めれば、孤高すら心地よい境遇きょうぐうに至れるだろうと確信していた。


 精神的高みに上り詰めるには、自らを落とすことである。獅子は我が子を千尋せんじんの谷へ落とし、這い上がってきた強い子どものみを育てるという迷信がある。


 私には千尋の谷へ落としてくれるような異性はいない。そのため、自ら進んで深い奈落へ飛び降り続けた。さすがにいきなり千尋は怖いため、浅瀬へ何度も身を投げて準備に余念なく取組み、それからようやく千尋へ飛び出した。


 けれど、獅子の迷信に見られるよう千尋の深さは想像を絶していた。飛び降りたことを後悔したが、もう遅い。魔法という力を得ることができたが、それでも這い上がるにはあまりに長い道のりであったのだ。



 私は自らを叱咤激励し、それから「でもまぁ、うん。がんばってるよ、偉いよ」自分を甘やかしながら、這い上がり続けた。



 登り切ったあげくに恋人が現れない。そんな恐ろしい現実を直視する可能性が怖くて、二度と這い上がる懸念のないよう念入りに飛び降りたが、それにもめげず私は終わりのない谷を登り続けた。


 自分の身体にムチ打ちながら登り続けるうちに、さながらひとりSMの様相を呈してきたが、それでもくじけなかった。


 時にはずり落ちそうになったこともある。しかし、なぜか同じく自ら千尋の谷に身を投げていた清介や史郎が、そのたびにお尻を支えてくれた。彼らは、市販薬と同じく半分はやさしさでできていると私は思っている。


 私がときに不意に落ちそうになり、時にはもうここらでいいか、と思って妥協して落ちそうになったときも支えてくれた。もはやここまで支えてくれるなら、二人が私のお尻を支えて最後まで這い上がってくれればいいのにとさえ思った。


 道中いろんなことがあったが、どうやら谷の出口が見えてきたようだ。這い上りきったあげく、そこに獅子がいてはたまらない。獅子ではなく、黒髪乙女が疲れ切った私を抱擁ほうようすべく待ち構えているに違いない。そうであってくれ!!


 そこで気にかかることがある。私には黒髪乙女が待っていようが、清介や史郎にはだれか待ち人がいるのだろうか。誰もおらず、私だけに黒髪乙女が待ち構えていたとして、それはハッピーエンドと言えるのであろうか。


 断じて否である。


 私たちは、すべての苦楽を共にしてきた。3人でそろって幸せにならなければ、それは運命への敗北である。そんな現実など受け入れるくらいならば、私は心より求めた黒髪乙女をも捨てて彼らとの友情を選択するかもしれない。あくまでかもしれない、という表現であることに注意されたい。その可能性がない、とは言い切れないのだ。


 いま、長きにわたって上り続けてきた谷も、やがて平地へ出ようとしている。世の中は、人間と人ならざるものとの戦いが熾烈を極めて荒廃している。しかし、そんなこと、私たちの知ったことではなかった。



 人は誰にでも幸せになる権利がある。私は私の幸せを掴まなければならない。願わくば、この残念な二人の仲間と共に幸せを掴めるよう!!

 

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