握った光の剣は 後編

 魔王とは5度目の対峙たいじだった。シンデレラ城ミステリーツアーもクライマックスを迎えようとしている。外はすでに夕闇に包まれてた。


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 最初にこのアトラクションに参加したとき、私は城内の造形品やおどおろどろしい悪役たちの姿を鑑賞かんしょうしながら


「人間の世界もまた同じようにみにくいものだ」

 と達観たっかんしたお兄さんを、子供たちの前で巧みに演出していた。しかし、『人間について達観しているはずの人間が、なぜ恋人ができないのか』という致命的な矛盾むじゅんぬぐえず、私は思考の逃避に及んだ。


 たくましく鍛えられた想像力と、天より与えられし妄想力は、私を違う世界にいざなってくれる。ときおり、違う世界というか塀の中に連れて行かれてもおかしくないくらいに頭が猥褻物わいせつぶつで満たされることもあるが、男であれば標準的な仕様であろう。



 そんなとりとめのないことを考えながら、案内役のキャストに従い、私はシンデレラ城の内部を散策していた。このパークの中は、『非日常』であふれている。


 このアトラクションは、ぃわゆるウォークスルー型であり、自力で歩を進めなければならない。

 実のところ、私はホラー系のアトラクションが大の苦手であった。いわゆるお化け屋敷的なものであるが、これは2つのタイプに分けられる。



 ライド型は、先ほどのホーンテッドマンションのように乗り物に乗り込んで内部を回る。人間は本能的に感じた危機や脅威を避けることができる生き物であるが、ライド型はそんなことお構いなしに、趣向の限りを尽くした怖がらせる仕掛けに、強制的に乗り込んだ人間を連れて行く。

 そのたびに私は、勇ましく悲鳴を上げて、出口に一刻も早く到着することを望んだ。


 対してウォークスルー型は、自力で縦横無尽に歩き回ることができる。しかし、結局のところ通路を行かねばならず、危険に飛びこむことなくしては出口まで到着できない。

 しかし、複数人で入れば、自由に隊列を組むことで、私だけが恐怖から逃れることができる。このときばかりは乙女がどうのなどと言っている場合ではない。清介と史郎に前後をはさんでもらい、私は先陣を切る清介のフードに顔をうずめて背中にぴったりと寄り添ってお化け屋敷を攻略した。


 また、こんな私でもいわゆるデートで遊園地に行ったことがある。そこのお化け屋敷は、ロープウェイで悠々と山を登ると、その頂上にぽつんとお化け屋敷タワーがそびえたっていた。



 しかし、その彼女は私に輪をかけた臆病おくびょうであった。私も臆病の類の一人であったが、怖いもの見たさを併せ持った、勇敢で、とてももてあます性格の持ち主であった。


 入ってみたい、でも一人じゃ怖い。そんな自縄自縛で、自らを精神という縄で亀甲縛りにしてつるし上げて途方に暮れていた私であったが、たまたま入ろうとする見ず知らずの家族に懇願して、お化け屋敷のご相伴しょうばんにあずかった。


 その家族のお父さんは一家を預かる大黒柱として、愛する子供、妻、そして全くの他人である知的な空気溢れる青年、すなわち私を率いてお化け屋敷に突入していった。いま思っても、私は「世間はまだまだ捨てたものではない」と感涙にむせび泣くのである。



 非日常とは、日常から切り離された世界である。このパークの中では顔面格差は存在しないし、単位取得の強制もない。単位取得が強制されないのだから、不動明王かなにかな?というような憤怒ふんぬの形相で、私を叱る親もいない。


 年収による区別もなく、物理法則以外の各種法則は一切通じないのだ。


「私はここで一生幸せに暮らしたい。社会にでたくない…決して…」


 私はだれにともなくつぶやいたが、そんな私のささやかな願いは一切合切無視された。未練たらたらで、パークの中で居を構えようと画策する私に向かって、案内キャストがケツをムチで叩く。手厚い保護である。私一人のお願いで、ツアー全体が遅れるこは許されなかった。

 早い話が、私の存在が存分に迷惑だったのである。


 ツアーに参加して分かったことであるが、外からみると豪華絢爛ごうかけんらんなシンデレラ城も、内部は悪魔の巣窟そうくつと化していた。


 ツアーは佳境かきょうを迎え、魔王ホーンドキングが現れた。

 ぐつぐつと何かが煮えたぎっているおおきなかまが鎮座していた。真っ赤なローブのようなものをまとい、フードの奥には恐ろしい形相の顔と、赤くランランと光っている瞳が見える。


 しかし、私は恐れはしなかった。卑猥なものに夢中になっているときの清介の目だって、血走って魔王に負けないくらい赤い。むしろ劣情に支配されているときの清介の目は、ビームとか出しそうなおもむきがあるため、魔王のそれよりも数段タチが悪い。


