握った光の剣は 前編

 私は勇者である。否、勇者は私である。

 それを証明するための光の剣を、私は握りしめた。


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 ビュッフェ形式のレストラン『クリスタル・パレス』で、私は一騎当千といった空気をまといながら、文字通り一騎ひとりでテーブルにつき、心行くままにローストビーフを食べた。



 『ビュッフェで対価の元をとろうとする人ごっこ』によって私の体調はよろしくなくなり、ふらふらとシンデレラ城が見える広場へと出て行った。


 「私は、こんなところで何をしているのか」

 ディズニーランドで途方に暮れたかに見えたが、そもそも人生において途方に暮れるを通り越しでがけっぷちであった私にとっては些末さまつな問題であった。


 私は、楽な道を選ぶことをよしとしない。あえて苦境に自分をおとしいれ、そこからい上がることでこそ魂が磨かれるのだ。

 その信念のもとに、私は落ちなくてもよい苦境に自ら進んで踏み入り、より一層人生の闇と汗臭さを増してきた。


 穴を見つけるたび進んで自分の身を投げ続けるさまはあまりにもストイック過ぎて、より一層、黒髪乙女たちとの溝を広げた。


 この魔法の国においてもそれは同じである。私の信念は時と場所を選ばない。ロストビーフとメロンソーダで満たされた胃袋をひっさげ、私はビッグサンダーマウンテンに向かった。


 炭鉱をイメージしたステーションには、陽気なカントリーミュージックが流れている。私は西部劇にでてくるような小物を眺めていると、コースターの注意書きにたどりついた。


『妊娠中の方はご遠慮ください』

 

はて。

 腹の中に肉塊にくかいを納めているという意味では、私も妊婦にあたるのではないか。類推解釈、拡大解釈と法学の講義で得た知識を総動員して判断するに、「気合いがあれば乗ってよし」という結論に至って、私はコースターへ一目散に向かった。


 これくらいでへこたれているようでは、到底、清楚系黒髪彼女などできようもない。私は、縦横無尽に炭鉱を走り抜けたが、ゴールドラッシュの恩恵にはビタイチあやかれず、胃袋をもてあそばれて放り出された。


 コースターで一緒になったカップルは、仲良く左右に並んで揺れたことであろう。私は男一人で主旨もよくわからぬまま孤独に揺れ続けた。周りからみると、私一人だけ残像がみえるのではないか?と思われるほど抜きんでた揺れであった。



 しかし、そこで得たものを分かち合う相方は、私にはいない。コースターの感想は、私ひとりの胸にしまいこんでおくことしかできなかった。



 ここまでくれば。毒を喰らわば皿まで。私は、その後、容赦ようしゃなくスペースマウンテンへと並んだ。


 スペースマウンテンは、暗闇の中、孤独な私を乗せて飛びまわる。宇宙走行を終えた私は、首はムチウチになり、頭はゴツゴツとコースターに殴打され、身体は上下左右に振り回された。



 その結果、クリスタルパレスで食したものが、大量に胃袋から口中へ大移動。胃液の味を強制的に堪能たんのうさせられながら、私の目には涙が浮かんだ。


 私には全てを受け入れて抱擁ほうようしてくれるような恋人はいないが、トイレの便器は私の全て(ローストビーフを含む)を受け入れてくれる稀有けうな存在である。

 私は愛おしさと気持ち悪さからベンチを抱きしめ、心置きなく胃袋を振り絞った。


 「理想の恋人と出会うためには、こんな苦痛が必要であったか」


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「これだけ気をつければ、ほぼ確実に一日で彼女がつくれます」


 そんなキャッチコピーを見て、私は1万円の情報を買ったことがある。そのような秘術があったとは盲点である。私は、決して性欲などに溺れていない。あくまで、現代における情報リテラシーの獲得と社会勉強の一環であると割り切って代金を振り込んで、主催者の人物に料金支払完了の旨、メールで告げた。


「清介 さま。この度はご購入いただきまして、誠にありがとうございました。商品の情報をファイルに添付していますので、どうぞご確認ください。この度は弊社をご利用いただき、ありがとうございました」


 私は用心深いので清介の名を借りて、恋人をつくる魔法のメソッドを購入した。しかし、その結末たる情報とは、凄まじいものであった。


「告白するタイミングに気を付けましょう。体の関係を持った直後に告白すれば、ほぼ確実に成功します。」


 そうでかでかと打ち込まれたテキストファイルをみて、私は打ち震えた。それはできれば苦労しない!!!


 世の中の厳しさは、私の想像を絶していたのだ。


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 もはや夢と魔法の国は、私にとって修行場と化していた。道行くカップルから哀れみの視線を受けるならまだ救われる。パーク内の恋人たちは、アトラクションを楽しみながらお互いの愛情を確認するのに忙しいらしく、私は置き去りにされていた。


 嘲笑ちょうしょうの視線すら受けることなく、コースターでは強制的に外されてきた私の頭上の耳が不憫に思えてきた。一番不憫ふびんなのは、他ならぬ私であった。


 ふと郷里きょうりで私の凱旋がいせんを待つ友人の顔を思い浮かべる。もし、私がここでくじけて、何も得るものなく帰ってしまえば、彼らは落胆らくたんするであろう。落ち込んだ私をなぐさめる一方で、自分たちの恋人創造もとん挫することになる。残るのは汗臭い男関係のみである。


 そんなことはあってたまるものか。私は必ずや、ここで清楚系黒髪彼女を創造するための足掛かりをつかんで帰らねばならぬ。敗北を許されない戦いは、常に孤独だ。


 ありとあらゆる誘惑を断ち切り、己の魂を磨き、恐怖を凌駕りょうがし、人としての器をひろげる。それしかない。


 

 私に与えられているのは残念なルックス、壊滅的なファッションセンス、わずかばかりの文字通り何に使えばよいのか分からぬ魔法、たくましい想像力であった。


 今の状況を冷静に分析するなれば、旅立つ前のこん棒と布の服みたいな、原人と変わらぬ恰好ゆうしゃの方が、まだまともな装備である。 


 しかし、想像力は無限の可能性を秘めているから、どう化けるかは私にも想像がつかない。

 かつて私は自分の知的欲求が抑えられず、同級生の女子に向かって、「女性も男性と同様、卑猥なことを考えてセンチメンタルになることがあるか」を問うた。


 しかし、クラスという名の世間にいる異性の反応は冷ややかで、「想像に任せます、ご自由に」というものであった。


 私の想像に任すとあらば、それはもう自由である。私の頭の中では、毎晩、酒池肉林しゅちにくりんうたげが開催される運びとなった。私は妄想の中で、ぜいの限りをつくした。


 しかし、私に一切の責任はない。私の想像に一任すると言ったのは他ならぬ彼女たち自身なのである。


 本当はウィーンガチャガチャと音を立てながら顔面がトランスフォームできれば手っ取り早いが、そんな機能は人間に備わってはいない。できることでこつこつと魅力を磨くことでしか、もはや活路は見いだせない。


 それはつまるところ、勇者になって世界を救うことだった。

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