計画と野望と幻想と

 ワールドバザールの地面を踏みしめて前を見る。目の前にはアーケードから世界が広がり、シンデレラ城がそびえたっていた。

 まだ見ぬ私の恋人は、このテーマパークの中にいる。

 そう思うと高まる興奮を抑えられず、違うものもそびえ立とうとしたため、必死に般若心経を唱えて自らの地鎮祭を執り行った。先行きは困難ばかりである。


 パークの中を行きかう人々はほとんどが笑顔だった。ほとんど、と言ったのは当然、中には笑顔とはまた違った表情の人たちがいたからである。


 彼、彼女らはごついレンズを装備した一眼レフを携え、個性的なファッションに身を包みつつ、「失われた何かを求めるような表情」でパークを移動していた。そして、恰好こそ違えど、私たちもまた失われた青春と正気を求めるような表情をしていたのだった。


 10数年前に上海しゃんはいでもディズニーリゾートがオープンしているが、ここでは民族性の違いからか、殺伐とした雰囲気らしく、リゾートというよりも合戦場らしい。日本のディズニーリゾートは、正にリゾートという言葉がふさわしいほど、来る人来る人が魔法に酔いしれていた。


 満を持してパークに乗り込んだ私たちであったが、夜の決行時間までは無計画であった。何をして夜まで待てばいいのか、現時点では恋人もおらず、むさくるしい集団に過ぎなかった私たちを救ってくれたのは結子さんだった。


 ディズニーが大好きな彼女は、私たちのために回るコースを設定してくれた。まずはマラソンをするほど元気な肺胞はいほうを持ってない清介に、

「ホーンテッドマンションでファストパスをとってくるように」


 との厳命が下され、彼はとぼとぼと歩き出していった。その間に、私たちはカリブの海賊へと向かう。二手に分かれながら効率的にアトラクションをクリアしていく予定らしい。

 下見のときには、私は一人でアトラクションを満喫したが、この時ばかりは男と共にライドに乗り込まなければならない運命を呪った。


 小さい子供たちに囲まれながら列で待っていると、人数分のファストパスをゲットした清介がこれまたとぼとぼと戻ってきた。結子さんが人数分のファストパスを確認した後、彼は私たちの列に加わって並ぶこととなった。


 「俺は全体のために個を犠牲にした。その分、楽しむ権利があるはずだ!」

 そう叫んで以降、彼は何もしゃべらなくなった。


 不穏な空気が流れる建物に入り、いよいよカリブの世界を巡るボートが見えてくる。

 ボートに乗り込むところで、清介は言い放った。


 「俺は船長だ。ボートに船長は一人で十分。俺は一人でカリブの世界を巡ってくる」


 彼はそう言い残して、私たちを残して一人で勇ましくボートに運ばれていった。

 アトラクションの最中、彼が「まずい!砲弾に巻き込まれそうだ!伏せろ!」などと叫んでいるのが聞こえたが、私たちはかの船長の指示に従う義務など、微塵もない。

 女性を追いかけ回す海賊に向かって、


 「女性に乱暴する気だな!俺もまぜろ!」

 という叫び声を聞いて、私たちは一層他人のフリをすることを固く誓いあった。



 夢と魔法の国。それは確かに存在した。

 しかし、夢や魔法にあふれた世界が幸せなのかと言えば、それはないと断言できる。夢というものは知っている知識の範囲内でしかみることができない。ある者は広い世界に夢を見ることができ、知識ないものは町内会での出世に夢を見る。知識の格差は夢の格差に直結する。


 魔法も同様にしかり。私が召喚魔法に成功するかたわらで、ものを宙に浮かすといった「手で掴んだ方がはやいだろ」と言わざるを得ないような魔法しか使えない者もいる。




 この世界では常に格差がつきまとっているのだ。

 ここ、カリブの海賊でアトラクション待ちをしていたが、私たちの目の前に並んでいたカップルは仲睦まじそうだった。彼女が朝青龍に似ていることを除けば、理想的なカップルだったのかもしれない。


