ハピネスのために

 「危ない!!伏せろ!!船長さんの指示があるまで頭を上げるな!!」


 私は懸命に叫んで、同乗していたみんなをはげました。みんなは私の言葉によって励まされたが、そもそも励まされる筋合いも状況もなく、余計なお世話であったので大変迷惑していた。

 船長の指示に忠実に従っていたのは私のみであり、船の中にいたたまれない空気が流れた。


 アドベンチャーランドにあるジャングルクルーズなるアトラクションの船に、私は乗っていた。これは、アマゾンのような川の中を船で勇猛果敢に渡っていくアトラクションである。船長は巧みな話術で我々を、パーク内への異世界へといざなった。


 『これはきっと、日常生活でも数々の乙女を自分の異世界へ連れ去っているに違いない』


 そう確信した私は、船長の巧みな話術を盗もうと、逐一ちくいち漏らすまいと聞いていた。気づいたら船長の叫び声に従って、忠実に船の内部に伏して、飛んでくるであろう未開部族の矢から身を守っていた。恐るべし船長の話術。このままでは私も船長の異世界に誘われかねない。なんてことだ。せめて、私の貞操を奪うのは乙女であってくれ!


 私の貞操死守物語ていそうししゅものがたりという、宇治拾遺的物語と見間違うような内部闘争は完全に置き去りにされて、船は進んだ。木からぶら下がっていたり、突然水面から顔を出したり。好奇心旺盛な動物たちが私を迎えてくれていた。

 宝物が守られているという遺跡にも船で突入した。装備品はゼロ。丸腰で遺跡へ入っていく船に私は驚きを隠せなかったが、そこに広がる動物たちの守り神は圧巻であった。守られている宝物とは、まさしく私の運命と定められた乙女であろうという予想は大きく裏切られることになったが、事の真相をここに書くような無粋なことは決してしない。


 また道中で出会ったサムという人物は、肌の露出の多いいでたちでお守りを売って生計を立てているという。生きようという気持ちさえあれば、人間なんででも生きて行けるのであろう。私は涙を禁じ得なかった。明日、朝目が覚めたら勉強も就職もない、物々の等価交換に支配された世界になっていないだろうか。

 

 冒険の終わりは、船長の「自然をこれから大切に!」というメッセージで締めくくられた。魔法が普及した昨今は、自然と科学と魔法がせめぎ合う世界となった。私自身も大いに世界の自然法則に抗おうと試みたがよくできている仕組みで、「異性を作り出すためには異性が必要」という無慈悲なループによって打ちのめされた。


 船を降りたとき「現実の世界に戻ってきた」という実感と同時に、大きな「何か」をつかんだという確信があった。


 しかし、それが何なのかは自分では皆目見当もつかず、単位や内定といった具体的なものを掴んだ方が、よっぽど恋人ができそうな気はする。しかし待て、それでは2年間を通して取得した単位が「11」という清介に、陽の目はない。


 私だけが幸せになるのではなく、友人くらいまでは幸せになってほしい。私だけが幸せになる魔法など、発見しても意味がないのだ。ちなみに、私も清介と大して変わらない単位しか取得しておらず、留年の魔の手から逃れられない気配が漂っていることも記しておこう。



 ジャングルクルーズを出た私は、ターキーレッグを買って、おいしい肉で小腹を満たした。ジャングルクルーズで船長が見せた、変幻自在に空気のハンドルをさばく技術は、必ずや私の助けになることだろう。

 脂を吸った取っ手のペーパーを握って、かじりかけのターキーを見つめながら船での出来事を反芻はんすうした。そこから何かの真理をくみ取ろうとしたが、私の心を周囲のカップルが乱し、やがては自分がもっているターキーの生過ぎる足が卑猥ひわいなものに見えてきた。私はむしゃむしゃと肉を平らげ、マップを広げた。



 このパークの中では魔法を使えない。しかし、道行く人は明らかに魔法にかかっているかのように笑顔で、幸せそうな空気に満ち溢れていた。それは恋人同士に限らない。家族であり、同性の友人であり、色んな人が幸せであった。

 私のような単独でパークに来ているような剛の者も少なくなかったが、それでも私は想像せずにはいられなかった。清介や史郎と来れば、もっと違ったパークの顔を、見ることができたのだろうか。



 このあと、私は4Dと銘打たれた『フィルハーマジックシアター』で楽しむ予定であったが、道中、あまりに清楚な女性がいるのをみかけ、ふらふらと引き寄せられて建物の中に入っていった。


 この時の私を誰が責められようか。黒髪でショートカット、ナチュラルメイクは言うに及ばず、さらにインテリジェンスが今にも吹き出しそうなメガネをかけた女性がいたのだ。しかも、派手な服装ではなく、メイドのコスチュームに身を包み、りんとしている。



 あえて言うなれば、私は性的な魅力に我を忘れて惹きよせられたのではない。彼女のメガネに、私のメガネが反応していたに過ぎない。私が、彼女の瞳を見つめていたと思われるのは心外である。私は彼女のメガネのフレームフォルムを熱心に鑑賞していたのである。やがて、その鑑賞も辺りが暗くなったことによって、我に返った。