 骸骨がいこつ、というよりも「骨と皮の魔王」という方が正確だろうか。もうすこし愛嬌がよければユニセフのポスターとかで活躍できそいうな風体だなと思った。



「誰か、魔王と戦って世界を救ってくれる人はいませんか!?」



 残念ながらキャストさんは、私の好みではない。むしろ女性でもなく男性であったので、私の誇りなどさしたる問題ではなかった。


 私は世界の滅亡を前にあわてふためくさまを眺めていた。キャストさんの側を離れずに。



「はい!」一人の男の子が挙手きょしゅした。勇気がある、何よりも男性の懇願こんがんというむさくるしいものを聞き容れる広い心に私は感心した。



「これで…、この光の剣で魔王を…!」

 男の子は剣を受け取り、「ええい!」という勇ましい掛け声とともに剣を振り下ろした。光に切り裂かれた闇の魔王は、断末魔だんまつまをあげあながら沈んでいった。



『なんて…、なんて英雄ヒーローとはかっこいいものなんだろうか』

 私の胸は打ち震えていた。



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 そこからはエレクトリカルパレードやスプラッシュマウンテン、フィルハーマジックなどの予定を急きょ変更し、英雄になるべくシンデレラ城のミステリーツアーに絶え間なく並び続けた。

 ツアーの度に、私は積極的に挙手して勇者を志願したが、女、子どもばかりが選出されて英雄になっていく。



 私の熱意が足らぬのかと思い、四度目のツアーでは、聞かれる前に

「私が!」

と申し出たが、救いを請う立場であるはずの案内キャストに勇者選定の主導権があり、私以外のものが剣をふるって、魔王をばったばったとシバき、沈めていった。


 英雄へのあこがれは、指数関数的に急上昇していくが、私が世界を救う機会はなかなか訪れない。現実の世界とあまり変わらないのか。


 そう思われたが、5度目のツアーにて、私はとうとう光の剣を手にしたのだった。



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 残念なことに、私が好む清楚でおとなしい女性はグループにいなかった。正確には一人いるのだが、彼女は男性の恋人同伴である。人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られるという。私は馬の蹴りの威力を、幼い頃から両親に叩き込まれてきた。ゆえに、怖くて人の恋路など邪魔できない。



 私は暗闇で、不気味なうめき声を上げているホーンドキングをにらみ付けた。大丈夫、幼い子どもたちが打倒うちたおしてきたではないか。

 まだおしゃぶりをくわえて「バブー」とかいってても違和感いわかんがないような子どもたちにできて、私にできぬはずはない。



 大人がもつ光の剣と、子供がもつ光の剣がおなじであってはならない。子供よりも絶大な力を、大人は持っていなければならないのだ。渡されたものをぶんぶん振り回すだけならば、思考停止して水素水やら美顔器びがんきを購入しているような大人でもできるのである。




 私は私が剣をもったあかしとして、インテリジェンスあふれる剣をはなたなければならない。


 私は握りしめた剣を頭上に構え、じりじりと魔王に向かって間合いを詰めた。これだけの動作で、無邪気に剣をふるうだけの子供とは一線も二線も画している。



 しかし、いくら私がにじり寄っても、魔王ホーンドキングは泰然自若たいぜんじじゃくな感じで、私を見つめていた。

 よく異性が私を見つめていた! と主張すると、清介や史郎は「自意識過剰だ」と非難したものだ。



 ときには私も、「よく考えなくても今のは私をみつめていたわけじゃなかったな」と思い、反省することはある。しかし、今の状況は、あきらかに熱視線をビシバシと受けているのである。


 なぜ熱視線のぬしが、うら若き乙女ではなく魔王なのか!


 私の怒りは頂点に達し、その怒りは私の身体を突き動かした。頭上の剣は、その怒りに任せて、振り下ろされた。


 剣をふるうときのごえは既に考えてあった、


「ふんぬぅおりゃー!!」


 しかし、理想的な発音で叫んだときにはすでに遅く、剣が魔王を真っ二つに裂いたあとであった。完全に掛け声のタイミングを逸してしまうという悲劇である。



 しかし、ここからが大人と子供の差、絶対的に埋められない壁の領域であると言えよう。

 百獣の王ライオンは、うさぎを狩るにも全力であるという。私は世界を救うべく、百獣の王になろう。


 倒れゆく魔王に向かって、私は一心不乱に「ふんぬぅおりゃー!!」を連呼しんがら一心不乱に剣を振り回しつづけた。退ける、倒すなどでは生ぬるい。文字通り木っ端微塵こっぱみじんにしてくれるわ!


 魔王が断末魔を上げ、倒れてしまい、その姿が見えなくなった。しかし、私の威勢のいい掛け声と、剣が空気を裂く音はむことがなく、静寂の場にこだまし続けた。


 見かねたキャストさんが止めてくれることで、ようやく私は自分の戦いを終えることができたのである。私は勇気のあかしとして、「HERO」とかかれたメダルを拝受した。周りからは失笑と、拍手が巻き起こった。


 これだ――!!


 天啓とも言えるひらめきが私の頭の中に光ったのは、この時であった。なぜ気づかなかったのであろうか。

 

 私はいても立ってもいられなくなった。すぐさまお尻のポケットから愛用の革カバーに収められたメモ帳を開き、えんぴつで書き殴った。決して忘れることがないように。


 うやうやしく英雄の証であるメダルを受け取り、私はシンデレラ城をあとにした。ワールドバザールを駆け抜け、ゲートに向かう。風は強い。しかい、今の私には追い風となって、背中を押してくれているように思った。

 

 本当に思っただけで向かい風に過ぎず、私の髪の毛は私生活を反映するかのように乱れた。

 私はついに発見したのである。私は自分の出した解を確かめるために、飛行機に飛び乗って凱旋するべくパークをあとにした。また、この場所に返ってくることを誓いながら。

 

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