 乗り込むときに、無慈悲な重力の法則によって船が激しく沈んだが、浮力が勝ったのかそういう仕掛けなのか、舟はどんぶこどんぶらことカップルを乗せていった。


 本人たちが幸せならば、それはとても良いことだと思う。恋人はアクセサリーではない、ましてやオシャレグッズでもない。ただ、大切な人なのだ。


 しかし、その大切な人になれるかどうかは、ルックスという要素が大きく占めていることもまた事実で、私の理想に近ければ近くなるほど、まるでかぐや姫の試練のような男の理想を提示されるのだった。


 ルックスのハンデをおぎなおうとするならば、これはまた別の要素を要求される。すなわち、湯河原に別荘を持っているとか、会議と称して家族を温泉旅館へ連れて行ったり、豪勢な海外出張をできるような地位、権力またはお金などが必要になる。


 あまりにも高いハードルであるが、これを超えることができれば魔法なぞ使わなくてもいいくらい税金でいい暮らしができるという。そして、あちこちに子供を作って「ひとり一夫多妻制」を実施できる。うらやましくてしょうがない。


 なれば出馬するか!と思い立つも、供託金という大概なお金が必要となる。この国では、生まれた瞬間にある程度、格差の素養が運命付けられる。それは魔法が普及しても、変わるどころかより一層深められ、魔法を使える人と使えない人との間の格差を固定してしまっただけだった。



 カリブの海賊から出た私たちは、ホーンテッドマンションの指定時間まで余裕があり過ぎるため、道中にあるフィルハーマジックに入った。ドナルドダックが好きだという結子さんははじめからテンションがあがっており、清介、史郎は中のギミックに驚嘆きょうたんしていた。


 なんでも、シーンに合わせた様々なにおいまでしたきたらしい。私は鼻が詰まっているので全く分からなかった。


 しかし、こうして私たちの探訪記たんぼうきを書いていても、読んでいる人にとっては何らするところはなく、むしろ時間をドブに捨てさせれるような状況にならざるを得ない。


 私たちの目的を書いておこう。今回、目論んでいる魔法について。

 このテーマパークでは、好き勝手むやみに魔法が使えないよう、何重にもプロテクトがかけられている。しかし、そのセキュリティも完全なものではない。


 日付が変わるほんの一瞬、システム再起動のためにわずかな空白の時間がうまれるのだ。その瞬間に、シンデレラ城にて私が召喚魔法をかけ、清介、史郎の助けを経て運命かつ理想の恋人を召喚するのである。

 魔法が解けると同時に魔法をかけ、ロマンチックな場所で私たちの恋は成就する。


 しかし、クリアしなければならない問題点もある。まずは、そもそも閉園時間が午後10時であり、それを過ぎると一斉にパークの外へ追い出されてしまうのだ。それをかいくぐり、まずは園内に留まることが前提条件となる。

 そして、更に厳重な警備をかいくぐり、いかにしてシンデレラ城の「プリンセスの間」にたどり着くか。私たちでさえ成功できるかどうかは分からない。しかし、やらなければ自分たちに恋人などできないことに対してだけは確信を持てていた。


 イケメンがモテることなど百も承知である。しかし私たちは魔法を磨き、魂を磨き、己を磨くことを最優先としてきた。南国情緒あふれる観葉植物みたいなヘアースタイルを徹底的に拒み、ぴちぴちのズボンや、先がとんがったゼペットおじさんがつくってそうなくつを否定した。


 磨きまくってきた己は、やがて摩耗まもうし、なくなろうとしてしまっている。やや磨き過ぎた感が否めず、私は今回の機をとらえた。


 これは魔法を駆使しした運命への反逆。その総力戦である。

 やがて時間は午後9時半を回っていた。

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