シンデレラの憂鬱
シンデレラは午前零時に、この世から去る。
その時間以降、この世に存在しているのは、王子様の目にも留まらず、なにかのアトラクションのようにいびられる小娘だけだ。
しかし、そんな心配以前に私たちの方が葬られるかもしれないという事態にあった。
午後9時半を回って、人々が夜空を彩る花火をくつろいでみようと移動する最中、彩らんでもよい男色に染まった私たちと結子さんは、身を隠す場所を探していた。日付が変わる瞬間に魔法を放つことができれば、あとは放り出されても構わない。そのためには閉園から件の零時までの二時間、なんとしても逃げ切ることが絶対条件であった。
マンホールの下に身を隠そうとしたが、足で蓋を踏みつけ、場所を確保しようとしたところ中から「痛てぇ~」と声がした。私たちは、誰かに計画が筒抜けになっており、先回りされたものと勘違いして一目散に逃げ出した。
おそらく、私たちが入園パスを私、捕虜が延々と回していそうな謎の棒を押しのけてインパークした際に人数のカウントがなされているのであろう。つまり、必然的にインパーク人数と帰った人の人数に4名の差異が出ることは、辞職するしか道のない都知事の成れの果てよりも明らかであった。
誰かが残っているという事実は露見するという前提だ。早く隠れる場所を探さなければ。
何も私たちは、昼間からアトラクションを楽しみ、ホーンテッドマンションの知的メガネの似合うショートカットメイドのキャストに呆けていたわけではない。アトラクションのそこかしこには、安全を守るためのカメラが設置されていた。
私が「何としても亡霊の1000人目になどなるまい!」と
私は、ミート・ミッキーのどこかできとうなところにでも隠れて寝ていればよいと思ったが、ミッキーと写真撮影という事態に舞い上がる結子さんによって、羊の群れのように追い込まれていった。そしてミッキーとハグして写真を撮るなど好調な滑り出しを見せて、スムーズにミッキーの家からおいとました。
かくなる上はトイレであろうか。トイレならば、さすがに監視カメラもついていないし、魔法によって監視していることもないだろう。もし、そんなことをしていれば、いくらセキュリティーの確保という大義名分があっても社会的に糾弾されるであろう。
セキュリティーの確保によってモザイクの向こうへ行けるとしたら、私よりもむしろ清介などが率先して、専門の警備会社などを起業していて然るべきだ。
「なぜ、俺は産科医を目指さなかったのか…」
と六法全書を片手にうなだれている清介の姿を、私は今でも脳裏に焼き付けている。まったく何の役にもたたない情報が、私の脳の容量を圧迫していることは、論を待たなかった。
しかし、ここで冷静な私の論理的思考が光る。カメラがない分、閉演後は、何の遠慮もなく堂々とトイレは、残っている人がいないか調べられるだろう。そこで、誰もいないはずなのに、大便エリアの扉が閉まっていたら、どう思うだろうか。
「そりゃあ、ばればれだな、
「さて、どうしたものか。もうすぐ時間が来るが、隠れるところがない」
「まぁ、落ち着きなよ。ジャングルクルーズのしげみのどこかなんてどう?」
「阿呆。そんなところは自らつかまりに行くようなもんだろ」
「なんで?結構、いい案だと思うけどなー」
「水の流れる音を聞きながら待ち続けるのか?おしっこ我慢できなくなるだろが!
「あんたたち、本気で隠れて残るつもりなの?」
左様。ここまで来たのだから、もう引き返しはつかないのだ。最悪、清介と史郎に恋人ができなくても構わない。しかし、私だけには何としてできなければならないのだ。そのためには、隠れる場所がいる。
「では、もう一度整理してみよう。各自、考えて妙案があれば出してほしい」
私はもう一度、隠れる場所を探し出すため、条件を整理した。
まず、閉園後はセキュリティスタッフが、全てのエリアを懐中電灯などを携えて練り歩くことだろう。まごまごしていれば、この時点でお縄になりかねない。
次に、それをクリアすれば明日のオープンに向けて各アトラクションの整備・調整に入るだろう。ここで、アトラクションの中に隠れるという選択肢はなくなる。ジャングルクルーズなどはどこかに隠れれば確かに見つからないかもしれないが、そもそもスキッパー(船長)の眼前で羽ばたくことになる。可及的速やかに追放されるだろう。
はては、植栽の手入れ、血の滲む練習をするであろうパレードダンサー、夜間清掃員など挙げれば挙げるほど自分の居場所が奪われていく。そもそも帰れという話なのだが。
「こうなったら植栽の土でも掘って
「史郎、
史郎は依り代である「四十路豊満人妻」なる雑誌を、自主的にエントランス周辺のロッカーに封印しており、今は何のとりえもない青びょうたんと化していた。そもそもリコーダーも持ってきてなどいないだろう。彼の所蔵する書籍に、リコーダーを吹いていそうな年代の女性は皆無なのである。
「むりむり。ここのセキュリティーをかいくぐって居座るなんて。別にあんたたちに恋人ができなくてもいーじゃん。満喫したんだから、おとなしく帰りましょ?」
その時、私に天啓が舞い降りた。それだ、おとなしく帰るのだ。
素直にゲートの外に行けば、誰も中に人が残っているなど疑わない。その分、キャストにも油断が生じよう。そして、外へ行けば史郎の卑猥依り代もあるし、魔法も使える。
ここは戦略的に撤退すべきである。機が熟すのを見逃さないように。
「なるほどなぁ。へたに警戒させるよりも、そうやって虚を突いた方が成功率は高いかもしれないな」
「先輩たちの思考回路はまさに変態のそれですね。恐れ入りましたので、もう私の側に寄らないでください。でも、真夜中のパークってみてみたいな…」
「さて、諸君。方針が決まれば長居は無用。とっとと持ち帰るお土産でも買って、パークの外に出るとしよう」
ただでさえ私たちは、来るパークを大阪の方と間違えたのではないかというくらい、悲壮感漂う魔法使いのようなのである。しかし、その悲壮感もあと数時間のこと。全てを終わらせてるために、私たちは覚悟を決めたのだ。
キャラメルポップコーンとチョコレートクランチを買って、笑顔のキャストに見送られながらパークの外にでる。東京ディズニーリゾートラインの駅前にさしかかったとき、夜空に大きな花火が上がった。人がまばらな中で見上げる巨大な花火は、少しの寂しささえ感じられた。
最後の魔法大戦が幕を開けようとしていた。ただし、世界の存亡とは全く関係のない、私たち個人の大戦が。
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