『扉一つない部屋で身の毛もよだつ不気味な響きが館の中に広がる。ろうそくの炎が、風もないのに揺れ動く。ほら、そこにもここにも亡霊たちが・・・』


 私は、絶対に近づかないと決めていたホーンテッド・マンションにいた。なぜこの異様な雰囲気のゴシック洋館に気付かなかったのか。彼女はそれほどまでに、魅力的だった。決して笑顔をみせようとしなクールビューティは、私を恐怖の奈落ならくにつきおとして、いなくなってしまった。


 そこからは阿鼻叫喚あびきょうかんの世界である。まず、部屋がにょきにょきと伸びているように思えた。常識的に考えるならば、部屋が伸びるなどあり得ない。


しかし、壁に掛けられた絵画はあきらかにニョキニョキと伸びて、恐ろしい姿の全貌ぜんぼうを私に見せつけた。

このままではいかん! と、私もとっさににょきにょきと伸びようとしたが、そんなことできるのは、もはや人外、もののけの一種である。




雷鳴で耳を犯されるわ、天井からは首を吊って優雅にぶら下がった者がいるわで、私は慌てた。どこから先ほどの清楚な彼女が見ているか知れぬ。


醜態しゅうたいを晒すまいと、私は可及的速やかに意識を失おうとしたが、痛い思いはしたくない。ならばと、努めて男前な表情を保ったまま悲鳴を上げたが、客観的にみればキモいという以外に形容のしようがなかった。



まごまごしているうちにホストゴーストなる、ダンディな声の幽霊に誘われ、黒くてまん丸いライドの中に一人寂しく乗り込まされた。


屋敷の中には999人の幽霊たちがいるらしい。残りの一人、千人目の仲間を探しているらしかったが、私は心の中で

 『お助けぇ・・・』

 と祈りながら、洋館の中を強制的に回った。無限回廊も、墓場も、館の中の舞踏会も、全てが恐ろしかった。どこかで、キャストの彼女が助けにあらわれてくれるのではにないかと期待したが、その期待はことごとく裏切られ、その度に私は悲鳴をあげた。




 最後にいたっては、私の両脇にゴーストが座っている姿をまざまざと見せつけられた。こんなにうれしくない3Pが、世の中にあるとは。私は絶望のさなか、なんとか1000人目の仲間になることなく、彼女とホーンテッドマンションを後にした。


―――


 私は幽霊が怖いわけではない。いま、ホーンテッドマンションがもつ恐怖は、想像を絶する。それは、「本物が混じっていてもおかしくない」のだ。



 賢明な諸君は覚えていると思うが、「魔法を発見した」と言い張る私は、「大帝」からその方法を授かった。後に、「人ナラザル者」から与えられる力が魔法であり、私個人が比叡山ひえいざんで血の滲む修行の末に編み出した、という苦労秘話は喝破かっぱされることになったが、それでも私の功績は色あせることなかった。




 この世は全て、太極で成り立っている。非常に大掴みに言えば、「陰と陽」である。この陰と陽は、非常にぎりぎりのバランスで成り立っていることを人々は知らない。



 光あるところには必ず影が産まれるが、影の世界に必ず光があるとは限らない。影という闇が世界を覆って、光が無い世界はありえるが、逆は有りえない。それほどまでに闇は強力であった。


 大帝は、この危うい均衡の上に成り立っているバランスを突き崩し、世界を闇で覆うことが目的であった。そのために、光の世界に魔法をもたらしたのである。


 つまり、私がパンツの柄を華やかに変えるたびに、少しずつ光の世界に闇が入り込んできた。バラのはずなのに。私がバランスブレイカ―となり、闇の侵攻の糸口になってしまったのだが、私は平凡な、清い男女交際を望む勤勉学生である。たとえ単位がとれていなくとも。



そんな重大なことの責任なぞとれようはずもないし、そもそも責任を取ろうにも下着のガラを変えてなごませることが関の山であった。



 私が糸口となり、魔法が普及し、バランスの崩壊が進むにしたがって、「地獄の門」の向こう側の者がこちらの世界に出てくるようになった。魔法省の特務機関がこれの排除を任務としているが、その者達に劣らない腕利きたちが、このパークを守護しているというのがまことしやかにささやかれていた。

 

―――


 恋人創造への道は果てなく遠い。インパークしてからは、魔法の威力は十二分なほどに味わったが、私の力になってくれる様子はなく、もっぱら我々入園者の預金残高を搾り取る魔法の発揮に終始していた。


 これからはクリッターカントリー、シンデレラ城、エレクトリカルパレードなど予定は目白押しだった。腹が減っては戦はできぬ。私はクリスタル・パレスへ向かった。園内唯一の、ビュッフェ式レストランである。

 そこでも多くの家族連れや恋人同士、グループ交際、友人集団などが待ち受けて列をなしていたが、私がここへきた決意はそれくらいで折れはしない。いや、既に折れすぎて粉末状になっているため、いまさら意にも介さなくなっていた。



 私は列の最後尾に並び、居心地の良くない空気に耐えながらも、一人で食事のときを待っていた。


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