孤独な賢者の夢想

 花が夜風に舞い、雲は空を覆う。

 窓の闇に浮かぶ月だけが、私を照らしていた。


 私はぐったりした体を横たえて、ここ数日間の出来事を思い出す。思えば貴重な体験だった。あんなに童心に返ったのはいつぶりだろうか。


 シンデレラ城のミステリーツアーで英雄になった私は、天啓ともいえるひらめきを得た。居ても立ってもいられず、早々にパークを後にして空港に向かい、いきなり行っても飛行機の変更などできないものだから深夜バスで帰ってきたのだった。


 閃きというのは、生まれた瞬間の衝撃はすさまじいものがあるが、凡人と呼ばれる人は、それを冷静に見つめなおそうとしない。往々に、閃き誕生の衝撃にあてられ、突っ走ってしまうものである。


 私は、アイデアが生まれたときには、まるでワインを寝かせるかのようにアイデアを熟成させることを徹底していた。先も見えずに思いつきだけで走り出してしまっては、せっかく生まれたアイデアもまったく生かすことができないのである。

 今一度、冷静に自分の考えを見直すため、私は部屋でひとり、横たわっていた。


 しかし、このような自分の思索を好きに巡らせることができる世界とは、なんと幸せであろうか。私は、紙とペンさえあれば、それを自由に自分の思索で染め上げることができた。


 ルネサンスの三大発明には数えられなかったものの、「紙」は間違いなく偉大な発明の一つである。当時、中学生の私には理解できなかったが、今となっては、シャボン玉のように浮かんでは消えていく私の脳の中にあるカオスをうつしとってくれる、なくてはならない存在であった。


 電源を必要とすることもなく、紙の上でえんぴつを走らせれば、私の中の思考というカオスが、紙に姿を映し始める。それはときに無意味に、時にはおおきな発見を私にもたらした。


 しかし、それは無意味なものであったとしても、たしかに私の中に存在した思考の一部であり、消えてなくなったあとも紙の中では生き続けていた。


 ここ数日間の出来事や、私が気づいたこと、思いついたことのすべては、肌身離さず持ち歩いている紙の束に、えんぴつで走り書きされていた。私はパークを後にしたが、えんぴつで紙に刻み込まれたそれは、いつでもめくるだけで、過去の私を「いま」に呼び戻すことができる。


 私は、今のこの考えを整理しなければならない。


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 今の私は滑稽こっけいではないだろうか。ひたすらに理想の女性をもとめ、走り回る。私が生きる、この世に生を受けた本来の意味はなんであろうか。私はそれを全うできているのだろうか。


 私がそうしている間にも、世界のどこかでは紛争ふんそうによって罪なき人たちの命が失われている。私個人の幸せももちろん大事であるが、それは誰かの悲劇の上にしか成り立たないものなのだろうか。


 澄み切った意識で見つめた天井には、これまでのことが走馬灯そうまとうのように映し出される。自分史のドキュメンタリー映画が、天井という名のスクリーンで展開されるのだ。


 それを観てまた、私は自分の生き方がこのままでよいのかと自問におちいる。


 今は何も考えるな。疲れた体を癒して、少しでも思考のよどみを無くしてクリアに、回転を速く。そして凍てつくような冷静さを。


 それからこの世のはじまりについて考えた。地球が、生命が、いや宇宙が生まれるその前、世界はどんな姿をしていたのだろうか。私がもし、生まれてこなかったら人類が魔法を使える日は来なかったかもしれない。


 しかし、魔法の発見も宇宙創成のときからみれば、ほんの些細ささいな出来事にすぎない。私が運命の恋人をみつけるというのも、微粒子の肉眼では観察できぬような運動に過ぎないのかもしれない。



 人間は過去のことであれ、いまのことであれ先のことであれ、考えることでしか成長しない生きものらしい。けれど、それでは脳はいつか氾濫はんらんを起こす。


 すこし私は、色欲に踊らされていないだろうか。そのような感情を無くせとは思わない。しかし、それが私の行動をつかさどってはならない。


 私は、一時の感情や欲に左右されない確たる自分を持つことが重要だと思う。他の人がどのような幸せを掴もうが、どのような恋人ができようが、私自身がブレることない自分を持っていれば、世界はどうということはない。


 湧き起こった思考は、片っ端から紙に預けてしまおう。そして、空になった頭で、私はまた思索の海に沈んでいく。


 いつか、この混沌とした世界から抜け出すために。その時の糧を得るために。


 私は手元を握りしめる。


 使い込んだTENG○テ○ガを固い決意とともに脇においた。

 それから手の汗と、その他いろんなものを握ったティッシュをトイレに、いや文字通り水に流した。


 やがて私が賢者として深い思索を行える時間も終わろうとしている。


 深い深い眠りに、私はついた。

  

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